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第29話:困っている人は助けよう!?

 私は、大坂城・二の丸の淀の方様のお屋敷から、仮住まい中の大坂・徳川屋敷に戻って来ている。


「ああ、それにしても面倒な用事を頼まれちゃったなあ……」


 家康に対し、小西行長さんを助命するのに協力してほしいと言わなけばいけないのだ。正直なところ、全然気が進まないのだけれど、淀の方様と小西さんに押し切られてしまったので仕方がない。


 家康付きの小姓さんと話をしていたお梅さんが、私のところに戻って来る。


「お柚の方様。お屋形様は、今は奥の間にて鳥居様たちとお話をされているとのことでございます」

「ああ、そうなんだ。お屋形様は、きっとお忙しいのでしょうね」


 うん、家康のお仕事の邪魔をしてはいけないよね。家康は、今年の皐月には、なんと内大臣に昇進している。それ以来、他の大名の方々からは『内府殿』とか『江戸の内府』とか呼ばれるようになった。そんな偉い人のお時間を取らせるわけにはいかないよ。


 よし、じゃあ自分の部屋に戻って、ゆっくり和歌でも作るとしよう。


「いえ、お柚の方様のたってのお願いとのことであれば、是非会おうとのことでございます」


 ……。いや、私のような小娘に内大臣様ともあろうお方が……。別に断ってくれてもよかったのになあ。


 はぁー。私は、大きくため息をついてしまったのでした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 今、私はお梅さんと一緒に、家康の居室・奥の間の前にいる。


 小姓さんに来訪を告げると、私は奥の間に足を踏み入れた。部屋の中の上座では家康があぐらをかいて座っており、その周囲には鳥居元忠さんや井伊直政さんなどの重臣の方々が控えていた。


 私は、畳に手をつくと家康に対し深々とお辞儀をした。


「お屋形様。お忙しいところ、お時間を賜りまして、誠に有難うございます」

「お柚よ。そんなに畏まらなくてもよいぞ。今日はどうしたのじゃ?」


 家康は優しく私に声をかけてくれる。だが、頭を上げて家康の顔を見るとニコニコと笑ってはいるものの、相変わらず眼光は鋭い。


「はい、先ほどまで淀の方様のお屋敷におりまして、そこで淀の方様からお言伝(ことづて)を預かってまいりました」

「ほう、淀の方様から言伝とな。珍しいこともあるものじゃな。一体、なんじゃ」


 家康は私の方をじっと見ている。うーん、この人の前だと緊張しちゃうんだよね。秀吉の前では気楽なんだけどな。


「はい、小西行長様のことでございます」

「ほう、小西、……摂津守殿か。いや摂津守殿は、今は、大変なことになっておられるからな。お柚も聞いておるか?」

「はい。実は、私と淀の方様とお話をしているときに、小西様がその場にいらっしゃったのです」

「……ほう、小西は淀の方様のところにも行っておったのか。本当にせわしない男じゃのう」


 家康は少し驚いた様子だ。ん? 『せわしない』ってどういう意味だろう? まあ、でも、取敢えず話を続けよう。


「そこで、小西様は、『この度のこと、太閤殿下に謀りごとをするつもりはなく、太閤殿下から仰せつかったことを実現すべく、明国との取次ぎを誠心誠意、努めてきた。だが、明国との講和が不首尾に終わったことには責任を感じている。その責任を取るため、太閤殿下のために、もう一度働きたい。なにとぞこのことを太閤殿下にお伝えして欲しい』とのことでした」


 よし、ちゃんと言えたぞ。大体、こんな感じの話だったよね。私の話を聞いて、家康は目を細め少し難しい顔となった。うーん、その顔は怖いんだけど……。


「ふむ、お柚は、何か小西に借りでも負うておるのか?」

「えっ? 私が小西様に借りですか? いえ、まったくございません。強いて言えば、太閤様から頂戴した地球儀(ぐろぼ)は、元は小西様が天草から持ってきてくださったもの、ということぐらいでございます」


 うん、私個人が小西さんと特に親しいわけではないし。


「ふむ、そうか。では、ワシが助けなくとも問題はないのじゃな」

「はい。私は、淀の方様からのお言伝をお伝えした迄のことでございます」


 まあ、やっぱり、家康も秀次さん事件のことをよく知っているから、敢えて火中の栗は拾わないよね。よし、これにてお役目終了!


 私はそう思ったのだけど、家康は私の顔をまっすぐに見て話しだす。


「ふむ、しかしな、ワシは困っておる人間がおると、見捨てられぬ性分であってな。わははは。人が好すぎると、よう彦右衛門(ひこうえもん)に叱られておる」


 彦右衛門って鳥居さんのことだよね。家康の腹心中の腹心。いつも家康のことを第一に考えているおじいさんだ。でも、なんだろう。家康にお人好しのイメージはまるでないんだけど。


「此度も、小西……摂津守殿は、大層困っておられるのであろう?」

「はい。目の下にクマが黒々と浮き出ており、すさまじき形相でございました」


 私は、淀の方様のお屋敷での小西さんの容貌を思い出す。ただ、目だけはギラギラと輝いていたけど。


「ふむ、摂津守殿は優秀な男ゆえ、死に物狂いで働くならば、太閤殿下にさぞや良いご奉公ができるであろうな。まあ、太閤殿下のご機嫌次第であるが、ワシも助命の口添えをするとするかな」


 おおっ、家康は思った以上に懐の広い人だった。まあ、でも、そうか。関ケ原まであと四年しかないのだから、仲間は増やさないといけないよね。


「有難うございます。これで淀の方様にも良きご報告をすることができます」


 私は、もう一度深々と頭を下げた。


「うむ、淀の方様には丁寧にお伝えするのじゃぞ。ところで、お柚。そなたは、小西行長という男をどう見たか?」


 家康が、突然私に変なことを訊ねてきた。


「え、小西様でございますか。そうでございますね。武士としては、ずいぶんと変わったお方だと思いました」

「それは、どういうことじゃ?」

「は、はい。なんと申しますか。往生際がかなり悪いと申しますか、諦めが良くないと申しますか、やたらとしつこいと申しますか……」


 あっ、悪口みたいになっちゃったな。でも、小西さんのことを悪く言いたかったわけでもないんだけどな。


「ははははは。まあ、あやつの生まれは武士ではないからな」

「えっ、そうなのですか?」

「ほう、存ぜなかったか。あやつは、元は堺の薬問屋の次男坊じゃ。宇喜多殿にその才覚を見いだされた後、太閤殿下に引き抜かれたのよ」


 へえ、それで交渉みたいなことが好きなんだな。まあ、なんとなくわかるような気がする。


「しかしな、あやつはただの男では無いぞ。あの胆力は、並みの男とは違うておる」

「胆力でございますか?」

「そうじゃ。太閤殿下に偽りを申し続けて、それが明るみになったのじゃ。普通の男であらば、屋敷で大人しゅうしとるところであろう。それが、あやつは昨夜から大坂中を飛び回っておる。この屋敷にも二度ほど訪ねてきおった。まあ、そのときは門前払いにしてしもうたがな」

「はあ、そうでしたか」


 なるほど、まあ、確かに小西さんは普通の人とはかなり違ってるよね。


「お柚、あやつの目はどうであった? 死んでおらなんだであろう」

「はい。その通りです。お屋形様は、小西様をお見かけされたのですか?」


 あれっ? 門前払いにしたって、今、言わなかったっけ?


「いや、見ずともわかるわ。あやつはこの窮地も己の才覚と弁舌で乗り切るつもりなのであろう。それにな、お柚は先ほどあやつの往生際が悪いと申したが、おそらくそれは違うておる。あやつは己が死ぬことをまったく恐れておらぬ。ただ、この窮地を乗り切ることを楽しんでおるのじゃろう」


 へっ? あの人、そんな変な人だったの? いや、確かにつかみどころのない人なんだけど。


「まあ、そういうところは、太閤殿下のお若いときに、ちと似ておるからのう。だから、殿下も小西をかわいがっておったのであろうし、此度もひょっとすると、赦すかもしれぬな」


 ふーん。なるほど。いや、さすが徳川家康だよね。人を見る目の深さは、私なんかとは比べ物にならない。


「お柚、どうした? 急に黙り込んで」

「いえ、お屋形様のお人を見る目が素晴らしいと感心をいたしておりました」

「わははは。つまらぬ世辞を申すでないぞ」


 家康は笑いながらそう言った。今回は目の奥も少しだけ笑っているような気がした。それじゃあ、無事に用事も終わったし部屋に帰るか。


「お屋形様、有難うございました。それでは、私めはこれにて失礼を致します」

「まあ、お柚よ。待つのじゃ。そんなに慌てるな。そなたに一つ話しておかねばならぬことがある」

「えっ? お屋形様が私にですか?」


 なんだろう? 変なことじゃないといいな。


「実はな、北政所様が、ワシと加賀大納言殿の二人が隠居して、太閤殿下のお側にお仕えしてはどうかと言うてきてのう」


 あっ、千道安さんとのお茶会のときに、北政所様がおっしゃていた話だな。あの後、秀忠くんに話したときは、困ったような顔をしながら「その話はワシに任せるのじゃ。この話は他の誰にも話すでないぞ」と言われている。


「そうでございますか。そのような難しい話は、私にはわかりません」

「そなたはどう思う? ワシが隠居して秀忠に家督を譲るのがよいと思うか?」


 家康はまるで私を試すかのような口調で聞いてくる。いや、それは私が答えるようなことじゃないから。


「それは、お屋形様が、秀忠様とお話になってお決めになることと存じます。私はまったくわかりません」

「うむ、勿論、ワシが決めることであるのは間違いない。ただ、そなたがどう思うておるのか、それを聞きたいのじゃよ」


 ええ? 私の考え? 分からないって言ってるけど、それじゃ許してくれなそうだな。うーん……。まあ、多少オブラートに包みながらも、本音を話しておくか。


「私には浅はかな考えしかございませんので、馬鹿な女子が申すこととしてお聞きくださいませ」


 私は家康の顔をしっかりと見ると、慎重に話を切り出した。


「秀忠様はまだ十八歳。大変ご立派で素晴らしき方ではございますが、秀忠様ご自身も、まだまだ学ぶべきことも多いと、いつもおっしゃっておられます。家督をお譲りされるのは、秀忠様ご自身のお支度が整ってからがよろしいかと思っております」


 うん、そうだよね。関八州を治める徳川家の家督を継ぐってことは、現代で言ってみれば世界を股にかけて活躍する超巨大企業の社長になるってことだよね。いくらなんでも18歳の高校生に社長が務まるわけがない。


 そう、それに四年後には関ケ原の戦いがあるんだよ。少なくともそれまでは、戦争の経験が豊富な家康に徳川家を率いてもらわなくては。


「ふむ、お柚はそう思うておるのか。諸手を上げて、賛同するかと思うておったがのう。まだ十三だと言うのに、大人びた考えをするものじゃのう」


 ……えっ? 私の中身が成人してるってことがバレちゃった? いや、さすがにそんなことはないか。


「いえ、それはお屋形様の買いかぶりでございます。まだ、私は何も分からぬ若輩者にて」

「猫を被らずともよい。まあ、よい。ワシもまだ秀忠に家督を継ぐのはちと早いと思うておる。隠居の話はうまくごまかしておくぞ」


 家康は真面目な顔で、そう言った。うん、私もそれでいいと思います。賛成! 家督相続は関ケ原が終わってから、ゆっくりすることにしましょうよ。それじゃあ、これで私は帰ります。ふぅ、疲れた。


「それでは、お屋形様。私はこれにて――」

「いや、お袖、そなたにもう一つ話があったぞ」


 えっ? まだ、話があるの? なんだか、すごく疲れてしまったんだけど……。


「そなたが当家に輿入れしてからそろそろ丸二年となるな」

「はい。そうでございます」

「そろそろ、そなたと秀忠との間のやや子が見たいゆえ、しっかりと励むようにな。ワハハハハ」


 えっ? 励む? …………。ええええっ!? それってセクハラ発言じゃないのお!!


 自分の顔が、恥ずかしさのあまり真っ赤になっているのがわかる。もう、そんなこと、大勢の人の前で言わないでよぉっ!


「は、はい」


 でも、私は震える声で小さくそう答えるのがせいいっぱいでした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、その日の晩。私は、秀忠くんの御寝所にいる。私は秀忠くんに今日あった色々なことを一生懸命説明をしている。


「――、ということでございました。もう、お屋形様があのようなことをおっしゃられて、本当に恥ずかしかったです」


 秀忠くんは私の顔を見て優しく微笑んでくれている。ああ、この笑顔を見ていると嫌なことも全部忘れられちゃうよ。


「小姫殿は、此度は色々と骨折りだったのじゃな」

「はい、今日は少しくたびれてしまいました」

「どれ、それならば肩でも揉んでやろう」


 秀忠くんは私の背中に回ると、両手で優しく私の肩をもみほぐしてくれる。


「あっ、そこが気持ちいいです。ん、んっ、本当に気持ちいいですぅ……」


 秀忠くんのマッサージは本当に気持ちがいい。今日は色々と気を張ることが多かったので、肩がすごく凝ってしまっている。でも、秀忠くんの手の動きが止まってしまった。


「あの? 秀忠様、どうされましたか?」

「いや、小姫殿がそのように艶めかしい声を出されるとじゃな、ワシの心が落ち着かなくなってしまうのじゃ」


 えっ? ……あ、いや、ちょっと、そんなことを言われると、恥ずかしい……。あ、でも、恥ずかしがっている場合ではないのかも。


「あの、秀忠様、えーと、その、私の柿はもう熟しております……」


 私は小声でささやくようにそう言った。ああ、自分の顔が赤くなっていくのがわかる。


「な、な、なんとな!」


 秀忠くんの顔も真っ赤になっている。


「ですので、お床入れの儀の問答の続きを……」

「う、う、うむ、あい分かった!」

 

 私と秀忠くんは、布団の上に座って、お互いに向き合った。そして、しっかりと互いの顔を見つめ合う。


「小姫殿、そなたの家には柿の木はあるかな?」

「はい、ございます」


 私は、うつむきながら、囁くような小さな声でそう答えた。秀忠くんも緊張しているのか、少し声が震えている。


「その木に、柿は良うなるのかな?」

「はい、よくなります」


 ああ、すごく緊張するよ。私は答えた後に、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「そうか、さぞや美味しいことじゃろうな。これから登って取りに行ってもよろしいかな」

「は、はい、早く登って、柿をお食べくださいませ」


 ああ、私の声も震えてしまう。


「そうか。それでは、遠慮なくいただくとしよう」


 秀忠くんは私を優しく抱きしめてくれる。私も秀忠くんをしっかりと抱きしめ返す。ああ、秀忠くんは本当に温かい。えへへっ、この人と結婚できて、私は本当に幸せだなあ……。


 そして、その晩、私と秀忠くんは、とっても仲良しになったのでした。


お読みいただき有難うございます。また、ブクマ・ご感想・ご評価・誤字報告いただいた方には重ねて御礼申し上げます。


小西行長さんが処刑されなかったのは、戦国七不思議のひとつと言ってもいいと思います。やっぱり、秀吉は小西行長のキャラクターが好きだったのでしょうね。しかし、最上の駒姫が秀次に連座して殺されて、あれだけやらかした行長が生き残るのは、理不尽の極みだと思います。


さて、次話第30話は、明後日2月10日(水)21:00過ぎの掲載を予定しています。引き続きよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 柿の木問答 興味深いですねえ。ググったら戦前の日本では広く行われてたそうな。 たしか「この世界の片隅で」でも変種があったような記憶があります。
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