第6話(6日目)
第6話(6日目)
「おい、起きろ」
俺は少女を家に帰すために、朝早くから少女を揺らし起こす。
この時間ならいつもあの場所で歌っているのに、今日は爆睡しているからか、全くと言っていいほど、起きようとしない。
「おーい、起きろって」
「やー……」
寝ぼけ眼に跳ねまくった髪の毛。
この状態では親御さんに返せないな。
そう思い、朝早くから風呂に入らせた。とりあえず着替えはまた俺のお気に入りのシャツだ。どうやらこの少女も気に入ったらしい。さすが俺の惚れたシャツだ。
朝飯を食べさせないのもどうかと思い、朝飯を食べさせた後、少女を帰すべく、俺は少女と一緒に家を出た。
「やー!!!」
少女は俺が遊びに連れて行ってくれると思ったのか、海に直行しようとしたが、そんなことは目に見えて分かっていたので、俺は逸れないようにあらかじめ手を繋ぎ、海に行かせないようにしていた。
「残念だな。今日は行かねー」
「ややや!!!」
俺の腕を力強く引っ張るが、いくらなんでも俺の方が力は強い。足は負けたのだが。
「適当に歩いてるが、おまえの家はどこだ?」
「???」
何を言っているか分からなかったようで、はてな顔のような困り顔のような、要は何言ってるんだ?こいつ?みたいなことをされた。
「家だ、家。分からないのか?」
「ややや!!!」
どうやら本気で分からないらしい。遠くから来ていたのだろうか?
「じゃあ親はどこに居るんだ?」
「やー!!!」
少女はそれは嬉しそうに海の方を指差して笑顔を向けてくる。
「いや、海に行く前にだな。親のところへ行かないと」
「ややや!!!」
少女は真剣な目で海の方を指さす。どうやら海の方に本気で親がいると思って居るらしい。ということは、外国の子だろうか。言われてみれば目が少し青い。とは言ってもじっくり見てようやく、「あぁ、確かに」と言えるような違いだ。
「おまえ、外国の子か?どうやってここまで来たんだ?まさか一人で来たのか?」
「やー!!!」
とびきりの笑顔を見せてくる。
本当に一人で来たらしい。いくらなんでもおかしい。たとえ後一週間で世界が終わるとしても、自分の子を一人で外国へ旅させるだろうか?自由と言えば自由だが、心配にはならないのだろうか?
でも、仕方ない。一人で来てしまったのなら親はここにはいないはずだ。今までどこで寝泊まりしていたのか分からないが、今日明日くらいは面倒を見てやるか。
「……はぁ、とりあえず遊ぶか」
「!!!やー!!!」
少女はとても嬉しそうに俺の腕を引っ張る。余程海が好きなのだろう。
いつも通りミステリーサークルを作り、海でバシャバシャして終わった。今日は俺もミステリーサークルを一緒に作り、海でバシャバシャした。
これが結構キツい。めちゃくちゃしんどい。子どもの体力は底なしだ。俺も昔はこのくらい体力があったのだろうか。不思議な話だ。
やはりこの日も肉とそうめんで悪くないとは思ったものの、流石に飽きてきたが、少女はまた嬉しそうに食べていた。
「なぁ、今日は泊まるか?」
「???」
食べ方がうんと下手で机を汚しながら食べている少女の口を拭きながらそう聞いた。けど、意味は分かっていないらしい。
「今日はここで眠るか?」
「やー!!!」
これは意味が分かったのだろう。ありがとうと言いたかったのだろうか。下手な箸の持ち方で俺の口にそうめんを運ぼうとする。だが、俺は拒否した。少女はそれが気に入らなかったらしい。その後は不貞腐れながらそうめんを啜っていた。
「肉をくれるならいいぞ?」
「ややや!!!」
これはやらんと言わんばかりに少女は肉をそうめんの器で隠そうとするが、隠し切れるものではないし、隠したところでわかる。
「あはは、冗談だ」
「……」
それでも少女は警戒しながら肉を食べていた。少女が食べている様子は見ていて楽しい。俺はそれを見ているからか、あまり箸が進まない。結局少女が先に食べ終わったのだが、足りないらしく俺の肉を俺の横でじーっと見てくる。
「……食べるか?」
「やー!!!」
まだ聞いただけだ、やるとは言っていない。が、少女は食べてもいいと判断したらしい。別にやるつもりだったからいいんだが。
飯を食べ終わった後はオセロをして時間を潰した。少女はまた俺とぴったりくっついていたがルールは覚えていたらしく、特に滞ることなくゲームは進行した。
オセロも飽きたのか部屋の中を物色していたようだが、それも飽きたのか少女はうとうとし始めた。俺は布団を引きそこに寝かせた。そしてその横で俺は本を読み耽る。
しかし、少し眠たくなってきたので、仮眠を取ろうと少女を背にしてその場に寝転がる。
まぁ、案の定だ。爆睡してしまった。起きたら深夜2時を回っている。
「はぁ……寝すぎた…」
俺はまた目を瞑るが眠ることは出来なかった。
俺の横で声が聞こえる。
俺を呼ぶ声が聞こえる。
「文孝、文孝」
そう声が聞こえる。
なんの幻聴だと思い振り返ろとすると、急に大きな声で「振り向くな」と怒られた。ちょっとびっくりしてしまって振り向けない。
だから、ただ耳を澄ませた。
「文孝、ごめん。急に来て」
「いや、別に。というか、誰だ?不法侵入だぞ」
「いやぁ、地球も終わるってのに不法侵入もないでしょ」
なんかあっけらかんとしている声だ。少し聞き覚えがある。
「てか、本当に誰だよ?」
「振り向かないでね。振り向いたら私消えちゃうから」
数秒置いた後、そいつは口を開いた。
「私は、波田野歌内です。どう?驚いた?」
「あぁ」
「えー、全然驚いてない」
驚いていないわけじゃない。むしろすごい驚いている。だが、不思議と取り乱すことはなかった。
驚きすぎるとどうやら身体に反応は出ないらしい。
「仮におまえが歌内だとして、なんでここにいるんだよ」
「えー、好きだった人に会いに来ちゃだめ?」
「冗談やめろよ」
「本当なのにー」
子どもを相手しているみたいだったが、仮に本当に歌内だった場合、歌内は10歳で死んでいる。子どもでもおかしくはない。
「死んじゃって、ごめんね。文孝。それを言いに来たかったの」
「……そうか」
親に言いに行けよと言いたかったが、幼馴染の親はすでに交通事故で死んでいる。火葬の時は歌内麦わら帽子を持たせた。歌内の形見としてかなり
大切に扱っていたから。一緒に燃やしてあげたほうが幸せだろうと思ったのだ。
「なんで今更なんだ?」
「地球が終わるって聞いてね。文孝も死んじゃったら、もう言えないし、今がチャンスかなって」
「別に言いにくる必要なかっただろ」
「ううん、あるよ。だって、文孝、後悔してるでしょ?死んだらもう会えないしさ」
「後悔?なんだそれ?俺が何に後悔するっていうんだよ。おまえが勝手に沖にいって勝手に溺れただけだろ」
「……そうだね」
少しキツい言い方だっただろうか。歌内だって死にたかったわけじゃないはずだ。
「でも、文孝。文孝がそう自分に言い聞かせたいことは分かってるよ」
「は?」
「あの時、喧嘩した後だったもんね。心残りがあると思ってさ」
心残り、そう言われたらないわけではない。確かに喧嘩したし、喧嘩して遠ざけた。そして、その日に溺れて死んだ。
喧嘩しなかったら一緒に海に行っていただろうし、喧嘩がもっと長く続いていれば溺れることはなかったかもしれない。喧嘩していなければ歌内が躍起になって沖の方へ行っていなかったかもしれない。
でも、それも全て偶然なんだ。後悔なんて、しているはずはない。
「私がここにいるのは、文孝が私のことを気にしているから。だから、ここにいるんだよ」
「なんだよ、恨んでるのかよ」
「ううん、むしろ嬉しい。死んだ人の魂って生きている人が大事に思っているほど、長く現世に留まるんだってさ。夢みたいだね」
「……夢か」
確かに夢だ。明日地球も終わるって時に、歌内の幽霊が現れたんだっていうんだから。
「文孝はさ、夢叶えた?」
「夢?なんかあったか?」
「えー、忘れたの?小説書いてみたいって言ってたじゃん」
「……そんなこと、言ってたな」
昔言ったことがある。歌内は歌手に、俺は小説家に、一緒に夢を叶えようと。こんな辺鄙なところから二人もすごい人が育ったのだと世間に知らしめるぞと。
「小説は書いてないの?」
「あぁ、たまに読んでるくらいだよ」
「ふーん、じゃあさ、大人ってどんな感じ?やっぱりさ、自由で楽しいの?」
大人、か。確かに出来ることは増えるし、自由にやろうと思えばなんでも自由には出来る。だが、それをやったことは、限りなく0に近い。世の中そう甘くはない。
「……楽しくないの?」
楽しくないの、か。幼馴染がそう聞いてきたのは俺に気を使ってか、それとも辛いという言葉を知らない子どもだからか。
そんなことはどうでもいいが、言えることは一つある。
「いや、楽しいよ」
そう、楽しいのだ。いくら辛いことがあっても、いくら悩んだり悔やんだりしても、時が経てばそれが楽しかったと思えるのだ。
悲しみは風化する。しかし、嬉しかったことや楽しかったことは風化しない。それは身に染みて分かっていた。
「よかった!大人ってやっぱりすごいんだね!」
大人はすごい。子供の頃そう思っていたのは事実だ。しかし、俺がその歳になってみて、俺が子供のときみた大人のようにすごいかと言われればそんなことは絶対にない。そんなすごい人間になれるには相応の努力が必要なのだろう。
「すごいやつはいるな」
「いいなー、楽しそう」
嬉しそうに話す歌内に俺は少し悪いことをしたなと思ってしまう。あまりいい思い出を語ってやれない。怠惰に過ごしてきた罰が当たったのだろう。明日で終わるってのに、なんて酷な話だ。
「文孝、ごめん。もう行くね」
「は?どこに?」
「どこか遠くへ。明日世界が終わるならずっとずっとずっと遠い未来かな」
「なんだよそれ。輪廻転生みたいなもんか?作り話だな」
「作り話、うん。でも、それが現実に起こることはあるよ」
「ないよ」
「あるって!私がここに来れたのもこの子のおかげだからね!」
「この子?その少女のことか?」
「うん!私はずっと文孝に会いたいと思ってたけど、会えなかった。けどね、この子が会わせてくれたの」
「言っている意味がわからん」
「この子はね、人間じゃないよ。人間のフリをしてるの。でも、もう元には戻れないけどね」
ますます意味がわからん。
「この子は元々イルカの子。それに私が乗り移ったの。どうしても文孝に会いたかった」
「………………は?」
理解に時間を要する。
理解しても、
なんだ?何言ってんだ?
こんな感想しか出てこない。
「要するにあれか?その少女はイルカの子で地球が終わる前に人間になって、それにおまえが取り憑いたってことか?」
「うん、そんな感じ」
「あり得ないだろ、ここは物語の世界じゃない」
「でも、私がいるじゃん」
「それは……」
振り向くなと言われた。だから一度も振り向いてはいない。それ故に誰かが俺を揶揄って幼馴染の真似をしている可能性は十分にあった。
それでも俺は、そこにいるのが歌内であると、何故か信じて疑わなかった。
「文孝言ってたよね、もしかしたらここは物語の世界で、実は俺たちを書いている人がいて、ウンタラカンタラーって」
「……あぁ…」
たしかに歌内に言ったことがある。けど、微妙に覚えてないのが無性に腹が立つ。業腹ってやつだろうか。最近覚えた。
「可能性は0じゃないよね」
「0だろ。本当に書いているやつがいたら、才能無さすぎるだろ。なんでおまえに会うのが世界が終わる前日なんだよ。それだったら、実は遊んでいた少女は歌内で隕石が衝突する1時間くらい前に正体を明かすのが基本だろ」
「それはそっちの方が面白いと思ったからなんじゃない?私はそっちの方が好き。文孝はありきたりすぎる」
「王道と言え」
「でも文孝、仮に本当に物語だとしたらどうする?」
「……どうもしねーよ。仮に本当に俺らを書いているやつがいたとしても、俺からしたらこの世界は現実なんだ。何も変わらねーよ。」
「そっか、文孝らしいね」
「言ってろ」
「そう言えば、文孝、子供の好きなんだね。それは意外だなぁ」
「20も超えると子供も可愛く見えるんだよ」
「そうなんだ!私も大人になってみたかったなぁ」
「……そうだな」
歌内はしばらくそのまま口を閉ざしていた。俺は、話しかけずにずっと、そのまま横を向いていた。何かを口にして反応がなかった場合、それは辛すぎる。
「文孝、最後にお話が出来て楽しかった。ありがとう」
「あぁ……」
「じゃあね。本当はもっといたかったけど……最後に会えて良かったよ……文孝」
その言葉を最後に歌内は話しかけて来なくなった。
勝手に怒って、勝手に死んで、勝手に会いにきて、勝手に消えるなんて、我儘も度がすぎる。
「いい加減にしてくれよ……」
それでもしばらく俺は少女に背を向けることしか出来なかった。
ごめんね、投稿忘れてたよ