18
「お初にお目にかかります。私はこの国の第三王子、シャバランといいます。よろしくお願いします。聖女様」
シロノワの前で、一人の青年が恭しい態度をする。
それはこの国の第三王子であるシャバランである。王族がこうして頭を下げることは早々ないことなのだが、この第三王子は心からシロノワに対して敬愛の気持ちを抱いているようである。
シロノワは王族からそういう態度をされても、「にゃ」と鳴き、どうでもよさそうである。
シロノワにとって、人の国の王族は割とどうでもいい存在なのだろう。
幾ら第三王子が美しい銀色の髪の美形であろうとも、それだけの権力があろうともシロノワには全く関係がない。
「聖女様はとても美しい毛並みをしておりますね。撫でてもいいですか?」
『いや』
第三王子は何処かキラキラしたような瞳で、シロノワに対して撫でる許可を求めてきた。しかし、シロノワはそれにすぐに拒否の言葉を示す。横で控えていたデルハンナはその態度に内心ドキマギしている。
庶子として生きてきたデルハンナは、貴族の娘とはいえ貴族社会に関わっていない。そういうデルハンナからしてみれば王族とは雲の上の存在である。
そんな雲の上の存在に対して、シロノワが不遜な態度をしていてハラハラしている。
聖女であるシロノワのことを王族とはいえ、どうにかすることは出来ない。そうは思うもののそれでもシロノワに何かあったらどうしようかとデルハンナは不安だった。
だけどそんなデルハンナの心配は杞憂だったと言えよう。
「そうか。なら撫でさせてもらえるように聖女様と仲良くならないとね」
そんな言葉を口にして、嬉しそうな様子のシャバラン。
人当たりのよさそうな優しそうな雰囲気を醸し出している。こういう性格の王子なのだろうかとデルハンナは思う。ただシャバランについてきていた傍仕えたちが何とも言えない顔をしているので、本来はこういう性格ではないのかもしれないと思った。
シロノワは第三王子から声をかけられても何だか退屈そうな顔をしている。どうしてこんなに話しかけられるのだろうかとそんな風に思っている様子である。
シロノワは自由気ままな存在で、こういう時にふらりとデルハンナの方に来たりよくする。しかし何故かこの時はシロノワはデルハンナの方には来ない。
(シロちゃんも王族が相手だから色々考えているのかな? でもシロちゃんは王族の方のことどうでもいいって態度だったから別の要因があるのかな? シロちゃんは何を考えているのだろう)
シロノワのことを大切な友人だと思っているデルハンナは、シロノワが何を考えているのだろうかと、色々思考していた。
聖女という存在は、王族と関わることも多い。
過去の聖女は、王族に嫁いだりもしていた。シロノワは白猫なので、王族に嫁ぐということはあり得ないが、王族が相応しい猫を連れて来てその猫と番うということはあるのかもしれない。
(……王族の方がシロちゃんを求めたら、私が飼い主何て言われていても王族の方がシロちゃんと一緒にいることになるのかしら。シロちゃんは聖女だからそういう風になるのが自然かもしれないけれど、シロちゃんと離れ離れになるのは悲しい)
いつか、シロノワとデルハンナは離れ離れになるだろうとデルハンナは思っている。
だって飼い主と言われていたとしてもデルハンナは普通の少女である。何の力も持たない少女がずっと聖女の飼い主として傍に居られるわけではないだろう。
今は、シロノワが望んでくれたから此処に居られる。だけれどもシロノワがそれを望まなくなれば此処での日々などなくなるのだと、シロノワと王族の邂逅を見て、デルハンナは考えた。
そうなったら寂しいなと思うと同時に、そういう風な形が当たり前なのかもしれないという気持ち。
(私が、シロちゃんの傍にもっと居たいと告げたらシロちゃんは私のことを傍にずっと置いてくれるのかな? でも、シロちゃんに甘えてばかりも駄目だよね……)
王族と対等に接しているシロノワを見て、シロノワが聖女様であることを改めてデルハンナは実感していたのだ。
本来ならば、ただの伯爵家の庶子が関わる事も出来ないような遥か高みにいる存在。それがシロノワなのだと。
そんなことを悶々と考えているデルハンナの耳に、シャバランの声が聞こえてくる。
「そういえば聖女様には、飼い主と呼ばれている令嬢がいるのだろう? 是非挨拶をしたいのだが」
そう、シャバランが口にした瞬間、
「にゃっ!!」
勢いよく鳴いたシロノワが、まるでデルハンナに近づくことを許さないとでもいうようにシャバランを威嚇する。
何だか魔力が一部漏れ出していて、それを向けられたシャバランは固まっている。
どうやらシャバランがデルハンナに挨拶をすることが気に食わないらしい。
デルハンナはシロノワがシャバランに攻撃とも言える行動をしたことに驚いて、「シロちゃん! 駄目よ!」と思わず声をあげて飛び出してしまうのだった。