9
デルハンナとシロノワはリスダイに連れられ、乗馬をするために馬小屋を訪れている。大神殿では、有事の際に馬に乗り移動することも多々あるので、馬が飼育されている。
その中にリスダイの愛馬もいるようである。
ちなみにシロノワも乗馬に繰り出すということで、護衛のための付き人の数もそれなりに多い。
そんな中で初めての乗馬をすると思うと、デルハンナはドキドキしていた。
(上手く出来るかしら。……ああ、でもシロちゃんやリスダイさんなら上手くできなくてもいいって言ってくれるかな?)
デルハンナはそんな気持ちになりながらも、自分に合う馬を選ぼうとしている。
馬の中には気性の荒い馬もいるようで、そういう馬は初心者は選ばない方がいいとリスダイにも言われている。
とはいえ、どの馬が良いか……というのもデルハンナにはぴんときていない。
そんなデルハンナの隣で、シロノワはさっさと自分の乗る馬を決めていた。白猫が馬に乗るとはどういうことなのだろう……と疑問に思うものはここにはいらないらしい。
「にゃにゃ!!」
鳴き声一つで馬を服従させたシロノワは大変ご機嫌な様子である。気性の荒い大きな白馬は、シロノワに首を垂れている。
何とも不思議な光景である。
さっさと自分の乗る馬を決めたシロノワは、デルハンナの乗る馬をどうにか決めたかったらしい。悩んでいるデルハンナの目の前で馬に「にゃにゃにゃ」と話しかける。するとどうしたことだろうか、先ほどまでデルハンナに興味なさげだった馬がすっかりデルハンナに寄ってくる。
「シロちゃん……? お馬さんに何を話しかけたの?」
「にゃにゃ!!」
デルハンナの言葉に、「気にしなくていい」とでもいう風にシロノワは鳴く。そしてすぐに前足で、馬に近づくように示す。
「シロノワ様が大丈夫だと言うのならば大丈夫だろう。デルハンナさん、馬に近づいてくてくれ」
「は、はい」
リスダイの言葉に緊張した面立ちでデルハンナは頷き、少し小柄な茶色の馬に近づく。
恐る恐るという風に手を伸ばす。シロノワに何か言われているのか、大人しくされるがままだ。
(大人しくて、可愛い。シロちゃんのおかげかもだけど、こうして馬に触れるの楽しい)
緊張した気持ちからまた、興奮した気持ちへと変化していく。
デルハンナは嬉しそうに口元を緩めていて、その様子を見てシロノワもご機嫌な様子である。
デルハンナはリスダイに教わりながら馬に乗ろうとして、中々上手くいかない。最終的に台を用意してもらってまたがった。その馬はされるがままである。寧ろデルハンナが乗りやすいようにしてくれている。
「わぁ……」
デルハンナは馬の上からの光景に、思わず感嘆の声を上げた。
いつもよりも高い位置から見る景色は、何だか不思議な気持ちをデルハンナにさせた。
リスダイが横を先導するように歩いてくれている。それに従うようにデルハンナの乗っている馬も歩き出す。
ゆっくりとデルハンナが落ちたり慌てたりしないように、馬は動いてくれている。
「ありがとう」
シロノワが何か言い聞かせたからだろうが、デルハンナは馬にお礼を言った。こんな風に人を気遣ってくれるなんて優しい馬だと思って仕方がない。
流石に初めての乗馬だったので、一人で乗るのはゆっくり歩いてもらうだけだった。
ただ走っているのも経験したいと言えば、後ろにリスダイが乗って、馬を操ってくれた。
デルハンナは手綱を必死につかんでいる事しか出来なかった。
でも何だか楽しい気持ちでいっぱいなのか、興奮した様子である。
「リスダイさん! 走っていると凄い衝撃だけど、楽しいです」
「それは良かったです」
さて、リスダイとデルハンナがそう言う会話を交わしている中でシロノワはというと……、
「流石聖女様です!!」
「何という乗りこなし!!」
白馬の上にちょこんと座り、乗りこなしていた。
魔法か何かで手綱を上手く操っているのか、それとも何か言い聞かせて操っているのかは不明だが、猛スピードを出している。それでいて白馬の上のシロノワは一切焦った様子もない。
涼しい顔をしたまま、楽しそうにしている。
凄いスピードが出ているというのに、「にゃにゃにゃ!」とすごいでしょとでもいう風にデルハンナに話しかけてもいる。
デルハンナはその様子に驚いてぽかんとしてしまった。
「シロちゃん、凄い。聖女様ってこんなことも出来るんだ」
「いや……、デルハンナさん。歴代の聖女様はこんな風に馬を爆走させて乗りこなすと言うのはしていないと思います」
デルハンナのつぶやきに思わずといったようにリスダイが答える。
今までの聖女様は、猫ではなく人であり、加えてどちらかというと大神殿で大人しく過ごしている者が多かった。今回の聖女は白猫であり、自由奔放である。なので、同じ聖女様といえども色々違うものだ。
「シロちゃん凄い!!」
「にゃにゃ!!」
そして白馬から降りたシロノワは、笑顔のデルハンナに抱きかかえられ、嬉しそうに鳴き声をあげるのだった。