第5話(5日目)
この日は晴れていて、俺はまるで待ち合わせだなと思いながらも、大体のその時間にその場所に訪れた。
そこにはやはり少女がいて、何やら歌を歌っている。今までのようなやややという声ではなく、紛れもなく人の言葉。
「あなたの声が聞きたいの、ねぇ、海さん、答えて欲しいな」
独特な語りかけるような歌。これは紛れもなく、俺の幼馴染が歌っていた歌だ。歌内が作った歌だ。
「お、おま、どうして、それ……」
「!!やー!!!」
少女は俺に抱きついた。ただ、来たー!って感じだったんだろう。けど、俺にはそんなことも分からないほど、混乱される出来事が目の前で起こった。
「な、なぁ、どうして、その歌、知ってるんだ?」
「???」
何が何だかよく分からないといった顔、だが、俺にもよくわからないことが起きた。幼馴染が死んだのは、10年も前だ。こいつが、生まれているかどうかも分からない時だ。しかも、こいつはこの辺のやつじゃない。
そして、その歌は幼馴染が俺以外には聴かせなかった歌だ。知っているはずがない。
「ややや!!!」
「……そうだな。」
焦っても仕方がない。たまたま何かの拍子で知ったんだろう。この期に及んで何を取り乱しているんだ、俺は。
「???」
「……大丈夫だ。というか、おまえ、ちゃんと言葉話せるんじゃねーか。なんで隠してた?」
少女のほっぺたを軽くつねり問いただす。しかし、少女はやややというだけでそれ以外の言葉を発さない。痛いよ〜と、仕草で訴えてくる。
「ごめん。悪かった」
「???」
どうやら歌を歌う時だけ、言葉を発せるようになるみたいだ。
「今日も海で遊ぶか?」
「!!!やー!!!」
俺から誘ったのがそんなに嬉しかったのか、少女はまた高いところから飛び降りた。やはり怪我はしていない。その場で踊り始め、またミステリーサークルを形成している。
「たく……」
ここ数日と同じように遊んだ後、家に帰ることになったが、今日は何故か少女がついてきた。晩飯を集りにきたのかと思ったが、幸いにも貰った肉はたくさんある。少し傷んでいたが、焼けば問題なかったので大丈夫だろう。
とはいえ、腹を下されても嫌なので出来る限り傷んでいないものを少女に食べさせた。
少女は最初、何これ?といった表情で見ていたが、口に運んだ途端一瞬で目の色が変わりそのまますぐに食べ尽くした。しかし、まだ物足りなかったのかおかわりをねだってくる。肉はまだまだある。少女は満足するまで食べられたようだ。
晩飯を食べ終わると、少女は俺にぴったりくっついて離れようとしなかった。
少女はかなり早い時間からうとうとし始める。
「お、おい。眠るなよ、家に帰らないと親が心配するぞ。おい」
「やー」
こっくり、こっくりと首をゆっくりと動かし始めた。まずい。これはまずい。経験がある。これはすぐに眠る。
「おい!眠るなよ!」
ゴトっという音と同時に寝息が聞こえ始める。
「…………はぁ」
その後も何回か起こそうとしたが、やーという声と共に幸せそうな寝顔を見せるために、俺は起こすのが申し訳なくなってしまった。
仕方ない。明日親御さんに謝ろう。許してくれるだろうか。
少女を布団に寝かせ、俺はまた本を読み始める。それ以外特にやることがない。刺繍や絵を描いたりもするが、もう3日しかない。そんなに時間はかけられないだろう。本を読むことが俺にとっては最善の選択だった。
本を持って海沿いに行き、そこで本を読む。心地よい風とさざ波の響く音が俺を文字の中に溶け込ませていく。
物語っていうのは基本ハッピーエンドで終わる。俺はそれが好きだし、そういうのを好き好んで読んだりする。バッドエンドもたまには読むが、正直あまり心地よくはない。モヤっとする心の奥が、そのまま心臓を締め付けてくるからだ。
「……はぁ…………」
どうやらこれは、バッドエンドの話らしい。
ある幼馴染のためを助けるために尽力したにも関わらず、結局その幼馴染は自分から命を落とした物語だ。主人公は己の非力さを悔やみに悔やみ、最後はその幼馴染と同じ道を辿る。
俺もこの主人公の気持ちは少しだけわかる。幼馴染を失った気持ちは少しだけは分かるつもりだ。ただ、俺はこの主人公と違って、それほど悔やんでいない。悔やもうと思っても悔やむことができない。俺の場合、幼馴染は気がついたら死んでいた。どうしようにも、どうも出来なかった。ただの事故だったから。ただの不注意だったから。
そう言い訳をして記憶の片隅に押し込んでいただけなのかもしれない。だから、今になってこんなにも思い出すのだろう。走馬灯のようなものかもしれない。
俺はこういった本を読んだときに思うことがある。
実は俺の人生も誰かの書いた物語ではないのだろうかと。
そんなことを思いながらも、それはないなと思いいつも通りを過ごす。だって、この現実が物語なら、幼馴染が死んだ時点で俺は自分を殺そうとするくらい自分を恨むだろう。けれど、俺はそこまで自分を恨んでいないのだから。仕方のないことだと思えたのだから。
仮にそんな物語を書いている奴がいたら、おもしろいくらい性格が悪い。なぜなら、俺を絶望させない生殺しで話を進めている。どうせなら、絶望させて欲しいものだ。なぜ絶望させないのだろうか。
相も変わらず厨二くさい話を考えるな、俺は。
「まぁ、でもそれも、面白い話だ」
俺は読み終えた小説をその場へ投げ捨てた。