22
「勇者かぁ」
デルハンナはそう呟いて、不思議な感覚になっている。
デルハンナは勇者や魔王、聖女などという特別な存在ではない。だけれども何だか勇者が近づいてきたことに不思議な共鳴のようなものを感じていた。
(何だか近づいてきたのが分かるっていうか。あれかなぁ。勇者はやっぱり特別な存在だからこそそういう感覚になるのかしら)
デルハンナはそんなことを考えながらシロノワへと視線を向ける。
勇者である少年は、これから大神殿へやってくる予定らしい。そして勇者である存在がやってきたら、その後、魔王の出現まで備えることになるらしい。
ちなみに魔王が出現したらまた神託がされるようだ。
そしてその後に魔王退治に向かうことになるらしい。
『ハナちゃん、どうしたの?』
「なんか、勇者が近づいてくる感覚? みたいなのがするなぁって」
『ああ。そっか。……勇者は特別だからね』
「シロちゃんは……勇者と仲間になるんだよね」
『一緒に冒険する。仲間ではないわ』
「またまた、そんなこと言って……。というか、私は勇者にも関わらない方がいいんだよね?」
『うん、駄目』
「……シロちゃんの仲間なら、挨拶したいんだけどなぁ」
『最低限はいいけど、それ以外は駄目』
デルハンナは何でかなぁと思いつつ、シロノワがそう言うならと受け入れている。
シロノワはデルハンナを勇者に近づけたくない理由も告げるつもりはないようだ。寧ろ勇者側からもしもデルハンナに近づくような素振りがあればどうにかするようにというのをリスダイに言っていた。
リスダイは「私が勇者様にですか?」と困惑していたものの、シロノワから押し切られていた。最もデルハンナ本人は勇者が自分に近づいてくるはずがないと思っているわけだが。
――そして、しばらく経過後に勇者が大神殿へとやってきた。
勇者は、美しく輝く金色の髪を持つ少年であった。何だか神聖な雰囲気を醸し出していて、まるで同じ人間ではないかのように思えるほどに美しい。
その美しい見た目に、何人かの神官たちがぽーっとしているのが分かる。女性だけではなく、同じ男性の神官さえもその調子なので、勇者には周りを魅了するような魅力があるのかもしれない。
デルハンナは何故だかシロノワから勇者に近づかないようにと言われているので、ひっそりと他の神官たちとまぎれてシロノワと勇者の対面の様子を見ていた。
「……」
何故だかは分からないが、聖女であるシロノワと勇者であるその少年の初対面は無言から始まった。
過去の記録によると、聖女と勇者という存在は互いに神に選ばれた特別な存在であるがために惹かれあうことが多いという記述が見受けられる。なので、今回もそういうものだろうと思っていた見守っている大神殿の者たちは「どうしたのだろうか」と少しハラハラした様子でシロノワと勇者のことを見ていた。
デルハンナも勇者がシロノワに酷いことをしたらどうしようなどということを一瞬考えていた。
(……でも不思議とあの勇者様は悪い人ではない感覚がする。初対面だけれども、なんというか、凄い存在感だし)
デルハンナは勇者に対して不思議な感覚を持っていた。
何故だかその人のことが悪い人ではないと、そんな風に確信しているような不思議な感覚である。
ハラハラとしながらシロノワと勇者を見るデルハンナ。
そうしていれば一瞬こちらの方を向いた勇者と、デルハンナは目が合った。
しかも何故だか分からないが笑いかけられる。デルハンナの傍に居た神官たちがその笑みを見て顔を赤くしていた。
(びっくりした。でも私に笑いかけたわけではなさそう……。目が合ったように見えたのもきのせいだよね?)
そう思っているデルハンナの視界では、シロノワに向き合った勇者がシロノワに向かって不敵に笑っていた。
「白猫聖女。俺はお前を認めよう」
『ふんっ。あんたに認められなくても私は聖女よ』
「ははっ、そうか。まぁ、神様が認めているならそうだな。長い付き合いになるんだ。よろしくな」
勇者がシロノワの頭を撫でようとすれば、シロノワが軽く猫パンチを繰り出した。
本気なら勇者もただでは済まないだろうから、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。
「それにしても、聖女が猫かぁ。俺は動物が好きだからなぁ。なぁ、シロノワ、撫でさせろ」
『嫌』
結局その後、撫でようとする勇者と撫でさせまいようにしようとする勇者の間で不思議な攻防が繰り広げられることとなった。一部、見守っている者達の中ではハラハラしている者も見受けられたが、なんだかんだ勇者とシロノワは仲良くはなったらしかった。
デルハンナは勇者が悪い人ではなさそうな事に、心の底からほっとした様子を見せるのであった。
それから勇者は魔王復活に向けて、大神殿でシロノワと共に訓練をすることになった。