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3-1.王太子殿下の召喚命令(1)

 社交期間を締めくくる王宮主催の夜会も終えて、各々(おのおの)の領地へと戻る貴族達の馬車が街道に目立つ日々も落ち着き、色づく木々の彩りや狩猟を楽しむ季節を迎えた、ある日。

 それは起きた――。


「は、がぁっ……ぐぅっ!?」

「陛下?」

「ぐっ、ぁああ……ああぁぁ………っ」

「陛下!? 誰かっ!」  

「っぁ、あああぁぁぁっ」

「陛下! 陛下ぁぁーーっ!!」

「ぅぐ、ぅぅぅぅ……」


 突如、砲弾を撃ち込まれた如き衝撃が、オトマルク王国の王の御身を襲ったのである。


 *****


 オトマルク王国、王都リントン。

 栄える街を高台から見下ろす、両翼を広げる王城の、右翼棟の一室。

 背にした国章である王冠を戴く双頭の鷲を織り出すタペストリーを掲げる柱。

 執務机の席に座る人物と側に控える者達の姿は、窓から射す陽の逆光に濃い灰色に沈んでいる。


「我が弟、第二王子フリードリヒ。その婚約者、エスター=テッヘン伯爵家のマーリカ嬢」


 執務机に両肘を立てて、組み合わせている手に眼光鋭い青い目を伏せる様を(かげ)らせた人の、(おごそ)かな声。

 武官組織を管轄する長らしく、短めに整え後ろに撫でつけている美しい金髪が時折淡い光を散らしている。

 たてがみを風になびかせた雄々しい獅子を彷彿とさせる、若い頃の国王ゲオルクにそっくりであるらしい王太子―ヴィルヘルム・アグネス・フォン・オトマルクからの召喚命令(よびだし)だった。

 

「二人を呼び立てたのはほかでもない」


 ふーっと、ヴィルヘルムが低く息をつくのを眺めながら、マーリカは黒い瞳の目を(しばた)かせた。

 彼は、第二王子フリードリヒの十歳年上の兄。

 常に己を律し、臣民を思い、国家安寧のための努力を惜しまない。大変に勤勉真面目かつ優秀な王太子である。

 そんな人からの突然の召喚命令。

 その上、マーリカは王家に仕えし臣下の上級官吏としてではなく、フリードリヒの婚約者、第二王子妃候補としてこの場にフリードリヒと共に呼び出されている。

 仕事途中であったため、黒髪をまとめ上げた文官の男装姿ではあるけれど。


(一体、何事……?)


 ちらりとマーリカは、彼女の左隣に立つフリードリヒの横顔をそっと見た。

 ヴィルヘルムと同じ髪と目の色で、彼よりずっと優しげな王妃似の容貌を持つフリードリヒは、平然と穏やかな表情でいる。

 日頃から考えがあるのかないのか、よくわからないのがフリードリヒである。

 これからヴィルヘルムが告げることについて、すでに知らされているのか、もしくはすでに掴んでいるのか、はたまたなにも知らないのか、マーリカに読みとる術はない。


「実は、父上……国王陛下が腰を痛めた」

「えっ」

「それはまた、王宮夜会後でよかったねえ」


 王子二人の間で、思わずマーリカは声を上げてしまった。

 それにしても、陰鬱(いんうつ)に見えるほど真剣な面持ちでいる王太子と、暢気そうに微笑んでいる第二王子。

 二人の様子の差が大きい……。


「陛下のご容態は?」

「いまは背骨から腰骨にかけて痛みと軋みがひどく、座ることもままならない。侍医の話では痛みは薬でいくらか抑えられ、じき回復もすると。だがしばらく無理は禁物らしい」

「大事に至らずなによりです」


 ひとまずそのようにマーリカは答えたものの、座ることもままらないとなれば、当面ヴィルヘルムが王の後継者として国王代理を務めることになるだろうと考える。

 ヴィルヘルムが管轄する武官組織は、国防や治安維持、大嵐など災害に見舞われた地域支援や要人警護などを担っている。次期後継者としての公務もありその責務は重い。

 そう長期間ではなさそうとはいえ、国王代理と兼任だなんて大丈夫なのだろうか。


「兄上が珍しく私を呼び立てて、何事かと思えば……」


 心配するマーリカとは対照的に至極無関心そうな調子のフリードリヒの言葉を聞いて、思わず彼女は彼をたしなめる。


「フリードリヒ殿下」

「マーリカだって、正直、なんだって思ったでしょ」

「思っていません」

「えー、嘘はいけないよマーリカ」

「ですから、思っていません。それに腰を痛められたのはこの国を統べる、お二人の父君たる国王陛下ですよ。王太子殿下直々の呼び出しも受けて、心配が先に立ちます」

「ふうん、そういうものかねえ」


 武官組織を統轄しながら、国王代理を務めるなんて常人には無理だ。


(それがわからないフリードリヒ殿下ではないだろうに……こういうところが微妙に一般的な感性とずれているというか、現場の官吏達から“無能殿下”なんて呼ばれてしまう要因の一つなのだけれど)


 文官組織を統轄しているフリードリヒには、第三王子のアルブレヒトが補佐について権限も持っているが、武官組織にはヴィルヘルムしかいない。

 いずれ国王となる彼に代わり将来武官組織を引き継げるよう、本来なら先にヴィルヘルムの方へ下の王子を補佐に付けるのだろうが、アルブレヒトは政務能力が高くて虚弱体質なこともあって文官組織に向いている。

 そのため第四王子のヨハンが補佐に付く予定だが、まだ十八歳の未成年で王立学園に在学中の学生の身である。

 この秋の終わりに卒業し、王都に戻ってくるから間に合わない。


「でもねえ、マーリカ。王とて不死でも無敵でもない。いずれ誰か取って代わるものだよ」

「殿下」

「父上の場合、それは兄上だ。武官組織も兄上が抜けたところで誰かが動かす。私とて替えはきく……むしろ交代してほしい」

「陛下が大事に至っていないからとはいえ、不謹慎です」


 マーリカは王太子の前であることも忘れて、額を手で押さえた。

 善悪の境だとか喜怒哀楽の感覚が一般的なものと少々ずれているにしても、フリードリヒは他者の様子を見て推しはかれない人でもない。


(ご機嫌が悪い……お茶の時間にしようと言い出して、王太子殿下の召喚命令(よびだし)に邪魔されたからとは思いたくはないけれど)


 もちろん臣下の手は借りるだろうが、任せきるには期間が中途半端でもある。

 日頃から、自分でなければ絶対に駄目なこと以外は可能な限り人に任せると言って、本当にすべて人に丸投げしているフリードリヒのようなことができる性格の人でもない。

 

「マーリカ嬢、フリードリヒの言葉も間違いではない。それに父上も動けぬが指示判断はできる状態ゆえ、そう心配することでもないのだ」

「王太子殿下。恐れながら申し上げますが、ご家族だけでも人払いしてもいない場でよしとするのは少々フリードリヒ殿下に甘過ぎます」


 王子が、「王など誰かが取って代わるもの」だとか、王族が管轄している組織を「誰かしら動かす」などと公の場で口にしては、王家の威信に関わる。


「お立場上、言っていいこととよくないことがあるかと」

「う、うむ」


 ヴィルヘルムの戸惑うような声に気がついて、しまったとマーリカは胸の内で思った。

 王太子に説教し同意させたような構図になっている。

 ヴィルヘルムの周囲に控える、彼の側近達へとマーリカが視線を移せば、若干引きつった微妙な面持ちになっているのが見えた。


(弱小伯爵家の小娘が、第二王子の婚約者だからと思い上がって……と思われたかも)


 もしくは、王家に仕えし臣下の上級官吏が持つ権限の濫用だとか。

 とにかく、よくは思われないだろう。

 ついフリードリヒに対するようにしてしまったと、マーリカは内心大いに反省する。

 だが、ヴィルヘルムの側近達は、まるで女性騎士のような立ち姿で冷静に王子二人を諭す彼女に対し、まったく異なる感想を抱いていた。


 ――第二王子の暴走を唯一止めて、仕事をさせることができる、“文官組織の女神”。

 ――王家への忠義に厚く、圧力にも弾丸にも屈しない、黒髪黒目の麗しき“オトマルクの黒い宝石”。


 第二王子付筆頭秘書官への抜擢から、フリードリヒの婚約者となり、さらにはこの春先に王立学園で起きた第二王子襲撃未遂事件を経て。

 いまや文官組織のみならず武官組織にまで広がった、マーリカの評判を正しく認識していないのは彼女自身だけである。


「まあでも、父上が大事に至らずよかったよ」

「ですがやはり心配です、腰は後々にも響くと聞きますから。なにかの拍子にギックリいく癖がつくとか」

「え、そうなの? それは気の毒だねえ……父上は後日見舞うとして、帰ろうかマーリカ」

「お見舞いはそうですね。しかしながら、王太子殿下のお話はまだこれからかと」

「そう?」

「……どう考えても、そのようにお見受けいたしますが?」

「マーリカ嬢の言う通りだ、フリードリヒ」


 ヴィルヘルムにソファで落ち着いて話そうと促され、マーリカとフリードリヒはすすめられた長椅子に今度は並んで座った。

 私的な場や社交の場以外では、常にフリードリヒ付の文官として控えているマーリカとしては、武官組織内の王太子執務室などといった場所で二人並んで座るのは少々落ち着かない。

 丁度時分だからとヴィルヘルムの指示により、お茶やそれに合わせた菓子軽食まで出されてはなおさらである。

 しかしいまは、フリードリヒに仕える文官組織専属王族公務補佐官ではなく、婚約者の立場でここにいるのだから仕方ない。


「丁度よかった。マーリカは昼食を取っていなかったからね」

「なに、補給なしで働かせていたのか?」

「ああ、いえ……会議が長引いてしまい。その後、別件のお約束もあり昼食を取る間がなかったのです」

「私の執務室に戻ったところで、兄上からの至急の召喚命令(よびだし)だったのですよ」

「殿下っ」


 フリードリヒの言葉のために「それは申し訳ない、口に合うかわからぬが遠慮なく食べてくれ」と、ヴィルヘルムから言われてしまい、マーリカは内心ますます恐縮してしまうが過ぎた遠慮も失礼になる。


「お気遣い恐れ入ります、頂戴いたします」

「ふむ。マーリカ嬢とは家族の昼餐会で何度かくらいだが、いつもまるで指揮官訓練を受ける上級武官のようにきっちりしているな」

「はあ」


 これは一応、ほめ言葉として受け取っていいのだろうか。

 顎を撫でながら感心するようにうなずいているので、ヴィルヘルムに他意はなさそうである。

 いつも飄々(ひょうひょう)と掴みどころのないフリードリヒも扱いに困る人ではあるが、この勤勉真面目が過ぎるヴィルヘルムも、それはそれで少々人を困惑させるところのある人である。

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