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17.そして仕事は増えていく

 キスする時の、軽く伏せたまつ毛に翳る瞳の色が自分を映して揺れる様が綺麗だとマーリカは思う。青く澄んだ空の色。

 やや薄い唇は、触れてもそれほど体温を感じない。

 それがなんとなく、らしいと思う。

 

「マーリカ……」


 囁く声は、うっとりとした甘さを含む誘うような美声だ。

 しかし――。


「騙されませんので。あと残り三・案・件! 本日中に決裁ください」

「えー! 君、ちょっとうっとりしてたよね? ねえ!」

「してません」

「私の部屋の、この寝台(ベッド)で!」

「してません」


 食い下がるフリードリヒに、淡々と抑揚に乏しい冷めた声音で同じ返答を繰り返し、さっ、とマーリカは彼に拾い上げている途中で邪魔された、寝台(ベッド)の上に散らばる確認署名済の書類をかき集めた。

 まだ完全に復調しているわけではないため、簡素な白いコルセット無しの薄いシルクを重ねたワンピースに、燕脂色の絹ベルベッドのガウンを羽織っているため幅広な袖が仕事するには邪魔である。

 長い髪も。一方に寄せて編み込んではいるものの、垂れ下がって視界を邪魔する。かといって結い上げると横になって休めないから不便なものだ。


(最初は令嬢だから舐められてもと思ってのことだけど、やっぱり仕事するなら男装の方がやりやすい)


 大体、令嬢の衣服というのは、見た目と所作の優雅さを優先させ過ぎている。

 装飾的なひらひらもだけれど、衣服の重さ、腕を高い位置に上げられない、美しい姿勢を固定するような縫製など、服の設計からして不便が多いのだ。


(たしか王族規程には、公式行事等のドレスコード以外に服装の制限はなかったはず……)


 王子妃になるご令嬢でこんなことを考える人は誰もいないからだろうけれど、明文化されてない以上、ドレスコードがない執務は男装で通そうと目論むマーリカだった。

 寝台(ベッド)降りて、未処理の書類に囲まれているフリードリヒにマーリカは背を向けると、窓際のチェストまでひょこっと痛めた側の足を浮かせ気味に歩く。ワンピースの長い裾を引っかけそうで少し怖い。


「婚約したのに、冷たい……」

「公私は区別する主義です」


 チェストの上に書類を置いて、順番を直し、その署名を確認する。

 フリードリヒ・アウグスタ・フォン・オトマルク。

 深謀遠慮を要求される文官組織の長。オトマルク王国の第二王子は、三日に一度の執務にもいまひとつやる気がない。

 文官達から“無能殿下”と揶揄(やゆ)される彼を、第二王子妃としてこの先一生こうして面倒を見なければならないのかと思うと、マーリカはいまから若干頭が痛いが自ら受けた役目であるから仕方ない。

 

「王族に公私なんてないよ」

「でしたら処理済みの書類を回収していたところを、殿下が邪魔しただけのことです。たとえ婚約しても破廉恥事案(セクハラ)は成立しますよ」

 

 痛めていない右足を寝台の上に引っ掛け、前屈みに終わった書類はどれか選別していたマーリカだったが、すぐ近くで彼女に叱咤されながら書類を眺めていたはずのフリードリヒに不覚にも(おとがい)を取られ、触れるだけの口付けをされた。


「でも、絶対うっとりしてた……」


 まだ言うかと思いつつ、フリードリヒがぼやくのをマーリカは無視する。

 ここは離宮のフリードリヒの寝室だ。

 マーリカにあてがわれている部屋の左隣である。

 年が明け、国王陛下の承認もされ、お披露目は復帰後だが書面上の婚約はすでに成立している。しかし、婚前の節度は守るべきだ。


「ここは私に愛を囁かれる展開では……?」


 自分がフリードリヒに望まれていると知り、自覚もした以上、こうした部屋に二人きりでいる状況はマーリカとしてはなるべく避けたい。

 とはいえ、三日に一度のフリードリヒの執務に滞りが出始めているとあってはそうも言ってはいられない。

 まだ療養期間は一週間残っているものの、ちょうど痛めた左足の痛みも取れて、危ういながらも立って動けるようにもなっている。

 復帰へのならし運転も兼ね、一ヶ月と二週間ぶりに、王宮でしていたのと同じく「おはよう」から「おやすみ」まで、執務室から私室まで、フリードリヒの執務を監督しているマーリカなのだった。


「寝言は寝てから仰ってください」

「その地を這う虫を見るかの如き蔑みの眼差し……久々だね、マーリカ」


 振り返って、フリードリヒを見据えるマーリカに対し、不可解にも喜びに打ち震えるような様子を見せる。

 何故わたしはこの人の申し出を受ける選択をしてしまったのだろう、とマーリカは胸の内でひとりごちた。

 しかし、そう思ってももう遅い。 


「我々はまだ休暇中だよ、マーリカ」

「わたしはともかく、殿下においては休暇は書類仕事を終えたらの約束では? 言っておきますが、たとえ親密であっても破廉恥案件(セクハラ)は成立しますよ」

「立って歩けるようになった途端に厳し過ぎる」

「そちらを片付けていただかないと春の視察予定が決まりません。アルブレヒト殿下の胃をこれ以上痛めつけないでください」

「マーリカはアルブレヒトじゃなく私の秘書官……」

「なにを訳のわからないことを。なり手のいない、わたしの後任を引き受けてくださったのですよ」


 その気になってやれば数分で片付くことなのに、王宮にいる以上にぐずぐずとなにか拗ねている。御歳二十六の王子が。

 膝立ちから寝台(ベッド)に腰を下ろし、携帯式のペンを口に咥え、書類を手にしていない側の手で手招きしている。マーリカはため息をついた。


「殿下……節度というものが」

「わかってる。でも王宮みたいな長椅子(ソファ)はないから」


 たしかに、王宮の私室のように一時期マーリカの簡易寝台と化していたような立派な大きさの長椅子(ソファ)はこの部屋にはない。


(変なところはよく気がつく)


 足を気遣われてのことだと思うと無下にもできない。

 ひょこっと、また足を動かしてマーリカは寝台に近づきその縁に腰掛ければ、四つ這いに這ってやってきたフリードリヒに、左腕をマーリカ腹部に引っ掛けるようにして攫われる。


「殿下っ……」

「半分以上片付けたし、左腕だけ休暇! ちゃんとやるから黙って大人しく見張っていなさい」


 無茶苦茶だ、と。

 そう思いながらも、胴に巻きついているフリードリヒの左腕を引き剥がす気が起きないくらいには、絆されてしまっている理不尽を抱えて、マーリカは彼の言う通りに黙る。

 引き寄せられて彼の肩先に頭を軽く預け、少し軋みを感じはじめていた足を投げ出し、ようやく真面目に書類に目を通し始めたフリードリヒの横顔を眺めた。


(本当に……腹立つほどに、顔がいいっ)


 マーリカだって年頃の令嬢だ。

 夢見る少女が理想の貴公子の姿を思い描いたならこうなるだろうといった、神に愛されし美貌の王子。

 望まれ、このように片腕の中に引き寄せられれば、人員補充を持ちかけられた時ほどではないにせよ、多少は、少しばかりは、小指の爪先ほどは、胸ときめいてしまったりもするのである。

 

(ずるい……)


 なんとなく不貞腐れた気分で、右肩に寄せて編んだ髪の先に結ばれた細いリボンの端を軽く指先で弄る。


(でもって、八割ほどが酔狂と思いつきで出来ているような人のくせに……執着が重い)


 次はリボンでもと言った通りに、フリードリヒがどこからか調達してきたそれが、彼の瞳と色を合わせてあるくらいのことはマーリカだって気がついている。

 ちょっとうれしいなんて思ってしまうのは、従兄弟や再従兄弟が会うたび過剰に甘やかしてきたせいだとマーリカは親族に責任転嫁した。

 室内は、離宮を改修した時に入れたというセントラルヒーティングのおかげで暖かい。

 久しぶりに朝からフリードリヒの執務に付き合った疲れと、ほのかに伝わってくる彼の体温の心地よさもあって、マーリカはうとうととしてくる。


(いけない……)


 かさりと紙が鳴る音とペンの音に紛れて、くすりと微笑む吐息の声が聞こえた気がした。


「――マーリカ」

「ん……っ」


 呼ばれた声に気がついて、しまったとマーリカは慌てた。

 いつの間にか本当に眠って……一体どのくらい時間、と内心焦りながらそっと上目にフリードリヒを見る。


「二十分ほどかな」

「……申し訳ありません」

「休暇中で、本調子ってわけでもないんだから」

「しかし……片付きましたか?」

「うーん、そこできっちり確認してくるのがマーリカだよねえ」

「当然です」

「片付けた。ああそれと、王立の学園……いま弟がいるえーと……」

「王立ツヴァイスハイト学園。学校というよりは山の頂にある城塞学園都市。現在王家の直轄領ですが、かつてかの地を治めた学識高い領主ツヴァイスハイト公が居城、壮麗優美なツヴァイスハイト城を校舎に使用する、主には貴族の子女が通う全寮制の学園」


 一応は婚約者の腕に抱えられている状況ながら、甘さの欠片もない事務的機械的な淀みなさで、フリードリヒが言わんとする教育機関の概要説明を彼の秘書官として当然の如くマーリカが行えば、はあっと深いため息を吐いて彼は首を落とした。


「私の知識のなさを見越した流石の説明をありがとう……マーリカ」

「弟君が在学中の学校くらい覚えておいてください。第四王子のヨハン殿下は生徒会長を務めていらっしゃいますよ」

「マーリカに聞けば、王家も国のことも全部答えてくれるような気がする」

「人を喋る便利帳のように言わないでください。たしか老朽化が進んでいた礼拝塔や大時計塔、城壁の修繕や内部設備の近代化を数年がかりでやって、一昨年に落ち着いたはず」

「ああ、父上と兄上がなんかやってた気がする」

「修繕後すぐにはわからない不具合など確認する頃合いですが……殿下がわざわざ出向くところでは」


(まともな王子ならいざ知らず、この“無能殿下”がそんな理由で視察に加えようと考えつくはずがない。大体、あそこは王都から遠い上に、山の上といった陸の孤島も同然な場所。視察に行くには面倒すぎる)


 王国三名景の一つ、春や秋に稀に発生する雲海に浮かび、“天空の城”と呼ばれる様はマーリカも一度見てみたいとは思うものの、公務に趣味を混ぜる気はない。それに修繕後のことなら、第四王子が在学中なのだからフリードリヒが手紙で尋ねればいいだけである。


「すごいんだって」

「はい?」

「復活祭の頃に学園祭? 近隣領地からも名店が出店して、それはもう美食の遊歩道(プロムナード)だとか。歴代の生徒会活動の賜物らしいのだけど……ここはやはり王子として攻めるべきだと思うのだよ」


(攻めるってなんだ。それは王子は王子でも、王都流行誌(ジャーナル)の人気案内人(レビュワー)“美食王子”の話だろ。視察関係ない!)


「……学園の名前すらうろ覚えの癖に、その情報はどこから?」

「アルブレヒトも卒業生でしょ。マーリカが休暇で帰省中にお茶してて、私が夢中になりそうだって話してたんだよね。私は行ってないから」


(余計なことをっ……!)


「無理です! 復活祭の前後など、各地の催しや殿下が理事となっている施設の行事への出席が目白押し。絶対に無理です!」

「考えてみる前から、本当に無理? 絶対無理? オトマルクの全臣民と神にかけてそう誓えるの?」

「ぐっ……それは」


(今年はアルブレヒト殿下がいらっしゃる。いずれ公務のいくらかを分担すると思えば、いくつか出席を交代して……秘書官としても先方との引き合わせを兼ねられるけれど……)


 出来ないことはない。

 調整も死ぬ気でやればなんとかなるぎりぎりではある。

 しかし、フリードリヒの趣味のためにマーリカ他関係者達が死ぬ気で苦労する必要はない。

 マーリカと、さも賢しげに見えるだけな顔で、命じ慣れた者特有の人を従わせる響きの声音で促してくるフリードリヒに、ふるふるとマーリカは首を横に振った。


(こういう時だけ無駄に仕えたくなる王子の雰囲気出してくるの、本当にっ。その手に乗るかっ)


 署名済書類をさっさと回収し、直ちに立ち去るのが最善。

 一晩過ぎれば別のことに気が紛れるはずと、腰を浮かせたマーリカだったが不運なことにいまはフリードリヒの片腕の中にいる。

 書類仕事も終えて空いたもう一方の腕も使って、完全に捕まえられた。

 残念ながら、フリードリヒの強運はすべて彼のために働く。


「出来ないことはないって様子だ、マーリカ」

「……時期をお考えください」

「考えてるよ。ヨハンは今年卒業だ。弟の活躍、その手腕を振るう様を見て王族としての能力を見るのは兄の役目」

「それらしいことを思いつきで言っても駄目です。それを仰るなら、王太子殿下やアルブレヒト殿下でもよろしいのでは。むしろ感性アレな殿下より、お二人の方が適任です」

「いま、さらっと私にひどいこと言ったね」

「事実です」

「じゃあ、修繕後すぐにはわからない不具合などの確認にはいい頃合いって言ってたよね?」

「じゃあって、明らかに取ってつけた理由で動けるか! それこそヨハン殿下にお尋ねになれば済む話でしょうっ」

「マーリカ〜!」


 左腕の捻挫は治っているからって、ぎゅうぎゅうと抱き締めながら泣きついてこられても困る。

 それに、アルブレヒトの胃が悪そうな姿、平の秘書官達が絶望を浮かべる顔、関係各所の皆様の死んだ魚のような目、げんなりした近衛の者達が次々と脳裏に浮かんでくるのも、正直鬱陶しい。

  

(どうしてわたしが、殿下の我儘の最終防衛線のようになっているのか……解せない)


「そういえば……シャルロッテが近頃学園では女子教育も盛んだと言っていたよ。才覚ある貴族女性が国の重要な職務を担えれば良き発展につながるとか」

「耳打ちせずに普通に話してください……素晴らしいと思いますが、それがなんです」


 吐息がくすぐったい。大体、見た目同様にフリードリヒは囁かれると反射的に震えがくるような美声なのだ。質が悪い。


「“マーリカ様が講演くださったらきっと先輩令嬢(おねえさま)方も新たな視界が開けますわ”って、シャルロッテが言ってた」

「……妹君の声色を真似て仰る意味は? ご兄妹だけにちょっと似ていて気持ち悪いのですが」

「より伝わるかな、と」


 後ろからフリードリヒに抱きしめられている格好で、多少毒気を抜かれたマーリカが彼の顔を仰ぎみれば、ふふんと、彼は得意気に笑みを刷く。

 その顔は、まさしく周辺諸国の高官達を震え上がらせている“オトマルクの腹黒王子”のそれだ。


「学園祭など講演するには絶好の機会では? 王家の直轄領。未来の第二王子妃が、これから国の将来を担う者達へその考えを示すのに時期も場所もこれほどいい舞台もないよね? 王都や王宮と違って邪魔も入らない」


 君、女性の高官育成できればって言ってたよね。平の女性事務官は平民でその機会を作るのが難しいって。あと意に染まぬ結婚を強いられる令嬢の逃げ道にとか――低い声音の囁きは悪魔の誘いの声だ。

 たしかにその理由は否定できないとマーリカは握った拳を震わせる。


(己の興味関心ごととなればそこそこ有能なの、納得いかない!)


「わたし一人で――」

「却下」


 マーリカに回されている腕が、妙に柔らかな抱き締め方に変化して、唐突に額やこめかみに唇が落とされる。


「私の目の届く範囲からは出してあげない。第二王子の婚約者が妃殿下ぶるにはまだ単独ではね。血気盛んで怖いし貴族の若者」

「……人を、脅しているのか、都合よく巻き込もうとしているのか、どちらかにしていただけませんか」

「失礼な。いまは王子の私に厳しい秘書官を口説き落としている」


(……落ちたわけではないけれど、わたしの今後の実績や人脈作りを考えたらそれは一理ある。アルブレヒト殿下、関係各所の皆、近衛班長殿、わたしが第二王子の婚約者としてヒヨコすぎるために申し訳ない!)


 殿下、とマーリカは僅かに目を細めて、彼を見詰めるではなく睨め付ける。


「ん、どうしたの? またなにか物騒な目で……」

「わかりました。殿下の趣味に付き合うわけではなく、たしかにわたしもこの先手駒となる者は必要です。善処しましょう」

「あ、本当?」

「ええっ、善処してやるからには、全行程文句言わずに従っていただきますので」

「マーリカ……?」

「従っていただきますので!」


 ふんっ、とマーリカは正面に顔を戻してフリードリヒからそっぽ向く。 

 ぶつぶつと彼に対する文句を口の中でぼやくも、彼女はいまは休暇中。

 療養中な令嬢で、フリードリヒの目からみたら「なにか物騒なこと言いながら、ちょっと涙目になってるのがかわいいいのだよね」といった感想にしかならないことに、不幸にもマーリカは気がついていなかった。


 三日後、フリードリヒとマーリカそれぞれから、百八十度見解の異なる、同じ内容の春の視察に関する手紙を受け取って。

 秘書官ではなく自ら決裁書類を持って、離宮の執務室に現れたアルブレヒトは胃が悪そうな顔色で、何故かぶるぶる震えていた。


「許してください、本当、許して……僕がすべての元凶……誰も僕を愛さない……」

 

 フリードリヒだけでなく、もしや他も結構面倒な人達なのではといった疑念がふと浮かび、マーリカは額を押さえたのだった。


「マーリカ様っ」

「アルブレヒト殿下、落ち着いて。全行程組み直しましたので……」


 これから死ぬ気で調整しましょうとは……すでに死にそうな顔をしている第三王子に言ったものか迷う。

 

「お、大兄上から……王子妃教育はいつから始められるかって」

「そちらは休暇明けすぐの新年の夜会後に。わたしの空き時間に合わせていただけるとのことでしたから、後ほど予定をお渡ししますね」


 従順にこくりと頷くアルブレヒトの精神がまずいと、胃薬とお話を聞いて差し上げてくださいと医官に引き渡して、マーリカは嘆息する。

 本当に、やることばかりが増えてくる。

 

「マーリカは、アルブレヒトを甘やかし過ぎる……」


 書物机に向かい、アルブレヒトが持ってきた書類をやる気のなさそうな手つきで捲りながらぼやいたフリードリヒに、なにを言っているのかこの人はとマーリカは呆れる。


「殿下に対するほどではありません」


 結局それがすべての元凶なのだ。

 マーリカは、あの日、フリードリヒの執務室へ乗り込んでいった過去の自分を、いまから止めに行けるなら止めに行きたいものだと思う。

 そうすれば彼に仕えたくなることも、つい絆されて尽くしてしまうことも、彼から一生執着されることも、こんなに仕事ばかりが増えることも、たぶんなかったのだから――。

 軽く天井を仰ぎ、吊り下がっている鳥籠を模したようなシャンデリアが目に入り、ちらりとフリードリヒを見る。


(まあでも止めたところで……彼にも言った通り、ゆくゆくは行ってしまうに違いない)


 まったくとマーリカは小さく微笑んだ。



――完――

 


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