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デルハンナは、魔王という言葉を聞いてから毎日のように心配そうな顔をしている。
シロノワのことをデルハンナは大切に思っており、昔から大切にしてきているシロノワに何かあるのではないかとそんなことを思っている。
「デルハンナさん、大丈夫ですか?」
「……リスダイさん」
心配そうに、眉を顰めるデルハンナ。
デルハンナはリスダイのことを見てはっとする。
「……リスダイさんも、シロちゃんと一緒に魔王退治に向かいますか?」
デルハンナはシロノワのことばかり考えてしまっていた。普通の少女であるデルハンナは、他のことにまで気が回っていなかったのだ。
この大神殿にやってきてから、側にいてくれたリスダイも魔王退治に向かうのかもしれない。
そう思うとデルハンナは怖くなった。
自分の周りにいる存在が、魔王退治なんていう恐ろしいものについていこうとしている。
デルハンナはそのことが怖くて仕方がない。
リスダイは、不安そうに瞳を揺らすデルハンナを見て、「デルハンナさん、そんなに心配しなくていいですよ。仮に魔王退治に向かうとしてもシロノワ様も一緒ですから」などと口にするのであった。
この大神殿の中で過ごすようになったデルハンナの側には、基本的にリスダイがいた。それはシロノワがデルハンナのことを守るようにとリスダイにいっているからである。聖女様の騎士になるはずだったリスダイだが、実際は聖女の飼い主であるデルハンナの傍にいる。
本人としては可愛いものが好きなので、シロノワの側でもデルハンナの側でも特に問題ないと思っているようであるが。
「リスダイさんは、私の傍にいるよりも……シロちゃんと一緒に居る方がいいですよね」
「いえ、別に」
デルハンナはリスダイがすぐにそう答えることに少し驚く。表情があまり変わらないリスダイは、その意志が中々分からなかったりもする。
「……でも私みたいに何の力もない女よりもシロちゃんの側の方が神殿の騎士としてはいいんじゃないですか」
「いえ、デルハンナさんの側で問題はないです」
そんな風にはっきり言われて、デルハンナの頬が思わず赤く染まる。
リスダイは自分の気持ちを素直に口にしただけだが、デルハンナは何だか少し恥ずかしくなったらしい。
リスダイが本気で、デルハンナの側で問題がないと思ってくれていることが分かって少しだけデルハンナは嬉しくなった。
まぁ、デルハンナとリスダイがそういう会話を交わしたところでシロノワや大神殿がリスダイを魔王退治に連れていくことを決めたら強制的にリスダイは連れていかれてしまうわけだが。
……最もシロノワは『リスダイは連れて行かない。だってハナちゃんの護衛をしないと駄目だもん!!』などと言っていた。というわけで、リスダイは魔王退治などというものに連れていかれることはないことが決定した。
「ねぇ、シロちゃん。無理してない? リスダイさんも一緒の方がいいのならば私も足手まといになるかもしれないけれど、一緒に行くとか」
『駄目』
「……シロちゃん。シロちゃんは、私と離れて魔王退治に行くの大丈夫なの?」
『ハナちゃんが居ないのは寂しいけれど、魔王を倒すのは私がしっかりやるの! だから、ハナちゃんは安心して此処にいたらいいの』
デルハンナの側には昔からシロノワが居た。
シロノワはデルハンナの側を長期間離れたことはなかった。だからこそ、デルハンナはシロノワのことをとても心配している。でもシロノワは全くデルハンナを連れていく気はなさそうだった。
(シロちゃんをどうにかして説得して一緒に行った方がいいのだろうか。でも私だとシロちゃんの足手まといにしかなれない? 私がシロちゃんのために出来ることは何があるのだろうか……)
デルハンナは常にそんなことばかりを考えている。
しかしデルハンナがシロちゃんのために何らかの力をつけたいと思っても、シロノワが何か言っているのか魔法などをデルハンナが習うことは出来なかった。どういう意図があるのかは分からないけれども、シロノワはデルハンナに危険なことに関わってほしくないようだった。
互いに大切だからこそ、危険な目に遭ってほしくないのは共通の思いである。それでもデルハンナに出来ることは中々ない。
(……シロちゃんは私を連れて行ってくれる気もなくて、私がシロちゃんのために出来ることは中々ない。でもシロちゃんと一緒に旅に出る人が決まったらその人にシロちゃんのことを頼むことぐらいは出来るかな。……他にシロちゃんのために出来ることって何かあるのだろうか)
――デルハンナは、自分に出来ることが少ないことにもどかしい気持ちを感じている。どんな風にしたらいいのだろうか、何をしたらシロノワのためになるのだろうか。
そう考え続けるデルハンナに、シロノワは無邪気である。
『ハナちゃんはね、ただのんびりといつも通りしていたらいいの。私はハナちゃんの平穏な暮らしのために魔王のこと、さっさと倒すの』
そんなことを伝えて来て、にゃあにゃあ鳴いていた。