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挿話6.第三王子は胃が痛い

 オトマルク王国、王都リントン。

 年明けて三週間が過ぎた王城の“祝宴の間”は、ただいま国賓を迎え非公式な午餐会の最中。

 正式な晩餐会はすでに終え、二日置いた後の和やかな場であった。


オトマルク(うち)としては、特例対応だけど)


 第三王子のアルブレヒトは、目の前に用意されている素晴らしいワインの銘柄を目にしつつ胸の内で呟く。

 流石に五大強国の一つ、アルヴァール連合王国の王太子殿下妃殿下夫妻ときては、親しみを込めてこういった場も設けないこともない。

 オトマルク王国は、どの国にも等しい饗応を大原則としている。

 等しい饗応の理由は、四方を大小の国に囲まれているため敵をあまり作りたくない、あちらを立てればこちらは立たずといったことは極力減らしたいだとか。

 元は四大強国の内一国から分離した地域を統合した建国経緯を持ち、しれっと五大強国に加えられた新興国であるためだとか。

 だからこそ、付き合う国の大小強弱に振り回されることはないといった矜持の表明であるだとか。

 色々な事情も込みのおもてなし原則ではあるけれど、差をつけないといった姿勢は悪くないとアルブレヒトは思う。

 特にいまの第二王子が王族の外交執務の大半を担うようになってからは、“饗応の美味は徹底すべし”といった方針となっている。

 というわけで、非公式の気楽な場であっても供される美味は最上のもの。


(なんとなく、美味しいもの好きの兄上がそれっぽいこと言っただけな気もするのだけどね)


 深謀遠慮を要求される文官組織を長として管轄する人ではあるものの、高度な政治的判断で指示を下す人ではない。

 考えがあるようなないような……よくわからないのが、第二王子フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルクという人物である。

 すぐ下の弟として、アルブレヒトはそのことをよく知っていた。

 知らされているメニューは、温かな白身魚とふかし芋の香草和えの前菜、仔羊の柔らかな肉を使ったパイ包み、野菜と三種のソースの付け合わせ、チーズと巣蜜のミルフィーユ、キャラメル風味の冷たいクリームである。

 前菜は、相手国の大衆に親しまれている食べ物と食材は同じ。

 王子であるのに下町の美味を探求し、王都情報誌に“美食王子”なる名で連載枠まで持っている。

 同じ王族の弟として、もうどこから突っ込んでいいのかよくわからない趣味を持つ兄フリードリヒの注文らしいが、先方からすれば、大衆にまで心を向けるこちらの関心の強さと親愛を込めた趣向と受け取ることだろう。

 たかが会食、されど会食。

 昨年、さる小国と思いがけない条約締結へと結びついたことを例に取り上げるまでもなく、この手の食事会は公式非公式を問わず、多分に政治的なものも含まれるのである。

 アルブレヒトは、彼と同じ金髪碧眼で美の女神に愛されたが如き完璧な容貌をしている、隣席のフリードリヒを横目に見る。

 子供の頃、こっそり使用人に大衆向けの食べ物を買ってもらって食べたことがあるのだと話す、先方の王太子妃殿下と談笑している。なんだか盛り上がっている。

 ちなみに使用言語は、アルヴァール連合王国の言葉である。


(王族なら他国の言葉を二つや三つ操って当然と勉強させられるけどさ。普段あれだけ怠惰で大陸主要五言語、不自由ないって、本当なに?)


 この兄は、自分の興味のあること、絶対必要とされること以外はまるでやる気がない。

 子供の頃から王子教育をさぼりにさぼって、アルブレヒト以下の弟妹達の当たり前の学習態度に教師が涙したといった逸話があるくらいである。

 幼い頃は神童と称されるほどの能力を見せるも、その怠惰さと、常人の常識に囚われない資質により、せっかくの能力がほとんどいかされない、むしろいかしてきたら危険な残念王子と周囲を大いに落胆もしくは畏怖させてきた。

 最終的に“無能殿下”などと揶揄されているけれど、いまだにちょっと元神童の片鱗を見せればこの通りである。


(神様って、不公平だ……)


 怠惰が王族の形をしているようなフリードリヒと違い、運動が苦手な分、勉学は結構頑張って取り組んできたアルブレヒトであるが、兄と兄の婚約者ほど自由に操れる言語は多くない。というかそれが普通だ。


「このように美味しいものではありませんでしたけれど、あれはあれで楽しい思い出で……懐かしいわ」

「そうですか」

「流石は、“オトマルクの腹黒王子”だな」


(うーん、これは。兄上がすべて承知の上で、この歓待の場を調えたみたいになっている? そんなわけないから。本当、この手の思いつきの運の良さというか引きの強さは呆れる)


 ちなみにアルヴァール連合王国の王太子殿下から、フリードリヒは一方的に友人扱いされている。

 公務についた年に偶然に偶然が重なり、敵対状態を解消したのが彼との会談であるらしい。


「いやいや。貴国で親しまれている本場のものを、私も味わってみたいものだと思っているのです」

「あら」


 ――なっ……!


 内心驚いたアルブレヒトとほぼ同時に、喉を詰まらせたような小さな呻き声が聞こえて、アルブレヒトは兄フリードリヒの少し後方へと目をやった。

 そこには給仕のごとく男装姿で控える黒髪黒目の麗しき第二王子付筆頭秘書官にして、兄の婚約者がいる。

 兄の背後で表面冷静さを保つ彼女の内心を思い、アルブレヒトは心の内で合掌した。


(マーリカ……ごめん、不意打ち過ぎた!)


 アルブレヒトは心の中で平謝りに謝る。

 本場のものを味わいたいなどとと、これでは王子自ら表敬訪問したいと申し出ているようなものである。


「貴殿ならいつでも歓迎するぞ。だが、我々が再びここを訪れるのが先ではないか?」

「ん?」

「婚約したのだろう? そちらのエスター=テッヘン伯爵令嬢と。今日はご一緒できると思っていたが?」

「今月までは第二王子付筆頭秘書官が正式な立場ゆえ、どうぞご容赦を両殿下」


 壁際とまではいかないが、それでもフリードリヒの後方に控えているマーリカを見た賓客二人に、彼女はやや低く落ち着いた声音で応じる。

 流暢なアルヴァール連合王国の言葉で。

 その発音は完璧で、やや不躾な問いかけをした王太子にだけでなく、王太子妃にも気を配るマーリカを眺めながらアルブレヒトはそういえばと思う。

 大国の王太子らしくちょっぴり不遜さもあるこの客人が、先方の儀礼でもって迎えたマーリカに対し感心したと同時にご満悦な笑みを見せていたことを。


「今回、初めて会った時から思っていたが、貴殿同様、いつでも我が母、女王陛下と挨拶を交わせそうではないか」

「貴国に彼女の親類がいてね。子爵だそうだから君の覚えはないと思うけれど」

「ふむ。成程」

「お迎えいただいた際はとても綺麗な所作でしたわ。もしかしてこちらの社交の場にもいらしたことが?」


 貴族の格としきたりには厳しい国の両殿下が、お世辞でもなく自国の貴族と大差ないと誉めたも同然の言葉だ。

 それを平然と受けて、尋ねかけた王太子妃に、いいえ、とマーリカは恭しい調子で答える。


「幼い頃に一夏を湖水地方の城館で過ごしたまでです。宮殿のある街は遠い場所でした。私めには恐れ多いことです」


(まだ婚約者の身分で兄上と表敬訪問などとんでもないって、控えめに打ち消しをはかったね……マーリカ。でも両殿下も言う通り、大兄上がマーリカの王子妃教育の助けにって付けている義姉上曰く、言葉も儀礼も教養も各国宮廷水準って……)


 上級官吏の文官、王族付筆頭秘書官であるだけに他国との関係やら国内の情勢も把握していて、教師を手配した意味がないとまで聞いた。

 ならばと大臣達の嘆願もあって、早々に王子妃教育は最小限の社交に限られたものとなっている。

 要は社交の場に出ていないことを除けば、マーリカに王子妃教育などほとんど必要ない、王族水準の教育がされているとわかっただけである。


(エスター=テッヘン家が田舎の弱小伯爵家で通しているのが、怖いよ、本当)


 流石、分家も含めれば大陸の多くの国にその家系を広げる古き家の本流。

 親戚筋から「本家の姫」などと呼ばれているらしいが、それは王女と同義語なのではとアルブレヒトは思う。

 ほんの気まぐれに、報告にあがっていた彼女の親類縁者が持つ所領を地図で色分けしてみたら、飛び地の一大帝国ではないのかこれはといった規模になる。王と名乗るものがいないだけの、影の大国のようなものだ。


 *****


『え、どんな家庭教師をつけていたか、ですか?』

『ほら、マーリカって色々な国の言葉が使えるじゃない。義姉上と語学の教師が驚いてて』


(こっそり探りを入れてくれ、なんて大兄上経由で頼まれたなんて言えない)


 第三王子の執務室でマーリカの仕事の引き継ぎと、書類整理を手伝ってもらいながらの()()であった。

 フリードリヒは大いに不満そうであったが、彼がいるとなにかと中断されるため、そこは同じ王族である弟の強みで承知させた。

 それはそれとして、こういった時、五人兄弟の真ん中の三男というのは損な役回りである。

 アルブレヒトは特にマーリカと同い年だからと、近頃彼女のことを聞き出す役をさせられることが多い。

 聞けば聞くほど、彼のすぐ上の兄同様、マーリカが美貌と資質に恵まれた令嬢であることと、エスター=テッヘン家のちょっとよくわからない豪華さの養育環境が判明していくだけだったが。

 そんなに悪くない王族であるはずなのに、自分の凡人ぶりが嫌というほど思い知らされる。

 本当に、神様は不公平だといった思いが強まるばかりである一方、まあほどほどくらいが周囲を巻き込まなくていいのかもねと二十一歳にして、ある種の悟りを得つつあるアルブレヒトであった。


『ごく普通の貴族の娘と変わらないと思いますよ。行儀作法とかお裁縫とか文学とか、姉達も同様。あとはわたしが興味を持ったからと数学や天文学や歴史を教えてくれる先生も別に付きましたけど、十五歳まで』

『エスター=テッヘン伯は入婿でも想定してたのかなってくらいだね』

『ああ、やはりそう思われるものなのでしょうか。我が家は入婿を無理して取るなら親類から養子を取ると思いますから、本当に子供の興味に寛容なだけなのですけど。姉には乗馬や料理の教師が付いていましたね』


(なんていうか、本当に自由だな……そうか、分家も多いし一族の結束も固いとなれば身内に後継者いくらでもいるか)


『ふうん、あれ? 語学は?』

『ああ、それは親類が多いので親戚付き合いで覚えて……』

『いやいや、親戚付き合いって三年に一度だったよね? それで大陸主要五言語、覚えられたら苦労はないんだけど』


(教本読んで一度適当に話せば覚えるとか、ちょっと言っていることの意味がよくわからない変態の兄上はともかく) 


『親族懇親会ではなく、一族の子供達だけの交流といいますか……十二歳くらいまでの子供は年にひとつの季節をどこかの親戚の家で過ごすことになっていて。持ち回りで、数年に一度、我が家も受け入れるのですけれど』

『ん? 親戚の家って、国内? 国外?』

『どちらもですね。毎年違う家で、分家も含まれるので色々な場所に行けるのは楽しかったですね』

『ちょっと待って、十二歳まで他国も含めてあちこち遊学してたってこと?』

『まさか。ひと季節、親類の家で過ごすだけです』

『へえ……』


(オトマルクは国交断絶してる国はないけどさ。そうじゃない他の国の子供はどうやって集まっているの、それ?)


 古くから拡がってる家の、よくわからない影響力が怖い。

 これが親戚付き合いと一族相互扶助なら、締め出されるのは恐怖でしかないだろう。

 マーリカが襲撃された際に、襲撃犯の国に住む彼女の親類が面目をかけて動くはずである。


『ただ分家は本家より栄えている家が多く、季節によってはお客様の出入りも多いですから、行儀作法の勉強はさせられましたね。その国の王様の前でも恥ずかしくないようにって各家の当主夫人が先生役で、結構厳しくて逃げ出す子もいたのですがいま思えばいい機会でしたね。仕事の役に立っていますから』

『……うん。他には?』

『他ですか……そうですねえ、他は特に。年上の親類が得意なことを教えてくれたくらいでしょうか。技官の親類の工学の話なんかは面白かったですね。あとは芸術学校の教師の親類が絵とか器楽とか。そういえばリバーシも再従兄(はとこ)が強くて面白半分に鍛えられて。おかげでフリードリヒ殿下のお相手が出来てますから、本当、なにが役立つかわかりませんね』


(それ……オトマルク王家(うち)の教育よりすごくない? つまり実地で各国の宮廷作法叩き込まれてるってことだよね。あとその絵とか器楽の親類ってなに? たしかメルメーレ公国の親類に高名な画家がいなかった?)


『毎年一番がんばった子はご褒美の硝子細工がもらえて……ふふ、姉は二つ、三つなんですけど。わたしは五つ持ってて』


(そりゃ「本家の姫」って呼ばれるよ! マーリカ!)


 若い女性の身で、伯爵家の当主の代理で出仕を認められるのも当然だ。

 入婿というより、いざとなればマーリカを後継者にしてもよいくらいの考えが見える。

 エスター=テッヘン家にフリードリヒが行った際、彼はちゃっかり求婚の打診もしていたらしい。

 彼の打診に対し、エスター=テッヘン伯は「マーリカがよければ異論はない」と、とても弱小伯爵家が王家にする返答ではないことを言ったそうで、本心なのだろうなとアルブレヒトは思った。


(いざとなったら国外に出ることも外圧かけるでも出来るだろうし。むしろマーリカが自分の家のことを全然わかっていないのが謎すぎる) 


『家庭教師と侍女頭からは、あまり過ぎればお嫁入りが難しくなるって渋い顔をされましたけど』 


(まあ親族会議は嫡流の血を継ぐ跡取りのみでひっそりやってるらしいから、身内のことは案外わからないのかもね)

 

 マーリカはエスター=テッヘン家の娘で、息子がない現在において伯爵家当主が自分の代理で出仕を推薦してきた三女である。

 夏に彼女の弟か妹となる者が誕生予定で、そうでなければ本当に、当主は跡を継がせる気でいたのかもしれない。


(出仕はマーリカの希望もあるけど、エスター=テッヘン伯にとっては、「本家の姫」たりえるかの試験ってところだったのかも。王宮を試金石にしないで欲しんだけど……大人しいけど面倒な外戚すぎる。兄上大丈夫?)


 アルブレヒトとしてはあまり知りたいとも察したいとも思わないことだ。

 それに、国内にそのような害はないものの面倒な貴族がいるなんて、胃の痛い話である。


『お嫁入りの心配はなかったね』


 アルブレヒトに出来ることは、にっこり、令嬢達から“あざとかわいい”と評される笑顔で、兄を任せられるに足る女性を祝福するのみである。


 *****


 非公式の午餐会は和やかに進む。

 話の中で、どうやら、フリードリヒの公式訪問はうやむやになったようであることに、ほっとしつつ。

 アルブレヒトは運ばれてきたデザートに手をつけたのだった。

 冷たいクリームは、少しばかり彼の胃にしみた。

 

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