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「聖女様、デルハンナさん。護衛騎士を紹介しますね」
ベッレードからそう言われて、シロノワとデルハンナは一人の男性を紹介される。
黒髪と黒い瞳の男性である。
その表情はほとんど変わらず、見る者に冷たい印象を与える。
「リスダイです。よろしくお願いします」
「彼はこの大神殿の中でも屈指の実力を持っています。聖女様とデルハンナさんの専属護衛としてついてもらいます。神殿内では危険なことは少ないと思いますが、部屋の外に行く時は彼を連れてもらえたらと思います」
リスダイは、頭を下げる。
口数の少ない人間なのだろう。それ以上に何かを言うこともなかった。
大神殿の中で危険なことは少ないだろうが、それでも何があるか分からないためつけられたのが彼である。ちなみにリスダイが居ない間は別のものがつくことになっているようだ。
リスダイが護衛騎士にされたのは、それだけ信頼をおける存在だったからである。また聖女であるシロノワは聖女としての力を持ち合わせており、危険な目に遭うことは少ないだろう。どちらかというとリスダイは聖女の大切にしている少女――デルハンナが危険な目に遭わないようにという保険の意味も込めての護衛である。
おそらくデルハンナに何かあれば、シロノワは暴走することだろう。
それが分かるからこそである。もちろん、デルハンナはそんなことを理解していない。
「デルハンナと申します。リスダイ様、よろしくお願いします」
「にゃっ」
デルハンナとシロノワが挨拶をすれば、リスダイは頷いた。
デルハンナは騎士様だとキラキラした目で、リスダイのことを見ていた。
そのことが何だか嫌だったのか、「にゃっ」と鳴く。
デルハンナは「シロちゃん、どうしたの?」と言いながら、シロノワの頭を撫でる。シロノワは自分のことをデルハンナが見てくれることが嬉しのか、ご機嫌そうに鳴いている。
その様子をリスダイは無言で見ている。
……ちなみにその内心は、結構ほのぼのしたものであった。
(聖女様が、猫。可愛いものだ。それに聖女様の飼い主である令嬢も、かわいらしいものだ)
無表情だけれども、案外可愛いものが好きなリスダイは表情からは全く分からないが、聖女とその飼い主である令嬢の護衛に就けた事を喜んでいるのであった。
護衛騎士との顔合わせを終えた後、シロノワの聖女としての力を試すために大神殿の奥の部屋へと向かうことになった。
普通の人では足を踏み入れることは出来ないその場所だが、デルハンナはシロノワに望まれてそこに足を踏み入れることになった。
(シロちゃんとは仲良しだけど、こんなところにまで足を踏み入れていいのかしら……)
そんな風に不安そうな表情をしているデルハンナ。
「デルハンナ様、緊張なさらないで大丈夫です」
「リスダイ様……私はシロちゃんの付き添いなので、様付けなんて必要ないですよ」
「ではデルハンナさんと呼ばせていただきます。デルハンナさんも、様付けはいらないです」
「え、えっとじゃあリスダイさんと呼ばせてもらいます。リスダイさんは特別な方しか足を踏み入れられない場所に足を踏み入れることに緊張はないのですか?」
「特にないです」
「それは凄いですわ。私、シロちゃんと一緒に居たいと、こうして大神殿にまで来たけれどやっぱり落ち着かなくて。それにこんな特別なところにいるなんて」
「大神殿は聖女様が望んでいることを叶えているだけなので、気にする必要はないかと」
相変わらず表情が変わらないまま、そんなことをはっきりとリスダイは言い切る。
前を歩いていたシロノワも、リスダイの言葉を肯定するように、気にしなくていいとでもいうように「にゃっ」と鳴いた。
そしてそんな会話を交わしながら、水晶の置かれている部屋へと案内される。
巨大な水晶。それは聖女が結界を張るための魔力を通す装置らしい。魔法に関して詳しくないデルハンナにはよくわからないが、とても特別なものらしい。
「では、聖女様」
「にゃっ」
神官に声をかけられ、シロノワは鳴いた。
そしてその愛らしい前足を、水晶に置く。
その瞬間、魔力を込めたのか、その水晶が光り輝く。その幻想的な風景に、デルハンナは目を奪われる。
そして何らかの力が、その水晶から放たれたのが分かった。
「素晴らしいです。聖女様、結界が正常に張られましたね」
「にゃにゃ」
「疲れてもなさそうですね。凄いです」
シロノワを褒めた神官はシロノワを撫でようとして、拒否されていた。そしてシロノワは、水晶の前から、デルハンナの前へとやってくる。
「にゃにゃにゃ」
「シロちゃん、凄いね!」
「にゃっ!」
「撫でてほしいの? ふふ、凄いわ」
デルハンナがシロノワのことを撫でれば、シロノワは嬉しそうに鳴くのであった。