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旅に出たシロノワたちに向かって、ただ真摯に祈りをささげるデルハンナ。
そんなデルハンナのことを、リスダイはやはり好きだと思っていた。
シロノワがどれだけ凄い聖女様であろうとも、大切な白猫であるからと心配するその心により一層惹かれている。
「――デルハンナさん。私はあなたが好きです。私と結婚してくれませんか」
そして、ついついそんな言葉を口にしたのは、デルハンナが将来のことをよく口にするようになったからだ。
先のことを考えているデルハンナが、このままどこか手の届かないところに行ってしまったら……という気持ちもあっただろう。
デルハンナが祈りをささげる様子はどこか神秘的で、なんだか人間離れした雰囲気がある。祈りの場に同行すればするほど、リスダイはそんな気持ちになっていた。
「リスダイさんが、私のことを?」
デルハンナは心の底から驚いた顔をする。
元々庶子として使用人扱いをされてきてきたデルハンナは、半分だけ血のつながった兄妹たちからも散々な言葉をかけられてきていた。
今の大神殿での平穏な生活はとても穏やかなもので、誰かに好意を向けられるかもしれないなどと考えたことなどデルハンナにはなかったのである。
デルハンナにとって、リスダイは素敵な人である。
シロノワのおまけともいえるデルハンナの護衛を進んでしてくれている優しい人で、その人となりもこの大神殿での生活で知っている。
それでいて自分の事を好きになるなんて全く考えてもなかった、雲の上の人の一人でもある。今はこうしておしゃべりをさせてもらっているが、それは自分がシロノワの飼い主だからでしかないとそう思っていたのだ。
「はい。デルハンナさん。私はあなたが好きです」
意識をしたきっかけは、シロノワの言葉だった。
でも軽い気持ちではなく、リスダイはデルハンナのことを好きだと思った。
聖女であるシロノワのことを本当に大切にしていて、聖女様の飼い主という立場でこの大神殿に居るのに、良い意味で変わらない。
驕ることもなく、自分の立場を理解し、ただこの大神殿で過ごしている。
(……シロノワ様はデルハンナさんじゃなければ大神殿に連れてくることもなかっただろうな。こういうデルハンナさんだからこそ、シロノワ様は大切にしているんだ)
――そういうデルハンナだからこそ、シロノワはデルハンナを大切にしているのだとリスダイは思っている。
猫という生き物は、基本的に気まぐれである。
シロノワはデルハンナに愛着を持っているからこそ、魔王退治に向かった。おそらくデルハンナに悪影響がないのならば、シロノワは魔王を倒しに行こうとはしなかっただろう。
歴代最強ともいえる力を持つシロノワを、人の味方としてとどめているのはデルハンナの力なのだ。
(本人はそんなことは思っていないだろうけれど……)
リスダイはそんなことを思いながら、デルハンナのことをじっと見つめる。
リスダイに気持ちを伝えられたことに対して、理解が追い付いていないのかデルハンナは顔を赤くしたまま固まっている。その様子からもデルハンナが誰かから好意を向けられるということに慣れていないことがうかがえる。
その様子にリスダイは思わずくすりと笑う。
「デルハンナさん」
「ひゃ、ひゃい」
デルハンナは、リスダイから優しく声をかけられて益々動揺した様子である。その様子は大変愛らしいと言える。
「返事はゆっくりでかまいません。ただ、デルハンナさんが私との未来を考えてくれればうれしいです」
「は、はい」
「ただこの気持ちを隠すつもりはないので、よろしくお願いします」
リスダイはそう言い切った。
――その時から、リスダイは周りに誰がいようが構わずデルハンナへの好意を隠さないようになった。
本人としてみれば、ただ好意を抱いているから伝えているだけとのことだがデルハンナにとっては破壊力が大きい。
(……リ、リスダイさんが私のことを好きって。それにあんなにやさしい笑顔を浮かべてくれて。嫌ではない。寧ろ……嬉しいとは思っている。でも私なんかが……こんな大神殿で騎士をしているリスダイさんに相応しいとは思えない)
デルハンナは一人で自室で、ただそんなことを考えていた。
リスダイから好意を向けられることは嫌ではなかった。それでもデルハンナは自分をあくまで普通の……いや、普通よりも少しだけ出来が悪いと思っている。シロノワと仲良くしているだけの、ただの少女。
また現状の、大神殿での暮らしだけでもデルハンナにとっては幸せなものだったので、これ以上に幸せになってもいいのだろうかという気持ちもあっただろう。
(ど、どうしよう。シロちゃん)
こういう時に相談したり、胸の内を打ち明けることが出来る相手はデルハンナにとってシロノワだった。
だけど、今、シロノワは傍に居ない。
――悩むデルハンナの願いが届いたのか、偶然なのか、それから少しして夢にシロノワが出てくる。