表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/72

第20話:新婚初夜の青い柿!

 私が徳川家にお輿入れした当日。私が酔って記憶をなくしている間に、夜中になってしまっていた。今、私は待上臈の大姥局様に案内されて、秀忠くんの御寝所の中にいる。うん、今、私の胸はドキドキしてるんだ。


「小姫殿、祝言の儀の折は中途から体調がすぐれぬ様子であったが、大丈夫であるか?」


 秀忠くんは、心配げに私にそう訊ねてくれる。


「は、はい。もう大丈夫です」


 えっと、記憶がない時に私は粗相してないよね? 大丈夫だったよね? ああ、聞きたいけど聞けないよお……。


「そうか、それはよかった。それではな、余り皆を待たせてはうまくなかろうから、早速に始めるとするかな」

「えっ?」


 皆を待たせるってどういう意味だろう? というか、早速に始めるって……やっぱり、そういう意味だよね。ごくりと私は唾を飲み込んでしまった。


 小姫としての私はまだ十一歳。まだ生理も来ていないお子様だ。現代の日本だったら、こんな私を相手にすることは、犯罪行為となるだろう。でも、この時代の大名の間の縁談では、もっと早くにお輿入れしている話もよく聞く。十一歳の花嫁も、少し早いね、と思われるぐらいで、異常なことでもなんでもない。


 ましてや、私は生まれ変わる前は十八歳。小姫になってからはほぼ三年だから、中身は二十一歳の大人なんだ。むしろ、秀忠くんは十六歳なんだから、ある意味、私の方が罪を犯そうとしているのかもしれない。


 うん、だ、大丈夫だ。もう覚悟はしっかりとできている。ちゃんとやり方はお梅さんに教わっている。どうすればいいか分からなくなったら、そのときは秀忠くんにお任せすればいい。


 秀忠くんは、御帳から出ると座布団の上に正座をした。その隣の座布団に私もすぐに座る。心臓の音がドンドン高鳴ってくる。うーっ、緊張しちゃうよ……。ごくり、私は、また唾を飲み込んだ。


「秀忠様。床盃(とこさかずき)でございます」

「うむ、お(うば)殿、かたじけない」


 大姥局様が秀忠くんの前に、漆塗りのお銚子と小さな盃の乗った台を置いた。これから始まるのは床盃の儀。これは、床入りの直前に行われる大切な儀式だ。うん、いよいよ始まるのよね。


 秀忠くんが台から盃を両手で取ると、大姥局様がゆっくりと冷えたお酒を盃に注ぐ。秀忠くんは、そのお酒をぐいと一息で飲み干した。そして、盃を私に渡してくれた。


「お姥殿。小姫殿は、酒に弱いようじゃからな、少しでよいぞ」

「心得ておりまする」


 大姥局さんは、私が両手で持った盃に少しだけお酒を注いでくれた。さっきもこのぐらいで良かったんだけどな。私はお酒を飲み干すと、盃を秀忠くんに返す。そして、秀忠くんがもう一度お酒を飲んで、床盃の儀は終了だ。


 そして、いよいよ、床入りだ……。ちょっと緊張して体が震えてきてしまう。自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。大丈夫、大丈夫。結婚してる人は、みんなやってることなんだから。


 大姥局様が、水の入ったたらいを持ってきてくれる。水中には、穂長(ほなが)と呼ばれる縁起の良いシダの葉っぱと綺麗な青い石が三つ沈められていた。私と秀忠くんは、そのたらいの水で丁寧に手を洗った。


 そして、私の方から御帳の中の布団に移動する。すぐに秀忠くんが後を追ってくれる。そして、二人は布団の上に座って、お互いに向き合った。


 うん、この次は問答だよね。これもしっかりと練習したから大丈夫だよ。よし、頑張ろう。私は秀忠くんの顔をまっすぐに見つめた。秀忠くんも、私をまっすぐに見てくれていた。


 ああ、やっぱり素敵な人だなあ。今日、私は本当の意味であなたの妻になります。どうぞよろしくお願いいたします。


 そして、床入れをするための形式的な問答が始まった。


「小姫殿、そなたの家には柿の木はあるかな?」

「ございます」


 私は、うつむきながら、小さな声でそう答えた。ここは貞淑そうに振舞うのがしきたりなのだ。


「その木に、柿は良うなるのかな?」

「はい、よくなります」


 私はさらに答える。この問答における「柿」とは私自身のことを例えている。そして、この問答の最後の「柿をお食べくださいませ」という言葉が、この床入れを私が承諾したことを意味するのだ。そして、その後は……。


「そうか、さぞや美味しいことじゃろうな。これから登ってすぐに取りたいところじゃが、その柿はまだまだ青柿なのじゃろう」

「えっ!?」


 秀忠くんのセリフは練習とは違っていた。青柿ってどういうこと? 私のことだよね?


「あ、あの秀忠様、どういう意味でございますか? 柿は、秀忠様にお食べいただきたいのですが」

「はははは。しかし、まだ少し早かろう。小姫殿、無理をしてはいかぬぞ」


 秀忠くんは、明るく笑ってくれている。やっぱり素敵な笑顔だ。だから、私はあなたの妻になりたいのに。


「無理はしておりません。きちんと覚悟はできておりますし、しっかりと学んでも来ております」

「しかしな、まだ小姫殿は十一じゃ。ワシは、無理をして小姫殿につらい思いをさせるのが嫌なのじゃ」

「でも、でも、私は秀忠様の……」


 あっ、やばい。目に涙が浮かんできてしまう。いや、確かに私もちょっと早いんじゃないかな、とは内心思っていたけど。でも、しっかりと覚悟を決めてお輿入れにきたんだ。やるべきことをやらなくちゃ。


「はははは。ワシはな、好いた女子(おなご)に嫌われとうないのじゃよ。小姫殿は、三河の田舎侍のワシにとっては、眩きばかりの宝玉のように見えもうす。ワシはそなたをずっと大切にしていきたいと思うておる。そのためなら、もう少し待つことなど何の問題も無いわ」


 秀忠くんは明るく微笑んでそう言ってくれる。その気持ちはとても嬉しいのだけど……。


「でも、私は、何をされても秀忠様のことをお嫌いになることなどありません」

「うむ、嬉しいことを言ってくれるな。小姫殿、では、そなたのことを抱きしめてもよろしいかな」

「はい、もちろんです」


 そして、私と秀忠くんはお互いをしっかりと抱きしめ合った。秀忠くんの体温が伝わってくる。ああ、秀忠くんは身も心も温かい人なんだ。


「小姫殿。ワシは、しばらくはこれだけで構わぬ。柿は、もう少し熟してからゆっくりと味わうことにしよう」


 秀忠くんの意志の強さが伝わってくる。ああ、この人は本当に私のことを大事にしようとしてくれるんだ。ああ、本当に幸せだなあ。


「小姫殿、それでよいな?」

「はい、秀忠様。機が熟したときには、是非この柿をご賞味くださいませ」


 私と秀忠くんは、布団の上でもう一度互いの身をぎゅっと抱きしめ合ったのでした。


 ……そのとき、コホン、と咳払いのような音がした。


 音がした方を見ると大姥局様が真面目な顔をして座布団の上に座っていた。ええっ!? ずっとそこにいたの? 


「どうした、お姥様?」

「秀忠様、それで皆様には、今宵のお床入れのことをいかがお伝えいたしましょうか?」


 大姥局様は真剣な口調でそう秀忠くんに聞いている。えっと、お伝えって……つまり、大姥局様は報告係もするってことなの? あっ、じゃあ、さっき秀忠くんが言った「皆を待たせる」って、報告のことだったんだ。


「うむ、そうじゃな。皆には、ワシの気がはやりすぎて、失敗してしもうたとでも伝えてくれぬか」

「あらっ、御失敗でございまするか?」

「ああ、そうじゃ、そうじゃ。さぞや、皆の良い酒の肴になろうな。わははははっ」


 秀忠くんはそう言うと大きな声で明るく笑いだした。うーん、秀忠くんが笑いものになるのは、あまり嬉しくないんだけどなあ……。


「畏まりました。そのようにお伝えいたします。秀忠様、お柚の方様、本日は、お床入れの儀、誠にお疲れ様でござりました」


 大姥局様は、両手をついて深々と頭を下げると、ご寝所から出て行った。大姥局様もお疲れさまでございました。私は大姥局様の後姿に一礼をした。


 秀忠くんの方を見ると大きく背伸びをしながら欠伸をしていた。秀忠くんもお疲れなのかな。


「それでは、もう遅い時間よのう。小姫殿もさぞ疲れたことであろう。それでは寝るとするかな」


 えっと、今はナニはしないけど、私はここに泊って行ってもいいんだよね。うん、じゃあ私たちは夫婦だから、掛け布団の代わりとして、お互いの上着を交換して掛け合おう。これが夫婦のしきたりだからね。


「あの、秀忠様。今宵は、私の打掛をお使いください」

「おお、小姫殿、かたじけない。じゃがな、今宵はこれを使おうと思うておるのじゃ」


 秀忠くんは、御帳の脇に掛かっている大きな衣服を持ってきた。中に木綿が入っているのだろう。もこもこと膨らんでいて暖かそうだ。でも……これって秀忠くん用には大き過ぎない? お相撲さんが着るぐらいのサイズだよ。


「ふはははは。これは特別に仕立てた夜着(よぎ)なのじゃよ。小姫殿、布団の上で横になられい」


 えっ? どういうこと? 私は戸惑いながらも、布団の上で寝転がった。秀忠くんは私の上に、特別仕立ての夜着を掛けてくれた。うん、すごく温かいけど、でも私一人には大き過ぎるんだけど。


「あの、秀忠様。とても暖かいのですが、私にはかなり大きく思うのですが」

「ふはははは。これは小姫殿、一人の為ではござらん。ワシと小姫殿の二人用なのじゃよ」


 秀忠くんはそう言うと、夜着の中に入って来た。おお、確かに二人用だとするとちょうどいい大きさだ!


「秀忠様。これは素晴らしいものですね。二人にぴったりと合っております。それに二人で入ると、とても温かいです」

「はははは、そうであろう、そうであろう」

「秀忠様。有難うございます。私は、大変幸せでございます」


 夜着の中で、秀忠くんの肌の温もりがより直接に伝わってくる。この人は私の旦那さまで、世界で一番私のことを大切にしてくれる人。そして、私が世界で一番好きな人。ああ、私は本当になんて幸せなんだろう。


 私は、秀忠くんの温もりと幸せな気持ちに包まれながら、ゆっくりと眠りについたのでした。

本作をお読みいただき有難うございます。また、ご感想・ブクマ・ご評価・誤字報告いただけた方々には重ねて御礼申し上げます。執筆継続の大変大きな励みとなっております。


秀忠くんのスパダリぶりが表れた回でした。(昔の作品の感想欄で、読者の方から「スパダリですね」と主人公を褒められたことがあるのですが、そのときは何のことか分からず「スパダリ」をGoogleで検索したのは、今となっては良い思い出です)


次話第21話は、明日1月25日(月)21:00過ぎを予定しています。引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ