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第2話:父上様は追放中なの!?

 現代で病死してしまった私、折田柚葉(おりたゆずは)は、なぜだか知らないけれど、豊臣家の小姫(おひめ)様という名前の姫君に生まれ変わってしまった。

 秀吉の正妻の北政所(きたのまんどころ)様が今の私のお母さん。でも、彼女は私の本当の母親ではないみたいだ。ちょっと複雑なご家庭なのかな?


 やがて、北政所様は、ご用事があると言って、自分の部屋に戻っていた。私の部屋には梅という名前のおばさんが残される。どうやら、このおばさんは私の侍女さんだったみたいだ。


「えーと、梅さん」

「小姫様、どうなされましたか? いつもの通り『お梅』とお呼びくださいませ」

「あ、うん、お梅。あの、えっと、よく思い出せないんだけどさ、私って豊臣家の姫なんだよね?」

「そうでございます。小姫様は、今から三年前の戊子(つちのえね)の年に豊臣家のご養女となられました」


 ああ、そうだったんだ。私は養女だったのね。なるほど、それならば話が繋がる。まあ、「()()()()()の年」というのがいつのことかなのか、まったくわからないけど。


「ねえ、お梅。それじゃあ、私の本当のお父上とお母上は誰なんだっけ?」

「ああ、おいたわしや。小姫様はお熱でそんなこともわからないようになってしまわれた……よよよ」


 お梅さんは、手を顔に当て泣きだしてしまった。


「あ、うん、ちょ、ちょっとお熱で変になっちゃったみたい。てへっ。疲れたから寝ちゃおうかな」


 私は自分の頭を自分で軽く叩くと、慌ててごまかした。


「ええ、そうでございますよ。絶対にお休みになられた方がよろしいです。昨晩まであんなに高い熱をお出しになられていたのでございますから」


 私が横になると、お梅さんが厚手の着物を私の上に掛けてくれた。どうもこの着物が掛け布団の代わりらしい。私は、軽く目を閉じて寝たふりをしたのだけど、どうやら本当に疲れていたみたいだ。私は、そのままぐっすりと眠ってしまったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日の朝。私は目覚めると大きく背伸びをした。うーん、気分爽快!


 すぐにお梅さんが私のそばにやってきて着替えを手伝ってくれる。着替える前は、私は肌着の上に白い浴衣のような和服を着ていた。確かこれは長襦袢(じゅばん)っていうやつだ。中学の家庭科の授業で習ったよ。


 今はその長襦袢の上に、きれいな着物を三枚重ね着している。一番上に着ているのは鮮やかな赤地に金色の糸で花柄が刺繍されたオシャレで豪華な着物だ。お腹に結ばれた帯は、私が知っているものよりもかなり細い。でも、これにも金色の糸が何重にも縫い付けられていて、とても素敵なデザインになっている。


 えへへへっ。今の私は、本当にお姫様なんだな。思わず顔がにやけてしまう。そんな私にお梅さんが話しかけてくる。


「小姫様、(たつ)の刻にお兄上様がいらっしゃることになりました」

「辰の刻に……お兄上様? 私の?」

「そうです。織田(おだ)家のご嫡男、秀雄(ひでかつ)様でございます」

「おだ、ひでかつ……」


 えっ? じゃあ、私の実家は織田家ってこと? それって、織田信長の織田ってことだよね。おお、すごいじゃん。私って、信長の親族で、秀吉と北政所様の養女なんだ!


「小姫様、急いで朝餉(あさげ)をご支度いたしまする。しばしの間、お待ちくださいませ」

「あ、はい。わかりました。よろしくお願いします」


 お梅さんは(ふすま)を開けて部屋から出て行った。そしてすぐに食事の乗っているお膳を持って戻って来た。


 あさごはんは、おかゆに煮豆にお漬物。味気なかった。生まれ変わる前の病院食と大差ない。でも、いいか。死ぬ直前は、この程度の食事さえも喉を通すことができなかったのだから。


 食後しばらくすると、織田秀雄さんが来たことをお梅さんが教えてくれた。


 お梅さんに案内されて客間に入ると、九歳か十歳ぐらいのかわいらしい侍姿の男の子が座っていた。落ち着かないのか体をモゾモゾとさせている。


 この子が私のお兄さんの織田秀雄(おだひでかつ)さん? もっと年上の人かと思ってたよ。えっと、兄上様と呼べばいいのかな?


「兄上様、お待たせしました」

「おお、小姫よ。すっかりよくなったのじゃな。なかなか熱が退()かぬと聞いたときは、気が休まらなんだぞ」

「はい、ご心配をおかけいたしました」


 秀雄くんは、ニコニコと笑っていて本当に嬉しそうだ。そうか、妹想いの優しいお兄さんなんだね。


 あっ、そうだ。秀雄くんにこの世界の私の両親について訊ねてみよう。でも、そんなことを聞くには、何か理由が必要だよね。うーん……。そうだ、熱のせいにしよう。


「あのぉ、兄上様。一つ教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「ん、小姫、な、なんじゃ? 遠慮なく申すがよいぞ」

「実は、私はお熱のせいで、いろんなことがわからなくなっちゃったんです」


 私がそう言うと、秀雄くんは目を大きく見開いた。すごく驚いているようだ。


「な、な、なんと。それはいたわしいことじゃ」

「はい、それで自分の両親のこともわからなくなって。よよよよ」


 私は、両手で顔を覆うと泣きまねをした。よし、ちょっと大袈裟かもしれないけど、これで悲劇のヒロインっぽく見えるよね。


「なんと、そうであったか。お前とワシの父上はじゃな、従二位(じゅにい)内大臣(ないだいじん)織田(おだ)信雄(のぶかつ)、織田家の惣領じゃぞ」

「織田家の『そうりょう』?」


 えっと、『そうりょう』って一番偉い人のことかな? そう言えば、織田信雄って名前は、聞いたことがあるような気がする。確か、信長の次男だっけ。ああ、それじゃあ、信雄が信長の後継者になってるんだ。


「そ、そうじゃ。まあ、今は暫しの間のこととして、惣領のお役目をワシが代わりにやっておるがな……」

「兄上様が『そうりょう』を代わりに?」


 えっ? どういうこと? だって、秀雄くんは、まだまだ子供だよね。


「そうじゃ。ち、父上の従二位内大臣の官位は、関白様に召し上げられてしまい、今は秋田城介(じょうのすけ)殿の預かりの身となっておられるからな。し、仕方がないのじゃ」

「ええっ、『預かりの身』ってどういうこと? あっ、ええと、それじゃあ、父上様は今はどこにおられるの?」

「父上は、秋田城介殿のご居城のある出羽(でわ)の国におられる。な、なんでも八郎潟という大きな湖の傍の屋敷に住んでおられるとのことじゃ」


 出羽って、今の秋田県のことだっけ? 八郎潟って干拓で有名なところだよね。信雄さん、そんな遠くに住んでるんだ。でも、織田家の一番偉い人だったのに、なんでそんなことになってるの?


「兄上様。父上様はなぜそのような遠くにお住まいなのですか?」

「昨年、小田原の役の後に、関白様のお怒りを買うてしもうてな。まあ、み、見せしめのようなものじゃよ。おそらくは、今は豊臣が織田よりも上であることを、世に知らしめようとしたのであろうな」


 えっ? 関白様って、豊臣秀吉のことだよね。じゃあ、お父さんは秀吉に追放されてしまったってこと? それじゃあ、私の立場ってヤバくない?


「まあ、徳川大納言(だいなごん)殿が仲介をしてくれておると聞いておる。き、きっと、そう遠くないうちに父上も赦免されることであろうな。関白様もワシのことはかわいがってくれておるし、お前も北政所様にかわいがられておるのだろう。けっして心配することは無いぞ」

「はい、わかりました」


 へえ、そうなんだ。でも、徳川大納言って誰なんだろう? 徳川って言えば、普通は家康だよね。それに大納言って、すごく偉い立場の人の感じだし、まあ、家康のことなんだろうな。 


 私が考えを巡らせている間も、秀雄くんは話し続けている。


「そ、それよりも、心配なのは母上じゃよ。母上は、今は体調を崩されておられるからな」

「えっ? そうなの?」

「ああ、そうじゃ。今は、伊予の国の道後の温泉で療養をされておられるが、あまり良い話を聞かぬな」


 ああ、そうなんだ。生まれ変わる前の私もずっと病気だったから、他人事とは思えないな。早く良くなりますように。


 秀雄くんは、私と小一時間ぐらいおしゃべりをすると帰って行った。午の刻までに関白様のところに行かなくてはいけないらしい。まだ子どもなのに大変だね。まあ、年の割には随分しっかりとしているよね。態度が少しオドオドしていたのが気になったけど。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 その次の日の昼過ぎ。私は、自分の部屋で家庭教師の先生に読み書きを習っている。生前は学校に行けないことが多く、高校は二年生に進級すらできなかった。だけど、古文と書道は苦手じゃなかったんだ。この時代の字はウネウネしていて読みにくいけど、頑張るぞ!


 私が筆と墨を相手に悪戦苦闘していると、部屋の中に侍女のお梅さんが飛び込んできた。ひどく慌てた様子だ。


「小姫様、た、た、大変です。お婿(むこ)殿が、お婿殿が突然いらっしゃいました!」


 えっ、おむこ殿? それって、どういう意味なのかな?


「ねえ、お梅、誰のお婿さんがいらっしゃったの?」

「お、小姫様、しっかりなさってくだされ。小姫様のお婿殿でございますよ。昨年、祝言(しゅうげん)をあげられたではないですか? お忘れになられましたか?」


 えええっ? 祝言ってどういうこと!? 私ってまだまだ子供のはずなのに、もう人妻だったの!?


本作をお読みいただき有難うございます。本日は3話分の投稿を予定しており、これは2話目となります。

次の第3話は、本日1月9日(土)21:00を予定しています。

本作にお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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