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第5話:秀吉様は優しい人……なのかな?

 私が戦国時代に生まれ変わってきてから、一か月が経とうとしている。だいぶ、この時代の暮らしにも慣れてきた。生まれ変わる直前は、大学病院の集中管理病棟でずっとチューブに繋がれていたから、自由に動けるようになって本当に嬉しい。


 そうそう、自分の年齢も確認できたんだ。私は、甲申(きのえさる)の年、年号で言えば天正十二年に生まれたらしい。それで今は辛卯(かのとう)の年、つまり天正十九年。それが西暦で何年にあたるのかは分からないけど、今の私は、数えで八歳ということになる。


 私はこの時代の八歳児としては、かなり大柄であるみたい。初めて会う人には、私が八歳と知って驚かれたり、「小姫(おひめ)じゃなくて大姫(おおひめ)じゃ」と笑われたりすることが多い。まあ、織田家の人は背が高い人が多いみたいで、私もその血をひいているからなのかな。


 そして何より今は健康体だ! 生まれ変わった直後は、流行り病で死にかけてたみたいだけど、今は元気いっぱいだ。ご飯がお腹いっぱい食べれるって素晴らしい! ふっふ、ふっふっ、ふふふーん!


 そんなことを考えているとついつい鼻歌が出てしまう。


「コホン、小姫様。落ち着かれてくださいませ。今宵(こよい)の宴では、そのように鼻歌なぞ歌われてはいけませぬよ。粗相のないようにお気を付けくださいませ」


 私の侍女のお梅さんが私に注意をしてくる。今日の夜、私が住む聚楽第の奥御殿の広間で、この城の主、関白・豊臣秀吉による宴が催されるのだ。この宴には、豊臣家の一族の人たちや昔からの家臣の方々が参加することになっている。だから、私のような養女もその宴の場に呼ばれているのだ。


「お梅、大丈夫よ。関白様の前では、おとなしくしてるから」


 そう言ったけど、私はおとなしくするつもりはあまりない。秀吉は、最近はもっぱら淀城に入りびたりで聚楽第の奥御殿にはあまり来ることがない。今日は秀吉に近づくまたとないチャンスなのだ。


 よし! ここで秀吉と仲良くなって、信雄さんのことを許してもらわなくては! そして、私は秀忠くんと結婚するんだ! そう、あの優しくてかっこいい秀忠くんと!


 ふふっ、ふふふっ、ふふふふ、ふーふっ! 私は、秀忠くんのことを思いながら、鼻歌交じりで一人ほくそ笑んだのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、夜になった。大広間には大勢の人が集まっており、侍女たちが料理やお酒をもってせわしなく動いている。


 主催者の秀吉は身内ばかりということで、上席であぐらを崩してくつろいだ様子だった。普段は眼光鋭く、怖い空気を周囲に漂わせているのだけれど、今日はそれほどでもない。でもそれなのに、周囲の人たちの間ではピリピリと張りつめた空気が漂っている。


 秀吉は、そんな空気など構うことなく、周囲の武将の方々に何かを訊ねている。秀吉は、親しい武将を幼名で呼ぶので、誰が誰だかわかりにくい。


「のう、市松よ、ワシほど心優しきものはこの世におらぬと思うが、どうじゃな?」

「は、関白様ほどお優しきお方は、この日ノ本には一人もおりません」

「虎之助、おぬしはどう思うか?」

「そ、それがしも市松めの申す通りであると思いまする」


 えっと、市松と呼ばれているのが福島正則さんで、虎之助は加藤清正さんだよね。二人とも、私も名前を知ってるような有名な武将さんで、実際、いかにも豪傑といった感じの立派な体格の持ち主だ。


 だけれども、その豪傑二人が、小柄な秀吉に対して酷く緊張しているのがよく伝わってくる。まあ、秀吉は天下人だから仕方ないよね。


長満(ちょうみつ)、そちはどう思う」


 秀吉は、若い武将に話を振った。えっと、あの「ちょうみつ」って呼ばれた人は、北政所様のご親戚だよね。確か浅野幸長(よしなが)さんというお名前だったような。隣にいるのは、弟の岩松くんだな。岩松くんは元服前で、まだ五歳ぐらいだったはず。


「そ、その通りでござりまする。関白様は、この世をあまねく照らす太陽のような御方でございます。ろ、老若男女、この日ノ本のすべての者がお慕いいたしておりまする」


 浅野幸長さんの額からは、大汗が滝のようにダラダラと流れ落ちている。まだ高校生ぐらいの年頃だものね。緊張しちゃうよね。


「岩松、そちはどうじゃ?」

「……ひっ…………」

「そちはどう思うのかと聞いておる!」

「…………び、び、びぇーーーん!!!」


 可哀そうに。幼い岩松くんは緊張のあまり泣き出してしまった。それにつられたのか、この宴に参加させられている小さな子供たちが一斉に泣き出した。周囲の人があやしても、子供たちはなかなか泣き止まない。気まずい空気が流れた。


「ふむ、皆が言うほどワシは子供には慕われておらぬようじゃな。これだから、お(すて)もこの世を去ってしもうたのじゃろうな……」


 場が急にしんみりしてきた。お捨というのは、秀吉と淀の方様との間に生まれたお子さんのこと。残念なことに、二か月ほど前に亡くなってしまっている。宴の初めから張りつめた空気だったのは、そのせいなのだろう。


 大人数での宴とは思えない静けさが漂っている。誰も何も言えない空気となってしまった。秀吉は、無言でぐいと杯を飲み干した。お付きの近習が慌ててお酒を注ぐ。


 あ、そう言えば、私もまだ子供だった。私が明るく振舞えば、秀吉の気分もほぐれるかな。それにここは秀吉のポイントを稼ぐよいチャンスかも。よし、行こう!


 私はすくっと立ち上がると、秀吉の方に駆けていく。周りの人が私を見ているけど、そんなことを気にする必要はない。


 私は秀吉の前まで行くとあぐらをかいている秀吉の腿の上に座り込んだ。


「関白様、小姫は関白様のことが大好きですよ。まるで本当の御父上のように慕っております」


 少し小首を傾げ、媚びを売るようにしてアピールをしてみた。よし、これで完璧だね。


「ふむ、小姫か。まだ八つというのに、ずいぶんとあざとく育ったものよな」


 んんん? あれ、失敗しちゃったのかな。秀吉の顔を盗み見ると、かなり冷めた顔で私のことを見ていた。


 あれっ、ひょっとして、今の私って大ピンチなのかも……。い、いや、あきらめちゃダメだ。


「え、関白様、どうされましたか? 小姫は嘘なんてついておりませんよ」

「ふむ、それなら、ワシのどこが好きか申してみよ」


 えっ? 秀吉の好きなところ? うーん、どこだろう。そんなことを急に聞かれても困るよね……。


 まあ、でも、色々と秀吉に関しては有名な話はあるか。うん、私もいくつか覚えてる。あっ、そうだ。一番有名なのは、あの話だ!


「私は、草履(ぞうり)を温めていた話が一番好きです!」

「は? お主、今、草履と申したか?」

「はい! 関白様がまだ足軽だった頃、冬の寒い時に、信長様の足が冷えぬように、関白様が草履の上に座って温めていたというお話のことです」


 私は秀吉の顔を見ながら、はっきりと言った。確か、こういう話だったよね。でも、秀吉は戸惑った様子だった。


「な、何を申すか。あのときワシは、上様の草履の上に座ってはおらなんだぞ。ワシはじゃな、上様の草履を、ワシの懐に入れて温めておったのじゃ!」


 ええっ? ああ、そうだった。信長の草履を自分の懐に入れていたってお話だったよ。や、ヤバい。素で間違えちゃった。ああ、大事なところだったのに……。


「関白様、大変申し訳ございません。お話を間違えてしまいました……」


 私は、秀吉の腿の上に座りながら、その場で頭を下げた。私のバカ……。でも、なぜだか知らないが、秀吉は笑い始めた。そして、楽しげな様子で話し出す。


「うはははははっ。よい、よい、よい。実のところはな、ワシは草履の上に座っておったからのう」


 ええっ? そうだったんだ!? それはビックリだよ。


「あの日はとても寒かったのじゃがな、草履の上であれば、腰かけても寒くはなかったのじゃよ。しかしな、上様に叱られたときは、たいそう肝を冷やしたぞ。それを『懐で温めておりもうした!』と嘘を言うて、その場をうまくごまかしたのじゃ。わはははははっ」


 秀吉は実に楽しそうに笑い続けている。ああ、良かった。秀吉の機嫌が直ってくれて。


「ふむ、しかし、面白いのう。あの日は、ワシは上様の草履の上に座っておったが、今はワシの上に上様の孫娘である小姫が座っておる。いや、奇妙なめぐりあわせよの。これは愉快、愉快。わはははははっ」


 秀吉が大笑いするのに合わせて、周囲の人たちも一斉に笑い出す。泣いていた子供たちも今は泣き止んでいる。


「小姫よ、久々に心が晴れたぞ。なにかお主に褒美を取らそう。なんでも申してみよ」


 秀吉はニコニコと明るく笑っている。まるで人の好いおじさんのようだ。


 よし、今なら言えるぞ!


 私は秀吉の膝の上から降りると、両手をついて深々と頭を下げた。


「関白様、そろそろ父上のことを許してやっていただけないでしょうか?」


 私は必死に頼み込む。信雄さんが許されないと、私が秀忠くんと結婚できないからね。


「ふむ、それが小姫の狙いじゃったか。三介(さんすけ)殿の娘とは思えぬ利発さよの」


 えーと、三介って、信雄さんのことかな。まあ、そうなんだろうな。


「父上も大変反省している様子です。関白様に歯向かったことをいたく後悔しております」

「ふむ、それは本当かのう?」

「はい、それにたとえが父上が戻ってきても、あの器量では大したことはできません。ぜひぜひ、ここはご寛大なお気持ちでお許しくださりませ」


 私は床に頭をこすりつけたまま、さらに懇願した。そう、愛のためなら女は強くなれるんだ!


「ふむ、まあ、『三介殿がなさる事』じゃからの。あいわかった。まあ、三介殿にはもう少しクスリが必要じゃろうが、来年あたりには許してやることにしよう。小姫よ、実の父を思うその気持ち天晴(あっぱれ)じゃぞ」

「関白様、有難うございます。関白様は、本当に心優しきお方です!」

「ふはははは。だから最初にワシがそう申したであろう!」


 秀吉が笑うのに合わせて、一同が再び笑い出す。子供たちも今度はつられて笑い出した。

 こうして、この日の宴は大層楽しいものとなったのでした。めでたし。めでたし。

お読みいただき有難うございます。この第5話をもって第一章・京都・聚楽第の終了となります。次章の物語の舞台は大坂城に移ります。

次話第6話は、明日1/11(月)9:00頃の掲載を予定しております。引き続きお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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