第3話:旦那さまは未来の将軍様!?
聚楽第の自分の部屋で真面目に読み書きの勉強をしていた私のもとに、突然私の旦那さまがやってきた。えっと、生まれ変わった後の私は七歳か、せいぜい八歳ぐらいだと思っていたんだけど。
でも、そんな小さな子供と結婚しちゃう旦那さまってどういう人なの? ひょっとしてロリコンおじさんとか? この時代にもそんな変態さんがいちゃったりするのかな? なんだかすごく怖いんだけど……。
私は侍女のお梅さんに恐る恐る訊ねてみた。
「あのー、お梅。私のお婿殿って、どういう方でしたっけ?」
「小姫様、しっかりとなさってくださいませ。あなた様のお婿殿は、徳川大納言様のご嫡子、右近衛権少将、秀忠様でございますよ」
「えっ、徳川……秀忠!?」
それって、江戸幕府の第二代将軍だよね。家康の次に将軍になる人。えーっ、じゃあ私ってば未来の将軍夫人だったの!?
「小姫様、早くお着替えを致しましょう。さあ、さあ、お急ぎになってくだされ」
私はお梅さんに急かされて、派手な色の普段着から、何重にも刺繍の施された高級そうな薄紅色の着物に着替えた。この着物は、たぶん私が持ってるやつの中で一番上等なやつだよね。
着替えが終わると、お梅さんは私にお化粧してくれる。えっ? ちょっと白塗りが濃すぎない? その口紅も赤すぎるような気が……。でも、私が抗議できるわけもなく、お梅さんは手際よく私の化粧を終わらせる。
「さあ、小姫様、行きまするよ。もう、お婿殿をずいぶんとお待たせしておりますから」
客間に入ると、中学生ぐらいの凛々しい若武者があぐらをかいて座っていた。
「おお、小姫殿。すっかりと元気になられたようじゃな。この秀忠、気が気ではなかったぞ」
「秀忠様、ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
私は両手をついて秀忠くんに丁寧に頭を下げた。
「いや、いや、そのように堅苦しゅうしなくてもよいぞ。そなたとワシとは夫婦の間柄であるからな」
秀忠くんは明るく私にそう言ってくれる。そうか、夫婦かあ。うん、いい響きの言葉だなあ……。
私の旦那さまの秀忠くんは爽やかな感じで、すごく好感度が高い。何より笑顔がとてもステキだ。えへへ、ちょっと好みのタイプだな……。私は、秀忠くんにみとれてしまった。
「小姫殿、どうされたかの? まだ、少し苦しいのか? 頬が少し赤うござりまするぞ」
「えっ、い、いえ。秀忠様とお会いするのが久しぶりなので、恥ずかしく思えまして……」
私はドギマギしてしまった。生前は入院してばっかりだったので、男の子と恋愛なんてしたことがなかった。だから、私には恋愛に関する免疫が全然無いのだ。
「ふははははは。小姫殿はかわいらしいのう。ワシも久しゅうぶりに小姫殿に会えて嬉しいぞ。そうじゃ、そうじゃ、菓子を持ってまいったのじゃった。これは、南蛮人から買うた菓子じゃぞ。実に甘くて美味しいのじゃ」
秀忠くんがそう言うと、彼のお付きのお侍さんが、脇に置いた小箱からお菓子を取り出して、私に差し出してくれた。
「ああっ、カステラだ!」
私は思わず声を出してしまった。中が黄色くて端が茶色のそのお菓子は、洋菓子のカステラだった。この時代にもあったんだ!
「ほう、小姫殿は、かすていらを存じておったか?」
「はい、大好きです。秀忠様、有難うございます」
私は、再び秀忠くんに頭を下げた。へへへっ、カステラをお土産に持ってくるなんて、秀忠くんは女心が分かってるねえ。
私は、カステラを一切れつまむと、パクリと口にした。
モグ、モグ、モグ。うん、甘くて美味しい!
「秀忠様、とても美味しいです!」
「そうか、そうか。小姫殿は食べるさまもかわいらしいのう。まだ、もう一切れあるぞ。食べるがよい」
よし、それじゃあ、遠慮なくもう一つ。いや、この時代にも普通にお菓子があったなんて、幸せだなあ。
コホン、コホン
私の背後から二度咳払いする音がした。お梅さんだった。振り返るとお梅さんはしかめっ面をしていた。え? 私、何かしちゃいましたか?
「お梅、どうしたの?」
「小姫様。そちらの一切れは、お婿殿に召しあがっていただくべきかと存じまする」
あ、そうか。独り占めはよくないよね。いけない、いけない。私は秀忠くんの方をみる。
「秀忠様。失礼いたしました。こちらは秀忠様がお召し上がりください」
「いや、よい。小姫殿が食べてくだされ。ワシは、好いた女子が幸せそうにしておるのが見たいのじゃ」
……ええっ、す、好いたおなご? それって私のこと!? あ、うん、確かにあなたとは夫婦なのかもしれないけど、私には愛の告白を受ける心の準備ができてなかった!!
私の顔は真っ赤になってしまった。恥ずかしくて秀忠くんの方を見ることができない。
「どうした? 小姫殿、遠慮なく食べてくれればよいぞ」
「は、はい……」
私は、カステラに手を伸ばして口にする。でも、ドキドキしてしまって、味が全く分からない。何とか食べ終えると、私はおずおずと秀忠くんの方を見る。
秀忠くんは満面の笑みで私のことを見つめていてくれた。ドキンッ! 自分の心臓の音が激しく高鳴ったような気がした。そ、そうだ。お礼を言わなくては。
「ひ、秀忠様。大変美味しかったです。有難うございました」
「はははは、気に入ってくれて何よりじゃ。また、聚楽第に来るときは、小姫殿のためにかすていらを持ってまいるぞ」
「はい、有難うございます」
「それでは、これからワシは江戸に発つ。次に小姫殿に会うのは、しばらく先になるぞ」
えっ? あなたと私は夫婦なのに、なかなか会えない感じなの? それはとっても悲しいのだけれど。
「残念です。小姫はもっと秀忠様とお会いしたいです」
「ふはははは。小姫殿は本当に嬉しいことを言うてくれるな。もう五年もして小姫殿が大きゅうなれば、江戸にお迎えいたすぞ。今は、父君と一緒に江戸の町を作っておるのじゃ」
おお、江戸って東京のことだよね。そうかあ、秀忠くんは、家康と一緒に東京の町を作ってるんだ!
私も生まれ変わる前は、テレビで見た渋谷や原宿のお店で買い物をしてみたいとずっと思ってたんだ。そして、病気が治って健康になって、東京で暮らしてみたいとも思っていた。
うん、東京かあ。私にとって夢の町だったなあ。えへへ、すごくいいじゃない!
「はい、秀忠様。小姫は、とうきょ……江戸の町に行くのを楽しみにしております」
「そうか、そうか。小姫殿が来られる頃には、江戸を京に負けぬほどの、立派な町にしてみせるぞ。夢のようなことと思われるかも知れぬが、ワシはかならず成し遂げてみせるからな」
ふふふ。知っています。私が生まれ変わる前の時代では、東京の方が京都よりも都会でしたよ。
「それでは、これにて。突然来てしもうて、申し訳なかったな」
「いえ、私は、秀忠様に会えてすごく嬉しかったです」
秀忠くんはすくっと立ち上がった。私も一緒に立ち上がる。うーん、この時代の別れの挨拶ってどんなのだろう?
うーん、まったく思いつかないな。まあ、秀忠くんとは夫婦なんだから、ハグぐらいはした方がいいんだろうな。
私は秀忠くんに近づくと、両手で彼の体をギュッと抱きしめた。秀忠くんは、かなり鍛えているようで体つきもガッシリしていた。
「ど、ど、どうしたのじゃ、小姫殿。突然、ワシに甘えてこられて、一体これはどうしたことじゃ!?」
見上げると秀忠くんは目を白黒させていた。あれ? この時代では、こういうのはやっちゃダメだったのかな?
「い、いえ。秀忠様とはしばらく会えないと聞きましたので、すごく寂しく思いまして」
私がそう言うと、秀忠くんは優しく微笑んでくれた。
「そ、そうか。確かに会えないと寂しいものであるな。小姫殿、かたじけないぞ」
秀忠くんは、優しく両手で私を抱きしめ返してくれた。私と秀忠くんは、そのまましばらく部屋の中央で抱きしめ合っていたのでした。
お読みいただき有難うございます。本話は、本日に3話投稿された分の最終部分です。
続く第4話は、明日1月10日(日)朝9:00頃の投稿を予定しています。
引き続きお付き合いのほど、なにとぞよろしくお願い致します。