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2-14.後始末をしても仕事だけが増えていく(3)

「公国は時の君主の意向で宮廷が形成される。使用する言葉までも――と、聞くけれど。いまは(・・・)どの言葉で話すのがいいかな。“大公国語”? “帝国語”? あるいは……」


 このオトマルク王国の第二王子は、同じ言葉を前の非公式会談でも発した。

 屈託のない様子で穏やかに微笑む金髪碧眼の美貌の王子。 

 この男の振る舞いは、相手の心を映す鏡のようなものだなとクラウスは思う。

 後ろ暗いところがあればどこまでも見透かされるような恐ろしさを覚え、そうでなければただの無邪気な冗談に聞こえる。

 多少意地の悪い冗談ではあるなと、クラウスは胸の内でひとりごちる。

 歴史的に周囲の大国の勢力その他から常に干渉を受け、強者の手駒と成り下がり、庇護を受ける相手を取り替えてきたのがメルメーレ公国の歴史であり、諸侯として君主として一地域を束ねてきたシュタウフェン家の歴史である。

 フリードリヒの言葉は、「いまはどの大国と手を取り合っている?」と同盟国への疑いや牽制にも聞こえる。

 現君主の時は、豪快に笑い飛ばしつつもマーリカの乗った馬車が襲撃された件で、王国との無用な争いにならぬよう細心の注意と敬意と遺憾の意を示していた。

 さて我らが次期君主殿はどうかとクラウスは、フリードリヒと向かい合う第二公子を見た。

 フリードリヒと同世代で、彼と同じようにいつも穏やかな微笑みを浮かべている。

 だがクラウスにはどうにも胡散臭く思える。


「もちろん我らがアレマーネ地域の。かつての帝国から離脱し同じ言葉使う同胞ですから」

「ふうん。まあ貴国とは私の大祖母の頃からの付き合いだしね」

「そうですとも。それはそうとフリードリヒ殿下の語学堪能さは、本当にうらやましい」


 何故、こんな非公式会談の場に、一介の書記官でしかない自分がいるのだとクラウスは苦々しく思う。

 そもそも、第二公子派でもなく中立の立場に徹しているというのに。フリードリヒと関わったばかりに。

 前の非公式会談を取り継いだ際に目を付けられたとしか思えない。


(直情型で憂国の徒である第一公子の方が、まだ好感が持てるのだがな)


 公国内で“穏健派”として一部の官吏の熱狂的な支持を集めているのは第二公子であり、現君主の後継者として定められたのも彼である。

 マーリカの襲撃を仕組んだ者が第一公子派閥の“強硬派”の貴族であったのが決め手となった。

 王国主導の鉄道事業は公国に大きな利益をもたらすため、その利権も巡る条約に深く関わる王国貴族令嬢を危害を加えた派閥を持つ第一公子を選ぶわけにはいかなかったのである。


「この度は王国に多大なるご迷惑をおかけしました。以前のことがあったというのに慚愧の念に絶えません」

「たしかに今回は色々と大変だったねえ。危うく私も王子でなくなるところだった」


 フリードリヒの言葉に第二公子は顔を歪めた。本当に申し訳なくも合わせる顔もないといった表情である。

 “強硬派”の第一公子は離宮で軟禁の身の上だ。

 ここ数年たびたび摩擦を起こしてもいて厳し目の謹慎処分といったところだったが、今回の王立学園の事件においては謹慎なんてものではきっと済まない。宮廷内では廃嫡の噂も静かに広まりつつある。


(“強硬派”なんて言うが、自衛力を高め経済的な中継点を狙う路線は、オトマルクの産業を掠め取るような考えにも見える第二公子より悪くないのだが。如才無い第二公子と違って、不器用で誤解されやすい)


 いつまでも周囲の強者の干渉を受け続けてきた歴史をいまこそ断ち切りたいと常々主張する、第一公子の言葉がどうにも誤解を生んだり、湾曲して伝わったりしてそうなってしまった。

 末端の文官でしかない、クラウスにはどうにもしようのないことではある。


「滅多なことを仰られては。大陸の多くの国々と対等かつ友好的な交流を持つ王国は、貴方がこの数年で揺るぎないものにしてきたといっても過言ではない。もし貴方に万一のことがあればそれこそ……」

「それこそ?」

「さまざまな者や国が義憤に駆られ、そこへ思惑を持って便乗しようとする輩も出てくるでしょう。大陸は割れるに違いありません」

「すごいね、それは! 私に万一あれば多くの国が争う!」


 手を打って声を上げ、フリードリヒは愉快そうに笑った。

 大笑いと言っていい。

 第二公子は眉を顰め、掴みどころの無い彼の言動にはそれなりに慣れたつもりでいたクラウスも、思わず口を引き結んで渋い顔をしそうになる。


「それほどに衝撃を受ける方は多いということです」 

「……それはまた、おっかない」


 人を困惑させる振る舞いをしたかと思えば、急に冷淡な調子で静かに呟く。

 宮廷の応接間はフリードリヒの言葉でしんっと奇妙な静寂に包まれた。

 その静寂を破る、わざとらしく取り繕うような咳払いをする第二公子に頓着せず、フリードリヒは掛けているソファの背もたれに頭を預けるように首をのけ反らせて背後に控えている護衛騎士に話しかけた。


「アンハルト、私になにかあったら大変だって。君、責任重大だねえ」


 赤髪の護衛騎士にからかうように言って、フリードリヒは姿勢を直すと第二公子に向かってにっこりと笑んだ。

 フリードリヒの護衛は大抵この赤髪の近衛騎士である。

 近衛騎士班長らしいが、もっと上の指揮官でもいいような男だとクラウスは思う。

 何故なら、彼の機転によって王国は国際上の体面を守ったのだから。


(おそらくは、この第二王子に気に入られて他の立場へ移ることが叶わないのだろうな)


 気の毒なことだとクラウスはアンハルトに同情の眼差しを向けた。

 さて、とフリードリヒが立ちあがる。

 彼が立ち上がったのを不審に思ったのはクラウスだけではないだろう。

 今後の王国の対応や要求を話をするためと考えて、クラウスはこの非公式会談を取り次いだ。

 第二公子もそのつもりで対応しているはずだ。

 だがなんの具体的な話もないまま、ちょっと雑談したくらいで帰るそぶりを見せるとは。


「なにかお気に障りましたか?」

「いいや。どうして?」

「いえ、その……」

「あっ、もしかして私が公国に無茶な要求や謝罪しろーって言いに来たと思ってる? しないよそんなこと。こちらもあまり事を大きくしたくないしね。それに悪いことばかりでもない」

「はあ」


 この王国の王子の頓狂さには、如才無い第二公子もついていけないらしい。

 それほど接点があるわけではないが、ぼかんと呆けたような第二公子の顔をクラウスは初めて見た。


「そういえば、私は現当主(・・・)としか親しくしていないけれど。君、“穏健派”なのだろう?」

「ええ、どういうわけかそう言われております」

「だったら、人を引き合いにそんな物騒な未来を語るのはよくない!」

「……っ」

「そもそも、私、正当防衛とはいえ貴国の貴族に酷いことしたからねえ。貴国の要請がなければ立場が危なかったかもって言ったのが、どうして私が殺されでもしたらって話になったのだっけ?」


 うーんと、腕組みして目を細めて考えるように唸って、まあいいかとフリードリヒは人好きする笑みを第二公子へ向けると、いつか正式に王国に来るといいと言った。


「第二公子殿が来られるものならね」

「それは。どういう意味でしょう?」

「だって忙しいでしょう、後始末で色々と。同じく公務漬けの第二王子の身の上だからね同情するよ。隠居も同然な第一公子殿が羨ましいよね」


 公務漬けではあろうが、その大半を人に任せていなかったかこの王子はと、クラウスは王国の王城にいるだろう再従妹(はとこ)を思った。

 そんなクラウスの心中など余所に、ごく一般的な別れの挨拶をしてフリードリヒは彼の護衛騎士を連れて退室した。

 あの男の振る舞いは相手の心を映す鏡のようなものだなと、第二公子の前を辞してクラウスは思う。

 後ろ暗いところがあればどこまでも見透かされるような恐ろしさを覚え、そうでなければただの無邪気な冗談に聞こえる。

 クラウスが廊下の角を曲がろうとした時、第二公子のみが残った部屋でガシャンとグラスの割れる音が聞こえた。


*****


「近頃さあ、ヨハンから頻繁に手紙が届くのだけどね」

「殿下、十日の不在のうちに色々と書類も溜まっているのですが?」

「手紙の内容がさあ。マーリカはどうしている、額の傷は消えているのか、もし残ってもあれは誇り高き名誉の負傷であるから気にすることはないだとか、兄上は将来の義姉上を困らせてはいけないとか……君、ヨハンとそんなに親しかったけ?」


 どうやらヨハンはマーリカが彼を庇って頭を殴られた時の傷が気にかかっているらしい。

 出血は派手であったが、幸い傷は浅く跡も残らない。手紙に書いて送ってあげようとマーリカは思いながら、本日二十七案件、とフリードリヒをじっと見詰めた。


「ヨハン殿下でしたら、文通ならしておりますけれど」

「えっ、なにそれ、私は聞いてない! 私もマーリカと文通したい!」

「でしたらこちらを。わたしの注釈メモを付けております。急ぎの順で積んでいますので上から順に目を通してください」


 それは私の知っている文通とは違う、とぶつぶつぼやきながら書類を取り上げたフリードリヒにやれやれとマーリカは肩をすくめた。


「あ、そういえば。マーリカがメクレンブルク公の説教部屋に行っていた間にね」


 フリードリヒの言葉を聞いて、マーリカの顔から表情が消えた。

 普段から、表面それほど表情豊かとは言えない彼女であるけれど。


「説教部屋なんて言い得て妙なこと言わないでください……本当に心折られそうになるのですから」

「君、宰相になに言われているの」

「色々です、主に殿下で、概ね殿下のことです。わたしが宰相閣下のところへ行っている間になんですか?」

「あ、うん。法務大臣がきてね、マーリカ発案の、“女性官吏の養成制度”の導入決まったって」

「えっ」


 絶対に三年はかかると思っていたのに、一年経たずして導入が決まるとは思わなかった。

 女性の登用が多い事務官から下級官吏への昇格、女子教育は男性のそれとは一般的には異なるため、上級・中級官吏の登用に向けた見習官吏を設ける制度をまとめた書類をマーリカは昨年の夏に提出していた。 

 あれこれと悩み考えたものが実際に採用されるとなるとうれしい。


「それでね、発案者がマーリカで、いまの所女性の上級官吏ってマーリカだけだから」


 発案したものが導入されるのはうれしいが、それを実現していくとなるとまた別である。

 フリードリヒのその言葉は嫌な予感しかしない。


「やっぱり一番思い入れがある人にやってもらうのがよいいだろうと、責任者はマーリカということになったらしい。ついでに私の秘書や補佐って万年人材不足じゃない。だから」

「だから?」

「見習官吏を受けいれることになった。というわけて、新人教育は任せる」

「は?」


 マーリカは首を傾げた。

 なにを言っているのだろう、この金髪碧眼の腹立つほどの顔の良さな第二王子は。

 公務補佐官の仕事、大臣達との無駄に長い会議、第二王子妃候補としての社交もぽつぽつ始めていて、王子妃教育も終わったわけではない。結婚支度のあれやこれもある。


「殿下……いまの業務に新人教育も任せると?」

「君、人員を欲しがっていたし」


 欲していたのは即戦力の人員である。

 一から根気よく教え育てていくことも大事なことは重々承知しているが、あいにくその余裕はいまここにはない。

 なんでも今年の王立学園の卒業生が既に見習官吏として二人内定しているらしい。

 本当にこの人は……このっ……マーリカは握った手をふるふると震わせる。


「ん、マーリカどうし……」

「この無能殿下っ! 人の仕事量をちょっとは考えろっ!」


 第二王子執務室にマーリカの声が響いた。



――<完>――

2部完です。ここまでお読みいただきありがとうございます!


また、お知らせです。おかげさまで本作2巻が進行中です。

アリアンローズ様(株式会社フロンティアワークス様)より来春発売予定です。

詳しいことが決まり次第、活動報告にてお知らせいたします。

引き続き応援いただけたらうれしいです! よろしくお願いいたしますー!

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お知らせです! 2巻・2024年3月12日に発売しました!
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どうぞよろしくお願いいたします〜!

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1巻発売中です!よろしくお願します!

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