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デルハンナとリスダイが恋人同士になったことは、大神殿の者たちに祝福された。中にはリスダイに懸想しているものもいたが、それでもリスダイの幸せそうな様子を見てあきらめたようである。
デルハンナは、幸福の中にいる。
こんなに自分が幸せでいいのだろうかと疑ってしまいそうなほどに幸せを感じている。
(――これも全て、シロちゃんのおかげよね。シロちゃんがいなければ私はこの大神殿に来ることもなく、リスダイと恋人同士になることもなかった。全部幸せを連れてきてくれたのは、シロちゃんなんだ)
デルハンナはシロノワに対して祈りをただ捧げている。
『魔王』を討伐しに向かったシロノワはまだ帰らない。シロノワからデルハンナに届けられる情報には、一切苦戦している様子は書かれない。だけれどもベッレードたちから『魔王』とその配下との戦いは熾烈を極めていると聞いている。それに噂話でも……、デルハンナがシロノワを心配するのには十分なうわさが入ってきている。
デルハンナに出来ることは、将来のために勉強をすることやシロノワに対して祈ることだけだ。
デルハンナはシロノワに与えられてばかりだと思っている。そしてシロノワに対して何も出来ない自分のことをもどかしく感じている。
(私に何か、シロちゃんを手助けできるだけの力があったなら――、シロちゃんとの旅についていけたかもしれないのに。『聖女』様としての重荷をシロちゃんだけに背負わせる必要なんてなかったのに)
デルハンナはそんなことを考えながら、ただ祈りを捧げ続ける。
シロノワが無事に帰ってこれますように、シロノワが怪我をしませんように。ただ、それだけを祈る。『勇者』のことは祈らないようにとシロノワに言われているけれど、シロノワの仲間なので、少しは祈る。
(シロちゃんが帰ってきたら、シロちゃんを笑顔で迎えよう。おかえなさいって、シロちゃんを迎えたい。それにちゃんとリスダイと付き合いだしたことをシロちゃんにも伝えたい。あの夢はただの私の願望が生み出した夢の可能性もあるけれど――、私はシロちゃんに自分の口で幸せだよって伝えたい)
デルハンナはそんなことを考えながら祈り続ける。
目を瞑って祈りをささげるデルハンナは、女神像が微かに光ったことには気づかない。
その日、祈りを終えたデルハンナは本を読んでいた。
『聖女』と『勇者』にまつわる本だ。
その本には『聖女』とは聖なる乙女のことで、女神の寵愛を得たただ一人の存在であると書かれている。歴代の『聖女』は全員がうら若い乙女だったとも。その『聖女』たちの大半は、旅の中で困難を乗り越え、その先で仲間と結婚することも多いらしい。
そして『勇者』もまた女神に選ばれた特別な男である。その力は『聖女』と共鳴しており、『聖女』と『勇者』が揃っていればその力も増すのだとか。
「うーん、この本には『聖女』と『勇者』は惹かれあう確率が高いように見られるみたいに書かれているけど、シロちゃんと『勇者』様って仲が良いのか悪いのか分からない感じよね」
デルハンナは本を手に、そんなことを考える。
(シロちゃんは初めて人以外で『聖女』になったんだよね。女神様がシロちゃんを『聖女』に選んだ理由はなんだろう? って、私が女神様の考え方が分かるわけはないのだけど……。シロちゃんが『聖女』だからこそ、私はシロちゃんと意思疎通が出来て、それはとても嬉しい。でも今もシロちゃんが大変な戦いの中に居ると思うと……シロちゃんを『聖女』様に選ばないでいてくれたら……なんて思ってしまう)
シロノワが『聖女』ではなかったら、デルハンナは庶子の子として虐げられた生活をしていただろう。リスダイとも出会うことなく、この大神殿で穏やかに過ごすこともなかっただろう。
だけども、『魔王』討伐の噂を聞くと、シロノワのことをどうしても心配してしまう。
シロノワが『聖女』でなければ、シロノワが危険な旅に出ることもなかったのにと。
シロノワが怪我をしたら、シロノワが怖い思いをしたら……、それは嫌だなとそういう気持ちでデルハンナはいっぱいなのだ。
『あなた達は、似た者同士ですね』
「え?」
デルハンナは、何か声が聞こえた気がした。
だけど驚いて声をあげ、きょろきょろしても、誰も周りにはいない。
(気のせい……? なんだか微かに声が聞こえた気がしたのだけど……。でも周りに誰もいないから、流石に気のせいよね)
デルハンナは気のせいかなと思い至って、また本に目を落とした。
そして『聖女』と『勇者』の本を何冊か読み終わると、デルハンナはその場を後にするのだった。
――それから二週間ほど後、『魔王』が討伐されたと大神殿に報せが入った。