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第21話:初めて二人で迎える朝

 チュン、チュン、チュン、チュン


 遠くから雀の鳴き声が聞こえてくる。ああ、朝が来たんだな。私は、ゆっくりと目を開ける。


 ん? 朝なのに少し薄暗い。それに、天井がやけに近い。あれっ、よく見ると天井じゃないや。じゃあ、ここは……。


「おう、小姫殿、お目覚めかな」


 耳元で聞き心地の良い声がする。ああ、私の旦那さまの秀忠くんの声だ。そうか、私は、昨日徳川家にお輿入れしたんだった。


 ここは、秀忠くんの寝室にある天蓋付きの御帳の中だった。そうか、薄暗かったのは簾が降りていたからだ。


「秀忠様、お早うございます。起きていらしたのですね」


 私は、秀忠くんの方を向くとそう言った。私の寝顔、変じゃなかったか、と少し心配になる。


「いや、ワシも今ちょうど目が覚めたところじゃよ」


 秀忠くんは、寝そべりながら、さわやかに微笑んでいる。優しくてカッコ良くて最高に素敵な笑顔だ。見ているだけで私の顔は赤らんでしまう。


「小姫殿は、昨日はすぐに寝てしもうたのう」

「えっ? 秀忠様は御眠りになれなかったのですか」

「はははは、小姫殿が隣で寝ていると思うと、気が昂ってしもうてな。なかなか、寝入れなんだわ」


 ああっ、秀忠くんが眠るのを邪魔しちゃったのか。それは、申し訳ないことをしてしまった。私は身を起こし、布団の上に正座する。


「秀忠様、大変申し訳ございませした。それでは、今宵からは別々に寝ることに」


 私は、頭を下げながらそう言った。秀忠くんは慌てて身を起こす。


「小姫殿、そんなに殺生なことを言わんでくれ。ワシは、そなたと一緒におれて幸せなのじゃから。添い寝するだけで構わぬから、今宵もよろしくお願いいたすぞ」


 そして、私の肩を優しく抱きながら、そう言ってくれた。


「はい!」


 私は明るく返事した。えへへへ。こちらこそよろしくお願いいたします。そんな風に言ってもらえると、とても嬉しいな。


 あっ、でも、私は覚悟はできているので、添い寝だけじゃなくても別にいいんだからね。まあ、もう少し体が成長するまで待ってもらえたのなら、そちらの方がなお良いのだけど。


「まあ、小姫殿とは、これからもなかなか会えぬからのう。伏見におるときは、できるだけ一緒にいたいのじゃよ」

「え? どういうことでございますか?」


 私は思わず秀忠くんの顔をじっと見てしまう。今、おかしなことを言わなかった?


「いや、ワシは父上と共に、江戸の城と街を作っておる最中じゃからのう。なかなか長く江戸を離れるわけにはいかぬのよ」


 ええええっ!? それは聞いてないよ。お輿入れをしたら、秀忠くんと一緒に暮らせるんじゃなかったの!!


「ん、小姫殿。どうされたかな? 口を尖らせて」

「秀忠様と一緒に暮らせないなんて聞いておりません。秀忠様が江戸に住むのであれば、私もご一緒に江戸で暮らしたいです」


 私は秀忠くんの顔をじっと見つめたまま、アピールした。せっかく結婚したのに別居じゃ寂しいじゃないですか。


「まあな、ワシもそうしたいのは、やまやまなのじゃよ。じゃがな、北政所様が輿入れした後も、小姫殿は伏見屋敷に住まわせねばならん、とおっしゃっておられるのじゃ」


 えええ!? 北政所様、それは酷いですよぉ! せっかく秀忠くんとずっと一緒に暮らせるようになったと思っていたのに……。


「まあ、太閤殿下と北政所様の許しを得たら、小姫殿を江戸に迎えようと思っておる。それまで、しばしの間、この伏見屋敷で待っていてくれぬかのう」

「……はい」


 あーあ。残念だなあ。でも、もうしばらく我慢するか。それに、秀忠くんが伏見にいるときは一緒に過ごせるんだし、あまりわがままを言うわけにはいかないよね。


「おお、そうじゃ、そうじゃ。小姫殿、今日よりワシは、そなたのことをどのように呼べばいいのかのう? そなたは当家では『お(ゆず)の方』と名乗ることに決めたそうじゃの」


 秀忠くんが私にそう訊ねてきた。そうそう、昨日、「お柚」と名乗るって決めたんだった。うーん、そうだなあ。今までずっと「小姫殿」って秀忠くんに呼ばれてきたので、そのままがいいかなあ? でも、元の名前に近い「お柚」も悪くないし。


 うーん……。まあ、私じゃ決められないから、秀忠くんに決めてもらおう。


「はい、私のことは秀忠様のお好きなようにお呼びくださいませ」

「そうか、それでは、ワシは今まで通り、そなたのことを『小姫殿』と呼ぶぞ。ずっとそのように呼んできたからな。それでいいのじゃな」

「はい!」


 私は、明るくそう答えた。えへへっ。呼び名を決めてもらうって、なんだか付き合い始めた恋人同士みたいで楽しいな。


「まあ、小姫殿は、『お柚』と呼ばれるのも、好きみたいであるがな」


 秀忠くんはニヤリと笑って私の方を見ている。


「えっ? 秀忠様、どういう意味でございますか?」

「昨夜の祝言の最中、そなたはご自分のことを、(ゆず)、柚と何度も言うておったからの」

「そ、そうなのですか? 私はまったく覚えていないのです」


 式三献でお酒を飲んだ後は、本当に記憶がないんだけど……。


「ほう、そうじゃったか。ちと酔うておるように見えたが、あれは覚えておらぬほどに酔うておったのじゃな。なるほど。確かに、いつもの小姫殿とは少うし違っておったからな」


 えっ? 少し違うって、どういう意味なの? 私は何か粗相をやってしまったの!?


「あの、秀忠様、私は、何かしたのでしょうか? 本当に覚えておらず……」

「ははは、気にせずともよい。どんなこともがあっても、小姫殿はワシにとって宝玉であるからのう」


 秀忠くんは、明るく微笑みながらそう言った。いや、そう言われても、気になってしまう。


「だから、何があったのかと……」

「ははは、よいよい。いや、小姫殿は、ほんにかわいらしいのう」

「秀忠様、教えてください。ねえ。秀忠様」


 私は秀忠くんの両肩を掴んでお願いしても、秀忠君は笑っているだけで、結局何も教えてくれない。


「もう、秀忠様ったら」

「わはははは」


 秀忠君は明るく笑いながら、優しく私のことを抱きしめてくる。


 もう、ハグで黙らせようったってそうはいかないんだからね。まあ、秀忠くんは暖かいから抱きしめられると気持ちがいいけどさあ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 暫く秀忠くんと抱きしめ合っていると、大姥局様が私のことを迎えに来てくれた。私たちは、慌てて距離を取る。


「それでは、秀忠様。これからもなにとぞよろしくお願いいたします」

「うむ、小姫殿。今宵も待っておるからな」

「はい!」


 秀忠くんとしばしの別れの挨拶をすると、私は大姥局様に案内されて御寝所を出て長い廊下を歩いていく。


「お柚の方様、こちらでございます」


 案内されたのは、新品の畳が敷かれた広い和室。わあ、伏見城・奥御殿にあった私のお部屋の三倍以上の広さだよ。


「あの、こちらが私の部屋ですか?」

「そうでございますよ。昨夜(ゆうべ)もこちらのお部屋でお召し代えをなされましたでしょう。覚えてはおられませんか?」

「えっ、ああ、そ、そうでした。そうでした」


 いやあ、実は覚えていないんです。この部屋に一度来て、お着替えをしたんですね。


 部屋の中では、私の侍女のお梅さんが座って待っていてくれた。私のことを見ると立ち上がって、傍に来てくれる。


「小姫さ、いえ、お柚の方様。お疲れさまでございました。お体は大丈夫でございますか?」


 お梅さんはとても心配そうに私のことを見ている。


「ええ、大丈夫よ」


 私は、お梅さんを安心させようと、はっきりとそう言った。まあ、実際によく寝れたので気分爽快だし。


「そうですか。ああ、大姥様も大変有難うございました。後は、私がお柚の方様のお世話をいたしますので」

「では、お梅殿、暫しの間よろしく頼みます。また、後ほど迎えに参ります」


 大姥局様は丁寧に一礼をすると、私の部屋から出て行った。お梅さんがほっと一息をつく。


「お柚の方様、本当に大丈夫でございますか? 体が痛いとか、気分が悪いとかございませんか?」


 相変わらず、お梅さんは私のことを心配そうに見ている。なんで、そんなに心配そうなのだろう。


「ええ、昨夜はよく眠れたし、今の気分もすごく爽快よ」

「そうでございましたか。それは何よりでございます。しかし、昨夜は大変でございましたね」


 えっ? 昨夜は大変って、やっぱり記憶がなかったときに、私は何か大変なことをしていたのか……。ああ、お輿入れ初日からヤバいことに……。


 でも、私は何をやったんだろう? 勇気を出して聞かなくちゃ。


「そ、そうだったの。でも、昨夜は何があったんだっけ。私、実はよく覚えていなくて」


 私は、上目遣いにお梅さんの方を見ながら慎重に聞いてみた。すると、お梅さんの表情が一変する。


「え、小姫さ……、お柚の方様は、覚えておられぬのですか。ああ、それほど、お酷い目に……。なんとなげかわしや……」


 お梅さんは、とても悲しそうな顔になり、うつむいてしまった。ああ、私は酔って相当やらかしてしまったのか……、ん? でも、何かが違う気も……。


「お梅、今、言った『お酷い目』ってなんのこと?」

「ええ、昨夜のお床入りでございますよ。なんでも、秀忠様は大層ご興奮されたとのことで、止まらなくなってしまったと聞きもうした。秀忠様は、まだお若いので仕方が無いのかもしれませぬが、お柚の方様もまだ十一。体も大人にはなっておらず、ご無理をされたのではないかと……」


 ん? すごく変なことを言ってない? ……ああ、なるほど、秀忠くんが考えたウソのお話のことか。


「ああ、大姥局様がそうおっしゃられたのよね。そうよね、そういう話だった」


 あっ、でも、やっぱりこれじゃあ、秀忠くんが誤解されて、可哀そう過ぎるかも。うん、このままじゃダメだよね。よし、秀忠くんの名誉回復だ!


「お梅、秀忠様は、男の中の男。日本男児の鑑のような方です。か弱きものに無理なことは絶対になさいませぬ。昨夜は大層お優しく扱っていただきました」


 私はきっぱりとそう言った。秀忠くんは素晴らしい人なんだからね!


「えっ? お優しく? それでは昨夜は上手くいかれたのでございますか?」

「え? 上手く? 上手くというか、なんというか、まあ、取敢えず大丈夫でした」

「ああ、それは、それは。では、ひょっとすると、やや子ができるかもしれませぬな!」


 えっ? やや子って赤ちゃんのことだよね。いや、赤ちゃんができるようなことまでは、未だしていないから。


「おお、これは楽しみじゃ、楽しみじゃ。秀忠様と小姫様とのやや子であらば、たいそう可愛いでしょうに。ああ、ほんに夢のようじゃ」

「あ、あのお、お梅、……」


 私が話しかけてもお梅さんはうっとりとした表情で天井を見つめている。うーん、誤解をさせちゃった。赤ちゃんができるのはもう少し先になると思うので、まあ、気長に待っていてください。


 そんなことより、今日はお輿入れの二日目。いよいよ、将来の天下人、徳川家康とのご対面だ。聚楽第や大坂城で遠くにいるのは見たことがあるけど、直接話すのはこれが初めてだ。うん、緊張しちゃうなあ。


 私は、義理の父となる家康との初顔合わせを前に、ブルブルと武者震いをしたのでした。


お読みいただき有難うございます。ご感想・ブクマ・ご評価・誤字報告いただいた方には重ねて御礼申し上げます。まだまだ頑張ります!


次話第22話は、明日1月26日(火)21:00頃の掲載を予定しています。引き続きよろしくお願いいたします。

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