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第13話:誰も知らない秘密の手紙

 今は、大坂城二の丸での宴席のまっ最中。秀吉から私に対して出された謎かけに対し、どうやらとんでもないことを答えてしまったようだ。


「どうした。小姫。なにゆえに黙り込んでおるのじゃ!? (はよ)うワシをハゲネズミと呼んだ者の名を言うてみよ! 隠そうとするならば、お主といえど容赦はせぬぞ!」


 うーん、どうしよう。いや、私の実の父上、信雄さんが以前に私に送ってきた手紙にそう書いてあったし、今日の夕刻には江姫様もそう言っていた。でも、ここで二人の名前を出してもいいものだろうか?


 信雄さんをチラリと覗き見るとは、彼は肩を震わせながら下を向いていた。どうもかなりヤバイと思っているようだ。でも、秀吉の怒りの矛先を信雄さんに代えた場合、また追放なんてことになるかもしれない。


 それはダメだ。そうなれば、私の徳川家への輿入れは、ずっと先に延期になってしまうだろう。最悪の場合、秀忠くんと離縁なんてことになるかもしれない。うん、それは絶対にダメだ。


 江姫様も目を閉じてうつむいていらっしゃる。私のことをかわいがってくれている江姫様を、ここで秀吉に売るわけにもいかないよね。それこそ、恩知らずになってしまう。そうなるのは絶対にイヤ。


 どうしよう。誰か他の人のせいにしようか。例えば、豊臣秀俊くん。都合のいいことに、あの子はこの場にはいない。……いや、ダメだ、ダメだ。以前、私はあの子に「卑怯なことはやめなさい」と言ったんだ。それなのに、私自身が卑怯者になってどうするのよ。


「小姫よ、どうした? 早う申せ! ワシの言うことが聞けぬというのか!?」


 秀吉が大声ですごみ続けている。でも、なんでそんなに怒るのよ。ハゲネズミなんて、誰もが知っていることでしょう。生まれ変わる前の私も知っていたぐらいなんだし。


 ……あれっ? そう言えば、私はいつ秀吉がハゲネズミと呼ばれていることを知ったんだっけ?

 

「小姫、何を黙り込んでおるのじゃ! ええい、言うことを聞けぬというなら、よし、小姫の侍女をここに連れてまいれ!」


 えっ? お梅さんは関係ないでしょ。もう少しで思い出せそうなんだから、邪魔をしないでよ。えーと、私は、いつ、どこで、秀吉がハゲネズミって呼ばれていたことを知ったんだっけ……。


 私は目を閉じてじっくりと考えた。うーん、あれは、そんなに昔じゃなかったかも。生まれ変わる前の私が中学生だったとき? いや、それとも高校に入学してからだったかな……。えーと、えーと……。


 あっ! そうだ! 思い出した!! そう、あれは、高校の日本史の資料集だ!


 私は病気のせいで、高校には三日間しか通えなかった。でも、一年生の教科書と資料集には、病室で全部目を通していたんだ。そう、その中の日本史の資料集。安土桃山時代のページに、かなりインパクトのあることが書かれた手紙の写真と解説文が載っていた! そして、その手紙の出し主は……


「小姫よ。お前が答えぬというならば、お前の侍女がどうなるか、わかるであろうな?」

「大丈夫です。今、誰がハゲネズミと言っていたか、思い出しました!」

「何、思い出したとな。では、その無礼者は誰なのじゃ!?」


 ふふふ、思い出したよ。あの手紙の出し主は……


「信長様でございます!」

「……はああ? う、上様だと申すのか?」

「はい、その通りです。信長様が御書状の中で、太閤様のことをそう書いておられました!」


 そう、私が資料集で見たのは、信長が書いた一通の手紙だったのだ。


「小姫よ。いい加減なことを申すな。上様は、お前が生まれる前に本能寺で亡くなっておられるであろう。お前宛てに御書状なぞ出せるはずがないわ」

「いえ、私めに宛てた御書状ではございません」

「はあ? それでは、誰に宛てた御書状であると申すのじゃ?」


 秀吉は呆気にとられたような表情で私にそう訊ねてきた。ふふふ、それはね……


「北政所様でございます。信長様が北政所様に宛てた御書状の中で、はっきりとそう書いてありました」

「はあっ? 上様からおね宛の御書状だ? 小姫よ、その場しのぎの嘘をつくのも大概にせい。そんなことなど、あるわけがなかろう!」


 秀吉は私に向かってそう言った。でも、さっきと比べて怒気は少し弱まっている。よし、たたみかけるぞ。だって、これは嘘じゃないんだから。私はこの目でしっかりと資料集を読んだんだ!


 私が反論しようとしたそのときだ。秀吉の左わきにいた北政所様が秀吉に話し始める。


「お前様、小姫の申しておる通りじゃよ。あれは、お前様が長浜の城主、いや姫路の城主だったときだった頃かのう。私が安土で信長様にお前様の愚痴を散々言うた後に、信長様から直々に御書状をもろうたんだわ。その中で信長様は、お前様が私に不足を申しているのはけしからぬ! どこを探しても、私ほどの女子(おなご)をあの()()()()()は見付けることができないであろう! とはっきりと書いておられたのじゃ」

「う、上様がそんなことをお書きに……」


 秀吉は急に元気がなくなってきた。北政所様には頭が上がらないみたいだ。


「そうじゃ、そうじゃ。しかし、信長様は、お優しかったのう。その御書状でも、私の美貌が増しておるとお褒めくださっておられたわ。次から次へと若い女子にうつつを抜かすお前様とは、えらい違いじゃ」

「いや、ワシも今はそれほどではなくてな……」


 秀吉はすっかりとおとなしくなった。よし、これでピンチを切り抜けたよ。はあーっ、いやあ、危ないところだったなあ。私は、ほっと息をついた。でも、そのときだ。北政所様が私の方を見た。


「しかし、小姫。そなたは、なぜ信長様の御書状のことを知っておるのじゃ? あの御書状には『羽柴にも見せるように』と書いてあったが、私は誰にも見せず、大切に文箱(ふばこ)にしまっておったのじゃがな」


 えっ? あれは、まだ北政所様以外は誰も見ていない秘密のお手紙だったの? それは知らなかったんだけど……。


 私は困ってしまい、視線をキョロキョロさせてしまう。すると、信雄さんがしきりに目くばせをしていることに気が付いた。あれっ、私に合図を送っているの? ひょっとして、私の代わりに何かを話してくれる!? それじゃあ、信雄さんに話を振ろう。


「は、はい。実を申しますと、父上に聞いたのでございます」

「ほう、三介殿から。三介殿はどのようにして知ったのじゃ?」


 北政所様は、信雄さんにそう訊ねた。信雄さんは一度息を大きく吸うと、不敵な笑みを浮かべながら話し始めた。


「いや、実はですな。我が父の小姓であった森蘭丸から聞いておったのでございまするよ。北政所様宛の御書状にて、太閤様のことをハゲネズミと書きしるしておるとな」

「ほう、ほう、蘭丸か。確かにあの御書状も、蘭丸が私のもとに届けにきておったな。ああ、懐かしいのう……」


 あっ、森蘭丸って名前は聞いたことがある。信長が愛した美少年の男の子だよね。私が中学生のときに、蘭丸が主役のBL本がクラスの女の子の間で回し読みされてた。本能寺で蘭丸と信長が抱き合いながら紅蓮の炎に包まれるシーンが印象的だった……。


「ああ、蘭丸も今頃は、極楽浄土で信長様と仲ようしておるのじゃろうなあ。うん、うん」


 北政所様はそう呟くと、うっとりとした表情で何度もうなずいている。ひょっとして北政所様もBL好きの腐女子なのだろうか。


 そのときだ。淀の方様が秀吉の方を向いて話し始められた。


「殿下、実は、信長公は私の母に宛てた(ふみ)でも、殿下のことをハゲネズミと書いておられたのです」

「なに? お市様に宛てた文にもか?」

「はい。その文では、ハゲネズミは戦場では鬼神のごとき振舞いなれど、普段は、か弱き者に優しい真の男子であると書かれておりました」

「な、なに? 上様がワシのことをそう書いておったか」

「はい、たいそう褒めておりましたよ。なあ、お江、そうであったな?」


 淀の方様は、江姫様にそう話を向けられた。江姫様も背をすっと伸ばすと微笑みながら優雅に応えられる。


「ええ、その通りでございます。母上も嬉しそうにその文を読んでおりました」

「おお、お市様が嬉しそうとな」


 秀吉は少し浮かれたような表情に変わった。ふーん。ひょっとすると、秀吉はお市様のことが好きだったのかな? まあ、でも、これで本当に一件落着だね。北の方様、信雄さん、淀の方様、江姫様、危ない所を助けていただいて、どうも有難うございました。ふぅーっ。


 私は、また、ほっと息をついた。それなのに、また秀吉が私に話しかけてくる。


「しかしじゃな、小姫。お主がさきほどハゲネズミと申しおったときは、ワシのことを愚弄するつもりであったのじゃろう?」


 うーん、しつこいなあ。でも、さっきまでと違い、秀吉の声にはとげとげしさは無い。よし、じゃあ最後に上手いことを言ってこの話を閉めよう。


「いえ、めっそうもございません。ネズミは干支(えと)の筆頭でございます。また、ハゲとは月代(さかやき)を剃りあげられておられる武家の方々のお(ぐし)のこと。小姫は、ハゲネズミとは『武家の筆頭』という意味だと思っておりました」


 私は、ついさっき思いついたことを口にした。秀吉は私のことをじっと見ている。もう、これでいいよね?


「ふむ、相変わらず小癪(こしゃく)なことを申すものじゃな。まあ、よいか。小姫、もう下がってよいぞ。席に戻れ!」

「ははっ、かしこまりました」


 私は両手をついて恭しく頭を下げた。自分の席に戻ると、隣の席の江姫様が私の手を優しく握ってくれた。有難うございます。なんとか無事に切り抜けることができました。


 私が席に戻ってしばらくすると、秀吉はまた大声を上げる。


「三法師殿。ここへ参られい!」

「ははっ」


 次に呼ばれたのは、三郎くんこと織田秀信さん。秀吉からは未だに幼名の三法師という名で呼ばれているみたいだ。三郎くんは、秀吉の前にすぐに来ると両手をついて頭を深々と下げた。そのキビキビとした態度は、結構キマっていると思う。だけど、江姫様は苦々し気にその様子を見ている。


「三法師殿。今のワシと小姫との話を聞いておったな?」

「ははっ」

「ワシは知らぬ間に、お主の祖父、信長公よりハゲネズミとの醜名(しこな)を賜っておった」

「はっ」


 三郎くんは、深々と頭を下げたまま秀吉の話を聞いている。礼儀正しいんだけど、江姫様の言う通り、秀吉に媚びへつらっているように見えなくもない。


「小姫が申すには、この醜名は『武家の筆頭』という意味であるとのことじゃ」

「はっ」

「しかしな、ワシは年老いて関白も退いた身。この醜名は今のワシには、ちと荷が重すぎる」

「はっ……あ、いえ、そのようなことは、けっしてございませぬ」


 んっ? 秀吉は何を言おうとしているのかな? 三郎くんはおずおずと顔を上げた。明らかに困惑している表情だ。


「いや、相違ないぞ。ワシのような老いさらばえた年寄りには、このハゲネズミという醜名は相応しゅうは無い。そこでじゃ、信長公より賜った貴重なこの醜名。織田家の惣領たる三法師殿に授けようと思う。どうじゃ?」

「えっ? …………あ、ははっ、有難き幸せにござりまする!」


 三郎くんは一瞬だけ茫然としていたが、すぐに頭を深々と下げる。い、いや、ハゲネズミというあだ名は、けっして有難き幸せではないよね。三郎くん、ごめんね。まだ十四歳の多感な時期だろうに。ああ、私が変なことを言わなければ……。


「おお、受け取ってくれるか。いや、これは愉快、愉快! ワッハッハッハッハッ!」


 秀吉は手を打ちながら大笑いしている。それに合わせて宴の参加者一同も笑い出した。


 こうして、二代目ハゲネズミこと、三郎くんを肴に、この晩の宴はさらに盛り上がったのだった。三郎くん、本当にごめんなさい!!


お読みいただき有難うございます。先週土曜日から連載を初めて二度目の週末となりました。お読みいただいている方が少しずつ増えてきており、大変嬉しく思っています。また、ご評価も少しずつ増えており励みになっております。まだ、書き溜めた分がありますので、毎日更新を続けていく計画です。

次話第14話は、明日1月18日(月)21:00頃の掲載予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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