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「そんな猫が聖女だなんて――!! そんなわけ――っ」
「なんと無礼な!! 私たちは女神様からの言づけを聞いて此処まできているんですよ。貴方がなんと言おうとも、この猫様は聖女様です」
白猫であるシロノワ。
その存在のことを神官は聖女と言い切った。
デルハンナはその言葉を認識すると、驚きで固まってしまう。
(シロちゃんが、聖女様?)
驚きに満ちているデルハンナの前で、シロノワは全く以ていつも通りである。頭の良い猫なので、自分が聖女と呼ばれることを知っているようだが、それでも動じないことにデルハンナは驚く。
「では、聖女様、行きましょうか」
「にゃあ、にゃあん」
シロノワに向かって手を差し伸べる神官。だけど、シロノワは驚きで固まっているデルハンナの方を見る。そしてデルハンナの足元にやってきて、「行こう」とでも誘うように鳴いている。
それを見てデルハンナははっとする。
「え、えっと、シロちゃん……ううん、聖女様」
「にゃっ!!」
「えっと、シロちゃん呼びのままがいいの? 聖女様なのはシロちゃんだけだから、私は行けないよ?」
「にゃっ? にゃにゃにゃ!!」
シロノワは、デルハンナの言葉を聞いて、神官たちの方をじろりと見る。
神官の代表の一人は、笑顔でこくりと頷く。
「聖女様が望むのでしたら女性一人を供にすることに異論はありません」
「なっ!! 駄目よ。そいつが行くくらいなら私が――」
神官の言葉にデルハンナの姉が突っかかれば、「にゃっ」と鳴いたシロノワから衝撃波のようなものがでる。そして姉はしりもちを突いた。
「素晴らしいです。聖女様。もうすでに、聖女としての力を使いこなしておられるとは!! それにしても伯爵令嬢はよっぽど聖女様の不興を買っているのですね。ところで、聖女様の懐いている貴方のお名前は?」
「わ、私はデルハンナ・ハラワドと申します!」
「貴方もハラワド伯爵家の娘ですか? それにしても使用人のような恰好をしているのは……」
「わ、私は庶子なので……」
「ああ。なるほど、そういうことですか」
その神官は、王侯貴族の内情にそれなりに詳しいのだろう。デルハンナが庶子だという話を聞いて、すぐに納得した様子だった。
デルハンナは神官たちにじっと見られて、落ち着かない様子だ。
ほとんどこの屋敷で過ごしてきたデルハンナは、こうやって神官と会話を交わすというのもなかった。だからこそ緊張した面立ちで震えている。
ちなみにその間、デルハンナの腹違いの兄姉たちは青ざめている。
「聖女様が、貴方と一緒に行くことを望んでいます。貴方は、聖女様の飼い主ですか?」
「飼い主というか、お友達というか……。聖女様……シロちゃんとは昔からの付き合いで」
「にゃあにゃぁあ」
デルハンナの言葉に、肯定するように嬉しそうにシロノワが鳴く。尻尾をピンッと立てて、顔をデルハンナの足に押し付けてすりすりしている。
デルハンナのことが大好きだとでも言う風な様子に、神官たちは破顔する。聖女がご機嫌な様子なのを見て嬉しいのだろう。
「ふふ、聖女様は本当に貴方のことが大好きなのですね。是非とも貴方様に聖女様の飼い主として、お友達として神殿に来ていただきたいです」
「えっ、で、でも私、何も出来ないですよ!?」
「何もできなくていいのですよ。聖女様がこれだけ心を許しているというのが重要です。聖女様のお心のままに、私たちは動く僕なので、貴方を是非お迎えしたい」
「で、でも」
何の力もなく、ただの少女である自分が聖女と共に神殿に行くなんて恐れ多いと思っている様子である。戸惑った様子のデルハンナにシロノワが鳴き声をあげる。
「にゃっ、にゃにゃ!!」
「……シロちゃん」
「にゃ、にゃぁんにゃああん」
「シロちゃんは、私に一緒に来てほしいの?」
「にゃ!!」
「でもシロちゃん、私、何の力にもなれないよ?」
「にゃにゃっ」
「それでもいいってシロちゃんは言うの……?」
「にゃっ!!」
デルハンナの足に頭をすりすりするシロノワ。そんな風に自分に懐いてくれるシロノワのことを、デルハンナは思わず笑って、いつものように頭を撫でてしまう。
「あ、シロちゃんごめん」
「にゃ?」
「シロちゃんは聖女様なのに、撫でちゃった」
「にゃにゃにゃあああ!!」
もっと撫でて良いとでもいう風に抗議するようにシロノワは鳴いた。
「デルハンナさん、聖女様は貴方に撫でていただきたいのですよ。気にせず、撫でて大丈夫ですよ。それに貴方は心配しているようですが、聖女様も貴方に来てほしいと望んでいますし、私たちも貴方を迎え入れたいと思っています。ですので、是非いらしてください」
真っ直ぐに神官にそう言われてデルハンナはシロノワを見る。シロノワは肯定するように「にゃあん」と鳴いた。
それを見てデルハンナも、気持ちを固める。
「……私も、聖女様と……シロちゃんと一緒に居たいです。だから、ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、神殿に行きたいと思います」
そしてデルハンナはそう言うのだった。