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聖女の飼い主だと噂されていることは、デルハンナにとって居心地が良いものではない。
正直自分がこの大神殿にいるのは、聖女であるシロノワのおまけのようなものだとデルハンナは思っている。シロノワが居なければ、こうやって大神殿でのびのびと過ごすこともなかったので、その思考は当然と言えば当然である。
また、今まで伯爵家の庶子として恵まれた生活をしていたわけでもないので、その過去も相まって、彼女は自分にそこまでの価値はないと思っている。
もちろん、デルハンナのことが大好きなシロノワからしてみればそんなことはないと言われそうなものであるが。
それでも幾ら、聖女の飼い主などと言われてもデルハンナは自分は昔と変わらないと思っている。偉いのはあくまでシロノワであり、自分はただの伯爵家の庶子で、特に何の特技も持ち合わせていないと、そう自覚している。
だからこそデルハンナは周りから少しもてはやされても、周りへの態度が変わることはなかった。
デルハンナが聖女の飼い主だと言われても、態度が変わらないことに周りはほっとしている。何故なら幾ら聖女であるシロノワが望んだとはいえ、デルハンナの行動が目に余るようになればデルハンナをこの場から排除しなければならない事態になってしまうから。
シロノワの忠実なる僕のような神官たちは、シロノワの望まないことはしたくなかった。なので、デルハンナが全く変わらないことは彼らにとっても良い事である。
(それにしても聖女の飼い主だなんて、何だかそんな呼び方いいのかしら? シロちゃんは私が飼い主呼ばわりされていることを喜んでいるみたいだけど……)
デルハンナは聖女の飼い主がただの令嬢でいいのか。そもそも猫であるとはいえ、聖女に飼い主がいていいのかなどとそんなことを思ってしまう。
ただ当の本人であるシロノワはデルハンナが飼い主認定されていることを嬉しそうにしているので、誰も何も言えないだけなのかもしれないが。
「シロちゃんは、私が飼い主呼ばわりでいいの?」
「にゃ!」
「何だか寧ろ嬉しそうね?」
「にゃにゃ!!」
シロノワにも一応確認をしたデルハンナだが、シロノワはとても嬉しそうに鳴くだけである。他の者が試しにデルハンナ以外を飼い主と呼んだら唸っていたので、飼い主認定が許されているのはデルハンナだけらしい。
デルハンナは最近、飼い主さんと呼ばれることが多い。自分の名前はデルハンナなのだけど……と思わなくもないが、シロノワのおかげで周りから悪く思われていないのはデルハンナにとっても居心地が良いことであった。
「シロちゃんは、聖女様としての仕事、凄く頑張っているんだよね」
デルハンナは常にシロノワの隣にいるわけではないが、自分が傍に居ない時のシロノワの働きも周りから聞いている。
シロノワは驚く事に、聖女としての力はとてつもなく使いこなしているのだという。
今までの聖女だと、聖女と認められてから聖女の力を行使することになるので、中々使いこなせなかったりしたらしい。シロノワはまるで前々から聖女としての力を使うようになることを知っていたかのように――何だか使いこなしているらしい。
シロノワは昔から頭の良い猫だった。不思議なところのある猫だった。
デルハンナはシロノワのことを見ながら、もしかしたらシロノワはもっと色々隠していることがあるのかもしれないなどと思う。
(でもシロちゃんが何を隠していたとしてもシロちゃんはシロちゃんだから、関係ないけれど)
幾らシロノワが不思議でも、何か隠していることがあるとしても――デルハンナにとってシロノワはシロノワである。シロノワがこれから聖女として何を成すのか、デルハンナには想像も出来ない。
聖女というのは、偉大な存在で、沢山の功績を残している。
歴代の聖女の中で、功績の少ない聖女もいるが、それでも歴史に名を連ねている。
シロノワは特に白猫聖女という、他にない聖女なので、神殿の記録に沢山名を残すことだろう。シロノワについての記述も多くなるだろう。
(シロちゃんが、困った時は私も助けよう。何の力になれるか分からないけれど)
聖女であるシロノワの助けにデルハンナはなれるか分からない。でもシロノワが困っていたら絶対に助けようとデルハンナは決意するのであった。
さて、そんな決意をしているデルハンナはシロノワに女神との対話の場に同席することを望まれた。
「え、いやいや、シロちゃん! 女神様との対話って、聖女様にとってとても大事な場所だよね? 私なんかがいていいわけないでしょ!」
「にゃにゃ!!」
デルハンナの言葉に、シロノワはまるで「一緒に行くの」と駄々をこねるように鳴いた。
聖女というのは、女神と対話が出来る存在だと言われている。そしてその女神との対話は、大神殿の特別な部屋で行われる。
――その神聖な場に、自分がいていいはずがないとデルハンナは思っていたのだが……、結局のところシロノワに押し切られて、女神との対話の場にデルハンナは赴くことになった。