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「ハナちゃん」
「あれ……? シロちゃんが、喋ってる?」
デルハンナは目の前のシロノワが、「にゃぁ」と鳴くわけでもなく、いつものように文字で示しているわけでもなく……本当に目の前のシロノワが話していることにデルハンナは驚いた顔をする。
それにこの場所は、デルハンナにとって見知った場所はない。
不思議な真っ白な空間に、デルハンナとシロノワがぽつんといる。
自分の体を見下ろせば、いつも着ているものとは違うどこか神秘的な白い服を着ている。
「ねぇ、シロちゃん、此処はどこ? それにこの格好は……」
「夢の中だよ。ハナちゃん。ハナちゃんが悩んでいるって聞いたから来たの! その恰好は気にしなくていいよ」
「夢の中……?」
デルハンナは、凄い『聖女』様であるシロノワならば人の夢にまで入れるのかと驚いた顔をする。
「私が悩んでいることも、シロちゃんにはすぐ伝わるんだね。シロちゃん凄い」
「ハナちゃんのことだから、分かるんだよ。ねぇ、ハナちゃん、何をそんなに悩んでいるの?」
「ふふっ、悩んでいることまでは流石に分からないのね。あのね、シロちゃん、私……、リスダイさんにその、告白されたの」
「ハナちゃんはそれが嫌だったの? 嫌がること、あいつしたの? 怒っておく?」
「ち、違うよ!」
シロノワが急に冷たい目をし始めたので、デルハンナは慌てて否定する。
白猫であるシロノワは、やっぱり人の恋愛関係などというものは理解できないらしい。
「違うの? ならどうして悩んでいるの?」
「その、リスダイさんからの言葉は嬉しかったの。でも私なんかをリスダイさんが好きだなんて……そんな幸福があっていいのかなって」
「私なんかなんて言わないで! ハナちゃんはそんな風に言われる人じゃないもん」
「ごめんね、シロちゃん。でも私、シロちゃんが『聖女』様として引き取られるときに一緒に大神殿に行くことになって……。大神殿での暮らしもなんだか夢みたいで、私、それだけでも凄く幸せなの」
デルハンナは、シロノワのおかげで今があると思っている。
大神殿での暮らしは、デルハンナにとっては夢のような楽しい暮らしでそれ以上のものを求めていいのだろうかという不安もあるのだ。
シロノワはデルハンナの言葉を聞いて、座り込んでシロノワに話しかけるデルハンナの手に自分の肉球を重ねる。
「ハナちゃんはね、ずっとずっと、特別なんだよ」
「シロちゃん?」
「ハナちゃんが居なければ、私はこんなものやらないもん。ハナちゃんのその暮らしは、ハナちゃんが当然受けるべきものだよ! ハナちゃんが、笑って幸せになってほしいの!」
シロノワが一生懸命伝えてくる言葉の意味が一部、デルハンナには分からなかった。だけど、シロノワが本当にデルハンナの幸せを望んでくれていることはよくわかる。
シロノワはただただ本当に、デルハンナのことを特別に思っていてくれていて幸せになってほしいと心から思ってくれているのだ。
「……私が、リスダイさんみたいな素敵な人の手を取ってもいいのかな?」
「うん! 寧ろ、リスダイがハナちゃんの手を取るのを喜ぶべき」
「ふふっ、シロちゃんってば。私、これ以上幸せになってもいいのかな?」
「うん! ハナちゃんは誰よりも幸せにならないと」
「……そんなに幸せだと、壊れちゃったらってちょっと不安にもなるね」
「大丈夫だよ。ハナちゃんの幸せを壊すものは私が全部潰すから!!」
それを言うのが当たり前だと言わんばかりの様子でシロノワは言い切った。
そんなシロノワに、デルハンナはぽかんとした顔をして、次の瞬間には笑った。
「シロちゃんがそう言ってくれると、なんだかなんでもできるって気になるわ。……そうよね。私はリスダイさんから告白されて嬉しいって思ったの。そのことは本当だわ。リスダイさんに自分がふさわしくないという気持ちも大きかったけれど、シロちゃんがそう言ってくれるなら――うん、私、もっと自分に自信を持とうって思う」
「それがいいよ! ハナちゃんは凄いんだから。もし仮にリスダイがハナちゃんを泣かせるなら私が怒るから」
「リスダイさんはそんなひどい人じゃないわ。だから大丈夫よ。私、リスダイさんからの気持ち、受けてみるわ。話を聞いてくれてありがとう、シロちゃん」
「私がハナちゃんの話を聞くのは当然!」
シロノワがそう言い切ったのを見て、デルハンナはそういえばシロノワが『聖女』様になる前も言葉がたとえ通じていなくても――自分はシロノワに沢山話をしていたなぁと思いだした。
(シロちゃんが、私の話を聞いてくれるのは『聖女』になる前も、なってからも変わらないんだなぁ)
そんなことを思っていると、急にデルハンナは眠気がやってくる。夢の世界のはずなのに、眠くなるなんて不思議だと思った。
「ハナちゃん、時間切れみたい。もうすぐ『魔王』を倒して帰るからちょっと待っててね」
「ええ」
「あと、ハナちゃん。『勇者』の事も祈ったでしょ? なるべく祈らないでね」
「シロちゃんの仲間が傷つきませんようにっては祈ったけれど……」
「それが『勇者』にまで届いているの。仕方がないかもだけど、なるべくダメ!」
「届いているって……? でも、分かったわ。なるべくしないわ」
そんな会話を最後に、デルハンナの意識は途切れる。
――そして目が覚めた場所はいつも通りの自室で、あの夢は本当に起きたことなのか、自分の妄想なのか、よくわからなかった。
だけれども、その夢のおかげでデルハンナは少し吹っ切れた。