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「シロちゃん……」
デルハンナは、シロノワがまずは王都に向かってからよくシロノワの名を呟くようになっていた。
王都を訪れたシロノワと『勇者』一行は盛大なパレードを行った後、『魔王』退治へと旅立っていったらしい。
デルハンナは実際に見ていないので、人づてに聞いただけの話だけれどもそれはもう派手に行われていたというのは聞いている。
シロノワの愛らしい白猫の姿を前に、皆が好感を持ったということが新聞にも書かれてあった。
シロノワは堂々とパレードに参加し、「にゃああ」と鳴いてやる気を宣誓したなどと書かれている。
(……シロちゃんは『魔王』退治に向かってしまった。大丈夫かな。『魔王』なんて恐ろしい存在とシロちゃんが戦わなければならないなんて……)
もう既にシロノワは『聖女』として旅立ってしまった。
シロノワは『聖女』なので、もしシロノワが『魔王』を倒せないなんてことがあれば世界が大変だということも分かっている。
けれどもやっぱり……デルハンナにとってシロノワは昔から言っている白猫で、可愛い友人なのだ。
その友人が大変な目に遭っているのに、自分が何も出来ないことがもどかしい気持ちになっている。
大神殿の人々はシロノワはとても強い『聖女』だから大丈夫だという。シロノワも『勇者』も歴代の記録の中でも力の強い存在のように見えるからと。
シロノワとデルハンナを大神殿に連れてきたベッレードも心配するベルハンナに心配しなくていいと言っていた。
(シロちゃんが強い力を持つ、凄い『聖女』様だっていうのは分かっているんだ。だけれども、私はシロちゃんが……危険な目に遭うんじゃないか。死んじゃうんじゃないかって怖い気持ちでいっぱいになっている)
幾ら大丈夫だと言われても、それでもデルハンナにとってシロノワは特別な存在だから。大好きな友人だから、そうしてやっぱり心配している。
早く帰ってこないかなと心配して心あらずなデルハンナは、食事も少しおざなりになっていたりする。
「デルハンナさん、食事を取らないと体調を崩してしまいますよ」
「……分かってますけど、やっぱりシロちゃんのことが心配だなって」
元気のないデルハンナを見て、リスダイは心配した様子である。
「シロノワ様は正直『魔王』に倒されてしまう想像がつかない方です。それに『勇者』様も。おそらく、すぐに帰ってくるだろう。そんな予感がする」
「……分かってるんです。でも……やっぱりシロちゃんのことを思うと心配だなって気持ちが強くて」
リスダイの言うとおりに、『聖女』であるシロノワも『勇者』も簡単に『魔王』を倒してしまいそうな強さを持ち合わせている。
客観的に見れば、デルハンナもそうだと分かる。でもやっぱり心配していた。
「デルハンナさんは、シロノワ様のことを本当に大切にしていますよね。私たちに出来ることはあまりないかもしれないですが、シロノワ様に祈ってほしいと言われたのですよね? 祈りましょうか。私も力になれるか分からないけれど一緒に祈りますから」
「……そうですね。シロちゃんは私に祈ってほしいって言っていたから、祈りましょう」
そういう会話を交わして、デルハンナとリスダイは女神像のある部屋に向かう。前にシロノワが女神と会話を交わした特別な部屋ではなく、大神殿内にある女神像の一つで祈りをする。
祈るように手を合わせて、女神像に向かって祈るデルハンナの姿は何処か神秘的にリスダイの目から見えた。
(シロちゃんが、無事に帰ってきますように。シロちゃんが怪我をしませんように。シロちゃんが元気でいますように。シロちゃんが『魔王』を倒す時に何もありませんように)
シロノワのことを思って、そうやっていくつものことをお祈りする。
――シロノワが危険な目に遭いませんように、とそればかりデルハンナは思っている。
そうやって祈るデルハンナの姿に少し見惚れていたリスダイも、その姿にはっとして、同じように祈る。
デルハンナは続けて、『勇者』パーティーについてお祈りする。
(えっと、シロちゃんは『勇者』様のことを祈ったらダメって言っていたけれど、パーティーというくくりで祈ったら大丈夫かな? シロちゃんのパーティーの人たちも怪我しませんように。皆無事に、元気に帰ってきてほしいな)
デルハンナは目をつむりながら、そんなお祈りをしていた。
――リスダイも祈った後に、目を開ける。そうしたら目を閉じて祈るデルハンナの前で、小さく女神像が光った気がした。そのことに目を見張る。
(……女神像が光った? 気のせいか……?)
驚いた顔をするリスダイの前で、その光はいつの間にか消える。そして何か考え込むリスダイにデルハンナは「どうしたんですか?」と問いかける。リスダイは「何もない」とだけ答えるのだった。