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シロノワが女神と会話を交わした内容を、どのように周りに伝えることが出来るだろうかというのも一つの課題になっているようだ。
というのも女神が時折、神託として重要な言葉を聖女にかけている場合があるからだ。
上位の神職者の中には、かろうじて女神の声を聞けるものもいるらしいが、基本的に女神の言葉を聞くのは聖女である。
さて、今回の聖女であるシロノワはあくまで白猫である。普通に考えれば人の言葉を喋ることなど出来ない。
もしかしたら歴代の聖女が人族だったのは、女神の言葉を正しく伝えるためだったのかもしれない。どうして今回選ばれたのが白猫であるシロノワだったのか、シロノワがどうして聖女なのかというのは女神しか知らないことだろう。
「シロノワ様、女神様のお言葉をどうにかして私たちに伝えてもらえないでしょうか」
「にゃ!!」
シロノワはどうにかするとばかりに、ベッレードに答える。
デルハンナは、シロノワは簡単に答えているけれど大丈夫だろうかなどと少し思っている。しかしシロノワは相変わらずである。
こちらに言葉を伝えることも、聖女としての力でどうにかできるものなのだろうか。
「ねぇねぇ、シロちゃん。言葉を伝えられるようにってどうするの?」
「にゃにゃにゃ」
「これから考えるの?」
「にゃ!!」
「シロちゃんは、言葉を伝えられるようになったら私と話してくれる?」
「にゃにゃにゃ!」
当たり前だとでもいう風に、デルハンナの言葉にシロノワは答える。
シロノワもデルハンナと話してみたいようである。
デルハンナはその声に、嬉しそうに笑った。
それから数日の間、シロノワは一生懸命言葉を伝えるための手段を考えているようだ。はた目からみると日向でお昼寝をしているようにしか見えないが、シロノワは真剣である。そういうわけで、邪魔するものにはたまににゃあああああと冷たかったりする。
ただデルハンナのことは大好きなので、人に近づいて欲しくない気分でもデルハンナが近づくと嬉しそうに鳴いている。
シロノワは好きな相手以外には割と気まぐれな猫である。そんなシロノワがデルハンナに嬉しそうに近づいているので、大神殿の者達は「デルハンナさんのことがシロノワ様は好きなのね」とにこにこ笑っていたりする。
デルハンナはその間、読書が趣味だという神官から借りた小説を読んだりしていた。趣味で創作もしているらしい。
「デルハンナさんは、どの登場人物がお気に入りでしたか? 私はですね。この、明るいけれども実は過去を抱えた登場人物が――」
結構早口で喋られるので、デルハンナはそれを聞き取れなかったりもする。だけどその女性神官――ユーマーリはにこにこしながら話しかけてくれている。とりあえず喋りたいだけというのもあるようだ。
「私はやっぱり主人公の相棒の犬が一番気に入ったわ」
「デルハンナさんは動物が好きなのね。まぁ、シロノワ様の飼い主だものね。でもシロノワ様はデルハンナさんが他の生き物を褒めたらすねたりしないの?」
「ちょっとはすねちゃうかも。でもシロちゃんが私は一番大事だから、それをシロちゃんも知っていてくれているから……」
デルハンナがそう言えば、ユーマーリは嬉しそうににこにこ笑っていた。
シロノワのことをデルハンナが本当に大切に思っていることは神殿の者たちにとっても朗報である。デルハンナがシロノワの威を借り、好き勝手されると困るからである。
デルハンナがすっかりユーマーリからお勧めの小説を夢中になって読んでいる間、シロノワは一生懸命だったらしい。
大神殿の庭のベンチに腰かけて、本を読んでいる。
その元へと、シロノワが「にゃあにゃあ」鳴きながらやってきた。
「デルハンナさん、シロノワ様が言葉を伝えられるようになったとのことです。シロノワ様はデルハンナさんに真っ先にお伝えしたいようです」
「まぁ、そうなんですか?」
ベッレードの言葉に、デルハンナは驚いたようにシロノワを見る。
シロノワは嬉しそうに「にゃにゃ」鳴く。
どうやって伝えられるようになったのだろう? とデルハンナはシロノワの方をじっと見つめる。
そうすればシロノワが「にゃにゃ」と鳴いた時に、魔力が目に見える形で文字に変わった。
『ハナちゃん!!』
とそこには書かれている。
デルハンナは、シロノワが自分のことをハナちゃんと呼んでいるんだなぁと不思議な気持ちになる。
「シロちゃん、文字を表せるのね。凄いわ」
『でしょ! ハナちゃん、一緒にお喋りする!』
「そうね、お喋りしましょう。シロちゃん。でも女神様の言葉は伝えないと駄目なんじゃないかな?」
『それはあとで! ハナちゃんとお喋りするの』
そんな文字を浮かべると、シロノワはベッレードをじっとみる。
その目はデルハンナとのお喋りを邪魔しないでほしいと言っているようである。
その態度にベッレードは小さく笑って、「もちろんです」と答えた。
聖女であるシロノワの望みを妨げる気はないらしかった。