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「今日も良い天気だねぇ。シロちゃん」
「にゃああん」
デルハンナ・ハラワドは、ハラワド伯爵家の庶子である。
由緒正しいハラワド伯爵家に於いて、捨て置かれている存在だ。栗色の髪と、瞳。そして少し愛嬌はあるものの、平凡な顔立ち。特にこれといって特技もない。
正妻の子供が複数人いるのもあり、デルハンナは一応ハラワド伯爵の娘として屋敷にいるものの、扱いは使用人のようなものである。正妻やその子供たちにそれなりに酷い扱いをされ、父親である伯爵にはそこまで関心も持たれていない。
使用人たちに交じって掃除をしたりしながらも、寂れた部屋で暮らすデルハンナのすぐ隣には真っ白な毛並みの猫がいる。この猫、ハラワド爵家で飼われているというわけではない。ただよく屋敷に忍び込んでいる猫だ。そしてデルハンナにとても懐いているその猫は、デルハンナや使用人たちにシロノワと呼ばれていた。
屋敷に居るのも週の半分ほど、なので半分飼われているという中途半端な状況と言えるだろう。
デルハンナは窓の外を見て、天気が良いことに嬉しそうに笑っている。
彼女の世界はとても狭い。社交界の場にも庶子の娘ということで、出させてももらっていない。大体がこのハラワド伯爵家の屋敷で完結している世界だ。
外にほとんど出た事もないが、ほんわかした性格のデルハンナは楽しそうに日常を謳歌している。前向きで、いつもにこにこ笑っているデルハンナは使用人たちからも好かれている。
「今日はお嬢様たちがお出かけになっているから、ちょっとお散歩行こうか。ね、シロちゃん」
「にゃぁあん」
母親の違う姉や兄のことを、お嬢様、お坊ちゃまと呼んでいる。そのことからもデルハンナの立場が分かることだろう。
デルハンナはにこにこと笑いながら、シロノワの頭を撫でる。シロノワの首には、デルハンナの巻いたピンク色のスカーフがある。シロノワはデルハンナの前だと人懐っこく見えるが、他の人相手だとそうもいかない。
気まぐれな猫なのか、ハラワド伯爵家の使用人たちにも触らせないことも多い。
ただデルハンナのことはお気に入りなのか、撫でられても嬉しそうである。
デルハンナにとってもこの小さなお友達はとても大好きな存在である。
デルハンナの日々は、そうして過ぎていく。
そしてそれは変わらないと、デルハンナは思っていた。
しかしである。
人生というものは、予想外の方向へと転がっていくことがあるものである。
その日は晴天だった。
太陽の光が空を照らし、心地よい風が吹いている。
デルハンナは天気が良い日が好きである。草花や太陽の匂いを嗅ぐのも好きで、天気が良いと気分がよくなる。
そう言う日に洗濯物を干しながら、デルハンナはよく鼻歌を歌っている。
それは今は亡き実の母親が歌っていた歌である。小さく口ずさむデルハンナはご機嫌であった。
「にゃあ」
シロノワもご機嫌な様子のデルハンナを見て嬉しそうである。
そうやって過ごしている中で、ハラワド伯爵邸が騒がしくなった。
どんな相手が屋敷に来訪しようとも、デルハンナにとっては関係がない話である。庶子の娘であるデルハンナはお客様の相手はしないのだから。
「シロちゃん、騒がしいねぇ」
「にゃあ」
「あら、シロちゃん、そっちにいっちゃだめだよ。お嬢様とお坊ちゃまに怒られてしまうわ」
シロノワが珍しく普段行かないエリアに行こうとしているので、デルハンナは思わず止めた。
デルハンナの腹違いの兄姉は気に食わない動物をいたぶるぐらいは簡単にする。デルハンナも時々粗相をしてしまい、叩かれてしまいそうになることもあるぐらいだ。ただ幼いころは手を上げられることも多かったが、今はなぜかそういうのも少なくなっている。
「ほら、シロちゃん」
デルハンナはシロノワのことを抱きかかえる。シロノワは何故だかお客様のきている方に行こうとしているが、デルハンナの腕の中で暴れることはない。デルハンナを自分の爪で傷つけないようにとそういう気遣いをしているようである。
シロノワはとても頭の良い猫だった。
そしてそうやってデルハンナがシロノワと戯れている時、急に人の気配がした。デルハンナの腹違いの兄姉や神官たちの姿が見える。こちらを睨んでいる姉を見て、デルハンナは青ざめる。
(神官様……? どうして神官様が此処にいるのかしら?)
そう疑問に思った時に、シロノワがデルハンナの腕の中から飛び降りた。
「あ」
シロノワを止める暇もなかった。そしてシロノワはあろうことか、神官たちの前で「にゃ」と鳴いている。
「何をしているの、無礼な――」
姉が声を上げるのを見て、デルハンナはシロノワを守るためにシロノワの前に飛び出そうとする。
でもそれよりも神官たちが動くのが早かった。
「お目にかかれて光栄です。お迎えにあがりました。――聖女様」
神官のうちの一人がシロノワの前にひざまずいて、そんな言葉を口にしたのだ。
デルハンナも、兄姉たちも目を見開く中――、シロノワだけが「にゃっ」と返事をするかのように鳴いていた。
急に書きたくなって書き出してます。