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『魔王』が討伐されたということで、世界はわき出っている。
これで平和が訪れると笑いあっている人々は、輝かしい明日を約束してくれた『聖女』と『勇者』、そしてそのパーティーメンバーに感謝の気持ちを口々に伝えている。
「……シロちゃんはやっぱりすごいなぁ」
――『聖女』であるシロノワの飼い主令嬢などと言われるデルハンナは『魔王』が討伐された噂を聞いて、そんな風に呟いていた。
デルハンナのお友達。それでいて、歴代で唯一の白猫の『聖女』。
その特別な白猫は、『魔王』を倒した『聖女』として大変もてなされていると聞いた。
(シロちゃんは、ちゃんと此処に帰ってくるかな。シロちゃんは私のことを大切にしてくれていて、きっとシロちゃんは私のもとへ帰ってきてくれるって思っている。でも……もしシロちゃんが帰ってこなかったら――寂しいって思う)
王都でシロノワはもてなしを受けている。『聖女』として一番の仕事である『魔王』討伐を終えたからこそ、シロノワは比較的自由である。もちろん、『聖女』としての仕事はあるけれども、例えば王城で過ごすといったことだってできるのだ。
特別な『聖女』であるシロノワが、わざわざただの貴族の庶子であるデルハンナの傍に居る必要はない。
デルハンナだってそれが分かっている。
だからこそ、少しだけ不安な気持ちになっている。でもシロノワが他の人の傍に居ることを望むのならば、それはそれだとも思っている。
(……私は十分にシロちゃんから幸せを受け取っている。シロちゃんともずっと一緒に居られたら嬉しいけれど……。でもシロちゃんが私の傍に居ないことを選択するかもしれないんだよね。それはちょっと寂しいな)
シロノワは昔からデルハンナの傍に居てくれた。シロノワが『聖女』になっても、それは変わらなかった。
「リスダイ、シロちゃんは帰ってきてからも私の傍にいてくれるかな? 私、シロちゃんが『聖女』様でもずっと一緒に居てほしいってそんな風に言うのは欲張りですかね?」
「全然そんなことはないと思います。シロノワ様は、デルハンナのことを誰よりも特別に思ってますから。寧ろ嫌がっても傍に居るぐらいと思います」
「ふふっ、シロちゃんも私の傍にずっと一緒に居てくれようとしてくれるって思うと嬉しいわ」
デルハンナが軽く漏らした言葉に、リスダイはそう言い切る。
笑顔でそんな風に言われて、デルハンナもなんだかほっとした気持ちになる。
(シロちゃんが帰ってきたら、私はシロちゃんとずっと一緒に居たいと思っていることを伝えよう。リスダイと一緒にこれから生きていくことは決まっているけれど……、そこにシロちゃんもいてくれたら嬉しいもの)
デルハンナはそんな風に思っている。
――そしてそれから数日が経って、シロノワがデルハンナのもとへ帰ってきた。
『ハナちゃん!!』
「シロちゃん、お帰りなさい!!」
シロノワは、大神殿に戻るとすぐにデルハンナの腕の中に飛び込んできた。その身体をデルハンナは受け止める。
シロノワは、『魔王』討伐に行く前と全く変わらない。
「シロちゃん、お疲れ様」
『全然、疲れてない!!』
そんな風に和やかにデルハンナとシロノワが会話を交わす様子を、周りはほほえましそうな目で見ていた。
『勇者』もそれは同様である。
「デルハンナさん」
「えっと、『勇者』様、なんですか?」
デルハンナは『魔王』討伐から帰ってきた『勇者』に声をかけられ、驚いた様子を見せる。これまで『勇者』はデルハンナに近づいてくることもなかった。急に話しかけられたことに、そして名前を知られていたことに驚く。
「今、幸せですか?」
「え、はい! 幸せです!!」
そして急に問いかけられた言葉に、デルハンナは驚きながらも頷く。
どうして『勇者』がそんなことを問いかけてきたのか、デルハンナには分からない。けれども『勇者』の目はなぜだかとっても優しかった。
(『勇者』様と話したのは初めてだけど、やっぱり悪い人ではなさそう)
デルハンナがそう思っている中で、
『ハナちゃんから、離れる!!』
シロノワが我慢がならないとばかりに、『勇者』に文句を言った。
少しは待ってくれていたようだが、やはりシロノワからしてみれば『勇者』がデルハンナに近づくことが嫌な様子である。『勇者』はそれに対して、呆れたような表情をして、シロノワにだけ聞こえるような声で何かを言う。
その言葉は、デルハンナたちには何を言ったか分からなかった。
ただその言葉を聞いて、シロノワと『勇者』がちょっとした喧嘩を始める。……一般人のデルハンナからしてみれば、怖ろしい喧嘩なのだが、どうやら他のシロノワの仲間に聞いたところ、道中によくあったことらしい。
それからしばらくして、『勇者』は王都で過ごすといって大神殿からいなくなった。
『聖女』であるシロノワは、相変わらずデルハンナの傍に居る。