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魔王が実際に現れたのだと、大神殿が騒がしくなっている。
魔王が現れて、各地の魔物が活発に動き出しているのだという。
その噂を聞いただけで、デルハンナは怖くて仕方がなくなった。
それと同時に、どうしてそんな恐ろしいもの相手にシロノワが挑まなければならないのだろうかとそんな気持ちにもなった。
シロノワは特別な猫で、ただ一人の聖女である。それは確かなことだけれども、シロノワがそんなものに向かわなければならないことがデルハンナには怖かった。
シロノワはデルハンナが良く知っている相手で、昔から仲良くしている相手である。そういう相手だからこそそう思う。聖女がデルハンナにとって全く知らない相手であったならば……デルハンナはこんなに心配はしなかっただろう。
デルハンナにとって、シロノワが手の届かない聖女ではなくて、昔から知っている白猫だからこそそういう気持ちになっている。
「シロちゃん……、魔王のせいで沢山魔物の活発化して……怪我人も増えているって聞いたわ」
『ハナちゃん、そんな風に心配しなくていいよ。すぐに倒して戻ってくるから』
「本当に大丈夫? シロちゃんが凄い聖女様なことは分かっているけれど、やっぱりシロちゃんが危険な目に遭うかと思うと、私は怖いの。シロちゃんが怪我したらとか……」
『私が魔王討伐の旅に行く時は、無事を祈ってほしいっては思うかな』
「シロちゃんが無事に帰ってくるようにってことだよね。うん、シロちゃんが無事で居るように、力になれるかどうかわからないけれど祈りはしたいと思うわ」
『ハナちゃんにお祈りされたら私すぐにぱぱって倒してきちゃう。勇者のことは祈っちゃ駄目』
「えぇ? どうして? お祈りするのならば、全員のことを祈りたいって思うのだけど」
デルハンナはシロノワと話していて、勇者のことは祈らないようになどと言われて驚いてシロノワの事を見る。
どうしてもシロノワは勇者をデルハンナに近づけたくないらしい。
デルハンナはその態度に思わず小さく笑ってしまう。
「勇者以外はいいの?」
『……勇者以外は祈ってもいいけど、関わらないで』
「うーん、分かった。そうするね」
デルハンナがそう告げれば、シロノワは嬉しそうににゃああんと鳴いていた。
それからもデルハンナはシロノワのことを心配そうに見ていた。リスダイもシロノワとデルハンナのことを心配しているので、自分にも何か出来ないかと思っている様子である。
とはいえ、ただの神殿騎士であるリスダイに出来ることといえばそんなにない。
デルハンナに寄り添って、不安を取り除くぐらいである。というより、シロノワもそれを求めているのでリスダイはより一層デルハンナの傍に居るようになっていた。
シロノワたちは魔王退治に向かうための準備を進めている中で、デルハンナはハラハラしながらシロノワと一緒に過ごす。白猫であるシロノワは言ってしまえば、旅に対する準備はそこまでない。衣服などもいらないし、そんなに準備などもない。野宿も幾らでも出来るし、人よりは動きやすいものだ。
『すぐに出発して、すぐに倒したいのに』
「シロちゃんは身軽だもんね。でも準備とか要らないの?」
『特にない。人間たちはばたばたしてるけど』
「シロちゃんが旅の主役なんだから、ちゃんと旅に持っていくものを聞かなきゃ駄目だよ」
『ちゃんと口出しはしているの。でも人って荷物が多くてびっくりする。私と勇者だけで行った方が多分、すぐ進めるのに』
「何だかんだシロちゃんって、勇者様の意見はちゃんと尊重しているよね」
『仮にも勇者だから。あの勇者は他の人間とは違って特別だから、すぐに魔王退治に行けるから』
シロノワは勇者のことを嫌っているわけではない。ただデルハンナに近づかないように言っているだけである。
デルハンナは勇者に全く近づいてはいないが、同じ大神殿に居るため噂は聞こえて来ている。
なんとも人間離れしている雰囲気を醸し出している存在なのだと。
周りに優しくしていて、とてつもなく強い。肩慣らしに近場の魔物を倒しに行ったという噂も聞いている。その魔物はとても強大だったが、一人で倒し切っただとか。
(……シロちゃんも勇者様も、凄く強いというか、凄く余裕がある感じなのよね。魔王を倒すのは凄く大変だと思うけれど、シロちゃんと勇者様を見ていると本当にすぐに倒せるんじゃないか……ってそういう気持ちにもなる。でも幾ら強く見えたとしても絶対はないから心配にはなるけれど……。勇者様は駄目だって、言われたからお祈りはしないけれど心配はしておこう)
デルハンナがそんな風に思いながら過ごしているうちに、シロノワが聖女として魔王退治に旅立つ日がやってきた。
――盛大な旅立ちの催しが、王都で行われるらしい。