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第28話:小西さんの大ウソ

 文禄五年(1596年)の長月(旧暦九月)三日。二か月前に起きた大地震の余震はかなり少なくなっていて、伏見ではあちこちで復興の工事が行われている。


 伏見では、お城を別の場所に立て直すことが決まった。元のお城の近くの木幡山という山の上が新しいお城の場所。この辺りは地盤が良いのか周囲の建物も地震の被害を全く受けていない。今はここで急ピッチでお城の建設工事が進められている。


 それまでの間、秀吉と北政所様、淀の方様、お拾い様、そしてその他の側室の方々は、みんな大坂城で仮住まいをしている。皆さん、伏見と大坂を行ったり来たりで忙しそうだ。


 私が住んでいる伏見の徳川屋敷は、地震の被害はほとんど無かったのだけれど、今後の地震に備えて建物の柱の筋交いを増やす工事をすることになった。そのため、秀忠くんと私も、先月から大坂の徳川屋敷に仮住まいしている。でも、私たちは来月には伏見に戻る予定だ。


 私が大坂に着いてすぐの頃に、淀の方様より遊びに来ないかというお誘いを受けた。ただ、お互いに忙しく、なかなか予定が合わない。ようやく今日になって、大坂城・二の丸の淀の方様のお屋敷にお伺いすることができた。


「おちめ、あしょんでたもれ」

「おお、お拾い様。わかりました」


 お拾い様が、お人形を二つ持って私の傍にやって来る。私は一つを受け取ると、お拾い様と人形を使っておままごと遊びに興じる。


「エイ、ヤア、へーんしん! ごはんを食べない悪い子は、菩薩に変わってお仕置きよ!」

「キャッ、キャッ、キャッ。おちめ、おもちろい!」


 今、淀の方様がいらっしゃらないので、少し調子に乗ってお拾い様にサービスをしてあげた。こういう時に、生まれ変わる前に年の離れた従妹たちと遊んだ経験が活きている。お拾い様はすごく喜んでくれている。


 そのまま一刻(約三十分間)ぐらいお拾い様と二人で遊んでいただろうか、淀の方様がやっとお部屋にお戻りになられた。


「小姫よ、待たせたのう」

「いえ、お拾い様と大変楽しいひとときを過ごさせていただきました」


 私は、すまし顔で微笑んだ。実際、小さい子供と遊ぶのは大好きなのだ。


「かかちゃま、おちめ、おもちろい。おひろ、おちめがちゅき」


 お拾い様は、数えで四歳。舌ったらずな口調が可愛らしい。


「あら、お拾いは、小姫とたんと遊んでもろうたのか。それはよかったのう。それでは、少し向こうのお部屋で、みたらし団子でもたべてまいれ」

「……みたらち? たべる! たべる! おちめ、あとであそぶじょ!」


 お拾い様は私に手を振ると、侍女に手をひかれて隣の部屋へと移動した。


「しかし、ほんにお拾いは小姫になついておるのう」

「はい。大変、光栄です」

「本当に助かるのう。じゃが、せっかく来てくれたのに、わらわが相手をできずにすまなかったな」

「いえ、淀の方様はお忙しいそうでございますし、仕方ありません」


 私は、微笑みながらそう言った。実は、今、大坂城の秀吉のもとに明国と朝鮮国の講和使節団が訪れていて、大坂は何かと忙しい状況なのだ。


 一昨日には大坂城の大広間で秀吉と使節団との謁見の儀があり、昨夜は、秀吉と諸大名たちにより使節団を歓迎するための宴が開かれていた。


「まあ、昨夜は大変なことになったからなあ」

「大変なことですか? 何かあったのでございますか?」

「ああ、そうじゃ。小姫は何も聞いておらぬのか?」

「はい、昨夜は秀忠様が帰って来るのが遅うございましたので」


 昨夜の宴には、徳川家からは、家康と秀忠くんの二人が参加していた。でも、二人からはまだ何も話を聞いていない。今朝も気づいたときには、二人ともどこかに外出していた。


「実はな、宴の場で、明の皇帝からの書状の内容が明らかになったのじゃよ。そして、それがな、大層無礼なものだったのじゃ」

「えっ、無礼なものですか?」

「そうじゃ。太閤殿下を臣下扱いした上で、日本国王に任ずるなぞという、ふざけたことが書いてあったのじゃ」


 ん? 日本の国王に任命されるんだったら、そんなに悪い話じゃないんじゃないのかな?


「すみません、それがなぜふざけたことになるのでしょうか?」

「当然ではないか。殿下は、明の皇帝なぞに任ぜられなくとも、この日ノ本の天下人じゃからな」

「はあ……」


 うーん、よくわからないかも……。でも、言われてみれば、自分の国の王様になるのに、外国の人に決めてもらうのというのは、不自然なことかもしれない。


「まあ、それで、使節団を問いただしたのじゃが、書状が無礼だっただけではなく、明国は日ノ本がが降伏したと考えておることがわかったのじゃ」

「えっ、そうなのですか?」


 うーん、それは変かも。朝鮮に行っていた人たちは、兵糧不足で逃げ帰ってきたけど、別に戦に負けたわけじゃないと聞いてるし。


「そうじゃ。その一方でな、殿下は明国の使節は、殿下に降伏するために参ったと思っておったようじゃ」


 えっ? それも変だよね。なんで、明国が降伏するなんて思ったの?


「なぜ、太閤様はそうお思いになったのでしょうか?」

「小西のせいじゃよ。明国との取次ぎ役をしておった小西がウソをついておったのじゃ」

「小西行長様がですか?」


 小西さんと言えば、肥後の国の南半分を治める大名。秀吉子飼いの家臣の一人だ。今、私の部屋に飾ってある地球儀(ぐろぼ)を天草から持ってきてくれた人でもある。


「そうじゃよ。どうも明国側の取次ぎ役と共に謀りごとをしておったらしいのう。明国の取次ぎ役は明国の皇帝には、日ノ本が降伏すると伝え、小西は殿下に明国が降伏すると伝えた。それが昨夜の宴で明るみに出たのじゃ」

「えええっ!?」


 そんな無茶苦茶なことってあり得るの? その場しのぎでそんなことをやっても、後でバレちゃうのは当たり前じゃない?


「それで、昨夜、殿下は大層お怒りじゃった。宴の後にわらわの部屋に来た時も、『弥九郎の首をすぐに刎ねてやるぞ!』と息巻いておられたわ」

「はあ、そうでしたか」


 いやあ、二年前に秀吉の部屋で小西さんとあったときも、どこか信用できない人だなあと感じたけど、実際にすごいことをやらかしていたんだ。


 そんなことを話していると、淀の方様の侍女さんが、襖の向こうから話しかけてきた。廊下を走ってきたのか、息を切らしている。


「はぁ、はぁ。お、奥方様、し、失礼いたしまする」

「なんじゃ、そんなに慌てて」

「は、はい、ただいま、摂津守(せっつのかみ)様が奥方様にすぐにお会いしたいと、屋敷の玄関にやってきております!」


 ん? 摂津守? それって、今、話してた小西さんのことだよね? 


「ほう、小西が来たのか。それは面白いのう。では、会うてやるとするか。ここに通すのじゃ」

「はい、畏まりました」


 侍女さんが、ドタドタと廊下を駆けていく音が聞こえた。


「淀の方様、小西様にお会いされるのですね」

「そうじゃ。首を刎ねられる前の人間が、何を言うか、聞いてみたいではないか。おほほほ」


 淀の方様はすこし意地悪そうに笑っている。彼女は美人さんだから、こういった笑いも絵になるよね。


「はあ、そうですか。それでは、小西様とのお話を邪魔してはいけませんので、私はこれにて失礼致します」

「いや、小姫。せっかくじゃから、そなたも小西の話を聞いていくとよいぞ。よい土産話になるかもしれぬからな」

「はあ……」


 そうかもしれませんけど……。まあ、でも、確かに興味がないと言えば嘘になる。それじゃあ、聞いていくとするか。


 すぐに小西さんが部屋の中に案内されてきた。おそらく昨夜は一睡もしていないのだろう。目の下には黒々としたクマが浮き出ている。でも、小西さんの目はギラギラと鋭く光っていた。


「淀の方様、本日はご機嫌麗しゅうたてまつりまする。突然のご無礼、大変申し訳ございませぬ」


 小西さんは、深々と頭を下げた。そんな小西さんのことを、淀の方様は意地悪そうに微笑みながら見ている。


「ほう、小西様は、まだ首が繋がっておったのじゃな。わらわは、てっきり、大川の河原に晒されておるのかと思うておったぞ」


 淀の方様がそう言うと、小西さんは慌てて頭を上げた。


「い、いや。あれは太閤殿下の誤解でござりまする。それがしは、太閤殿下の仰せのままに明国との取次ぎをしておりました」

「ほう、そうなのか。殿下は、『弥九郎に諮られたわ。飼い犬に手をかまれるとはこのことよ。絶対に許しはせぬ!』と大層お怒りじゃった」

「いえ、それがしが、殿下になにかを謀ることなぞ、あろうはずがございませぬ。天に誓うて、間違いございませぬ」

「天に誓うて、と申されたが、そなたは伴天連(ばてれん)門徒ではござらぬか。誓う相手が違うであろう」


 淀の方様は、意地悪く微笑みながら、まるで猫がネズミをいたぶるかのように、小西さんをイジメている。淀の方様って怖い人だったんだなあ。私にはいつも優しいから知らなかった。


「はっ、そ、それでは、天におわします神に誓いまする。それがしは、殿下のためを思うて、誠心誠意、明国との取次ぎに努めてまいりました。一切のウソ偽りはございませぬ」

「ほう、それでは、なぜ昨夜のような事態となったのじゃ?」


 そう淀の方様に問われると、小西さんは鬼気迫るような形相で弁明を始めた。


「ははっ、太閤殿下は、それがしに、『明国からミカドのもとに皇女を嫁がせよ』と申しつけられました。明国では、皇女を嫁がせる先は臣下の国と決まっておりまする。つまり、明国に皇女が欲しいと伝えるということは、臣下の国になりたいと言うことと、まさに同じことなのでござりまする」


 へえ、そういうことなんだ。面白いかも。外国って日本とは違うルールで動いてるんだね。日本だったら敵国に嫁ぐ姫君は、人質みたいなものなのに。


「ほう、なるほどな。それゆえ、明国は日ノ本が降伏してきたと思うたということじゃな」

「はっ、その通りでござりまする」

「されど、殿下が講和の条件としたのは、明国の皇女の件だけではなかろう」


 淀の方様の追求は、止まる様子が無い。相変わらず意地悪そうな笑みを浮かべながら、小西さんを詰問する。


「はっ、その通りでございまする。しかし、殿下がご希望された交易については、ちと難しゅうござりました。明国では、()つ国と交易をいたすときは、一を貰うたら十を返す、そのようなしきたりで行っておりまする。しかるに、明国は、戦さが続いたせいでちと窮乏いたしておりまして、今すぐにそのような交易が行えぬのでございます。よって、日ノ本との交易は、明国の御蔵に余裕ができた後に、行うことになりまする」


 小西さんはペラペラと流暢に説明をする。私にとっても、初めて知ることなので、実に勉強になる。


「なるほどな。しかし、朝鮮国のなんとかという土地も殿下は希望しておられたのじゃろう?」


 淀の方様は、さらに小西さんを問い詰めていく。意地悪そうな笑みはいつの間にか消えている。


「それは、それがしが存じ上げぬことでございまする。それがしの役目は、あくまで明国との取次ぎ。明国も、朝鮮のことは朝鮮の王と交渉せよ、という立場でござります。此度の朝鮮の使いが、申し出たことについては、それがしの知らぬことゆえ、何の責任もござりませぬ」


 小西さんは、必死の形相ながら、立て板に水のごとくペラペラと弁明を続ける。この人、ただの薄っぺらい人じゃなかったんだなあ。


「ふむ、なるほど。そなたにも言い分があるということじゃな。しかし、残念じゃな。殿下は、もうそなたの言うことを聞かぬであろう。思えばそなたとは長い付き合いであったな。極楽では達者に暮らすのじゃぞ」


 淀の方様は、そう言うと立ち上がろうと腰を浮かせた。


「よ、淀の方様、殺生なことをおっしゃられないでくださりませ。なにとぞ、なにとぞ、太閤殿下にお口添えを」


 小西さんはすがるような目つきで淀の方様の顔を見ている。そして、ペラペラとしゃべり続ける。


「いや、それがしの命は、すでに殿下に捧げておりまするゆえ、いかに扱おうと殿下の御勝手ではござりまする。しかも、今回は不幸な誤解が元とはゆえ、確かに明国との講和が不首尾と相成ったことには、それがしにも責めらるるべきところはござります。ですが、せめて、せめて、この身をもう一働き、殿下のために働かせて欲しい、そう申しておったとお伝えくださらぬか。淀の方様、なにとぞ、なにとぞ。平に、平にお願い奉りもうしまする」


 小西さんは、おでこを畳にこすりつけながら、淀の方様にひたすら懇願している。


「ふむ、どうしたものかのう。小姫、そなたはどう思う?」


 淀の方様は、突然私に話を振ってきた。えっ? いや、そんな風に私に聞かれても困るのですが。


「これは、小姫様、いやお柚の方様、ご挨拶が遅れ大変ご無礼を仕りました。今、淀の方様にご説明申し上げた通りでございまする。それがしは、己の命が惜しいのではけっしてござりませぬ。殿下へのご奉公を全うできぬのが、ただただ口惜しいのでござりまする。この小西行長、このままでは死んでも死に切れませぬ」


 小西さんは、私にも必死にアピールしてきた。ええっ、でも、そんなことを私に言われても困るんだけどな。


 まあ、でもさ、秀吉は、甥の秀次さんだって許さなかったんだから、小西さんを許すことなんてあり得ないんじゃないかな。それに、下手に小西さんをかばって、私がとばっちりを受けるわけにもいかないし。もし、そんなことになったら、秀忠くんに迷惑がかかっちゃう。


 まあ、小西さんには、グロボを持ってきてもらった恩はあるけど。でも、無理なものは無理だし、ごめんね。


「そうは言われましても、私には何も思い浮かびません。小西様には、色々とお世話になったのに、こんなことになってしまって、大変残念に思います」


 とりあえず困った顔をして、私はそう答えた。それを聞き、淀の方様も大きく頷いている。


「まあ、そうじゃな。ということでじゃ、小西様。ここは武士らしくきっぱりと諦めるしかないな。殿下へのご奉公は、極楽浄土でしっかりといたすのじゃぞ」

「淀の方様、そこをなにとぞ、なにとぞ。お慈悲でございます。いや、本当にそこをなんとか。それがしに、それがしに今一度のご猶予をお与えくだされ。お慈悲でございます。なにとぞ、なにとぞ」


 小西さんは、畳におでこを何度もこすりつけていて、とても武士とは思えないほどの往生際の悪さだった。私は少しあきれてしまった。


 その後も、淀の方様に土下座をしたまま、粘り続けた。そのうちに淀の方様も小西さんの相手をするのに疲れてきたようだ。


「ほんにしつこい男じゃのう。まあ、そなたには、色々と世話にもなっておったからのう。それでは、次に殿下がわらわの寝所に来た時に、それとなく申してみようかのう。それでよいな。しかし、上手くいかなんでも、わらわのことをけっして恨むでないぞ」


 淀の方様は肩をすくめると憐れむような視線を小西さんに送りながらそう言った。


「ははーっ、大変有難き幸せにござりまする。このご恩はけっして忘れませぬ。この小西行長、七代生まれ変わっても、淀の方様をお守りいたすと、天にまします神に誓いまする」


 小西さんは、淀の方様に勢いよく平伏した。小西さんの粘り勝ちというところなのだろう。淀の方様は困ったような顔をして私の方を見ている。こういう往生際の悪い人って困りますよね。同情します。


 私がこくりと頷くと、淀の方様が突然私に話し出す。


「そうじゃ、小姫」

「は、はい、なんでございますか」

「そなたからも、内府殿に話をしてもらえぬかのう。小西様が、殿下の為にもうひと働きしたいと申しておると」


 えっ? 内府殿って、私が家康に話をするの? それは無理ですよお。私は家康とはまだ、それほど打ち解けていないんです。


「し、しか――」

「お柚の方様。大変、有難き幸せにござりまする。何卒、内府殿に、この小西行長が、太閤殿下に今一度ご奉公したいと申しておったとお伝えくだされ。いや、小西行長、このご恩は一生忘れませぬぞ。ははぁーっ」


 小西さんは私の言葉を遮ると、今度は私に向かって土下座をしてきた。いや、本当に困るんだけど……。


 でも、結局、私は淀の方様と小西さんに押し切られて、家康に話だけはしてみると言わされてしまったのでした。


お読みいただき有難うございます。


後半は、小西行長劇場でした。私は戦国時代の人物の中では彼のことが一番好きです。

交渉術・計数能力・語学力、明らかに才能は文官向きに特化しているように見えるのに、戦になったら天才的な戦術能力を発揮する。まるでチート主人公みたいですよね。

Wikipediaには1607年に彼を主人公とする音楽劇がイタリアのジェノバで作られたと書いてあります。内容が気になってしまいます。


さて、次話第29話は、明後日2月8日(月)21:00頃の掲載を予定しています。引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 小西行長は屁理屈に長けた典型的な売国奴だと思います。 屁理屈で、問題を先送りして、問題をより大きくしてしまい、ひどく破裂して、悲劇を大きなものにしてしまいますから。 まさに、今の日本で…
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