第3話(3日目)
「-----」
一昨日、俺と少女が出会った場所。
そこで少女は声を発していたのか、この世のものとは思えない幻想的な音が聞こえた。
「お、おま、声出せたのか?」
「ややや!!!」
「………………は?」
「ややや!!!」
俺はこの子が喋れない子だとばかり思っていたが、どうやら声は出るらしい。
とはいえ、人の言語を話せるかは微妙なところだ。世の中にはそういう人もいるというから、特に不思議でもないが。
「やー!!!」
少女は高いところから砂浜へ飛び降りたが、やはり特に怪我はないようだ。
そして、やはり手招きをしている。
「おまえ、それ危ないからやめろよ。たく……」
俺はまた仕方ないがないように、階段からその場へ降りた。
今回はどうやら踊ってはいないらしく、息も上がってないし、砂浜にミステリーサークルを作っているわけでもない。
ただ、祈る手を作り目を瞑っていた。
海の風が相まって、とても幻想的な雰囲気を醸し出す。
少女は俺の目を見て、そっと微笑んだ後、いつもの笑顔に戻り、また海の方へ走り出していった。
いつもの、か。たった2日一緒に居ただけなのに、そう思うのは、それほどこの生活が楽しいからだろうか。それとも、少女がずっと笑顔で遊んでいるからだろうか。
そして、俺はまた同じように、砂浜で腰を落ち着けて少女の様子を眺めていたが、今日はどうやら一緒に遊びたかったみたいだ。突如として俺の腕を引っ張り、海へ連れて行く。
「あ、つめて。おまえ、よくこんな冷たいところで遊んでられるな。いくら夏といえど、冷たいぞこれ。」
「ややや!!!」
そんなことはない、と言わんばかりに首を横に振られる。子どもは風の子とはよく言ったものだ。
「やー!!!」
少し嫌そうな顔をしていたのか、少女は俺の顔面にいきなり水をかけてきた。
「うべ!何すんだ!」
「やー!!!」
肩を揺らしながらクスクス笑う少女は、やはり、幼馴染に似ていた。彼女もこういった笑い方をしていたはずだ。
今になって彼女のことを思い出すのは、もう、本当にこれで最後なのだと、改めて実感させられるような気がした。
俺も臆病だ。死ぬのはやはり怖いらしい。
そんな俺とは真逆で、少女は後少しで地球が終わるなど微塵も感じさせないほど、明るく元気だ。
能天気といえばいいのか、アホといえばいいのか。けれども、そんな少女が俺の不安を消してくれていたのは確かだった。
少女は楽しく遊んでいた。今日日の子どもの体力は恐ろしい。しかし、俺は少し疲れたので陸に上がろうと足を陸に向けた途端、こけて水の中へ頭から入ってしまった。幸い少し深くなっていたので地面に激しく激突することはなかったが。それでも海水が目に入ったりするのは痛い。
「いてぇ……」
「!!??」
少女が俺の裾を掴む。掴んだ手から不安が伝わってくる。はは、こんなことで不安になるのかと思ったが、それも人の自由だ。
「大丈夫。悪いな。ありがとう」
「!!!やー!!!」
俺が大丈夫だとわかると否やいきなり顔面に水をかけてきた。このクソガキ……
これまた、どうだと言わんばかりに腰に手を当て偉そうにしている。こんなやり取りも久しぶりだな。
「あはは、楽しそうで何よりだ!」
俺は少女に水をかけ返した。
「!!!」
それからしばらくは水の掛け合い合戦になる。
しばらくして、少女は何かを思い立ったのか、急に砂浜に戻り、いきなり踊り始めた。ミステリーサークルが出来上がっていく光景も初めて見る。こうしてミステリーサークルは出来るのか。
ひとしきり踊り終えた後、少女は汗だくながらもとびきりの笑顔を見せてきた。これは相当楽しいらしい。
「……さて、飯にするか。腹が減ったよ」
「やー!!!」
家に帰り、俺は飯を作った。飯を作っていた間に少女を風呂に入らせたが、生憎俺の家に少女用の服はない。服屋ももちろん空いていない。
仕方がないので、俺の黒のシャツを貸してやった。結構お気に入りだったが、それ以外いいのがなかったのだ。
「ほら、出来たぞ。」
「やー!!!」
またそうめんを出した。うちは元々カセットコンロなので火が止まるなんてこともない。水も買い置きが沢山あった。
しかし、食料は全然買っていなくて大変だった。店も開いてないし、家にはそうめんしかない。
まぁ、後数日でそれも終わる。そう思うと、案外そうめんだけでも悪くはない。
ツルツルとまた美味しそうに少女はそうめんを口にする。
「……おいしそうに食べるな。」
「??…!!」
少女は、はい、あーん、といった素振りで俺の方へ箸を運んでくる。箸の持ち方が普通に下手でどうにも口には入りそうではない。
「俺のはあるから、自分で食べな。気を使わなくていい」
「!!!」
そんな言葉を聞くと、少女は遠慮せずにそうめんをおいしそうに啜る。おいしそうで何よりだ。
少女がそうめんを食べている間に俺は風呂に入った。
そういえば、人はみんな働いていないと思っていたが、お湯は出るし、水も出る。俺はその辺あんまり分からないが、人がいなくても大丈夫なのだろうか?それとも、命を賭して仕事してくれている人がいるのだろうか?
俺が風呂から上がると少女は心地良さそうに眠っていた。ヘラヘラした顔しながら眠っている。
おでこに肉と書きたかったが、それは可哀想なのでやめた。親に文句言われても面倒なだけだ。
そういえば、少女の親をずっと見ていない。少女は毎日ここへ来ているが、保護者らしき人は見たことがなかった。最後だからと、好きにさせているのだろう。
俺は少し疲れたので少女の横で寝転がった。少女の寝息が少しうるさい。それほど、この家の周りには今、音がない。先日まで聞こえていた空元気の声が嘘のように消えている。諦めがピークに達したのだろうか、家の前で項垂れている人を見た。皆、そんな感じなんだろう。
俺はそういう感じでもない。後数日で終わるというのに、そこはかとなく、元気でいられる。それはこの子がいるからだろう。感謝しなければいけないな。
……いつのまにか俺まで眠っていたようだ。
時刻は18時を過ぎていた。少女はまたもいない。もう帰ったのだろう。
「ふあぁ……さて、晩飯にでもするか」