表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/72

第10話:天下一の美人姉妹!

 今日は神無月(旧暦十月)の十二日。暦の上ではもう冬。私の体感でも、秋は終わろうとしている感じで、夜になるとかなり冷えるようになって来た。そうだ、自分の部屋に帰ったら、お梅さんに「火鉢を出して」ってお願いしなくちゃいけない。すっかり忘れてた。


 はあ、でも、今年もこれまで色々あったよ。でも、やっぱり一番大きかったのは唐入(からい)りだよね。


 前の年の卯月(旧暦四月)から始まった唐入り、いわゆる朝鮮出兵も最初のうちは連戦連勝の勢いで朝鮮半島の奥地にまで攻め込んでいた。だけれども、今年になって形勢が逆転してしまったのだ。


 ちょうど私たちが北政所様のお部屋で貝覆いで遊んでいた頃に、明国と朝鮮国の連合軍による本格的な反撃が始まっていたらしい。あのときは「ひょっとして歴史が変わってるのかも」なんて能天気なことを考えていたのが、少し恥ずかしく思える。


 今では占領していた領地は、明国と朝鮮国の連合軍にそのほとんどを奪い返されているとのことだ。日本の軍勢も、既に大半が朝鮮半島から戻ってきている。


 日本がこの戦いで勝てないことは生前の知識で知っていたけど、国を挙げての戦さに負けてしまうのはこの国に住む者の一人として残念に思える。日本全土も沈滞した空気に包まれてしまっているらしい。


 だけれども、実はここ大坂は、他とは違って明るい空気に覆われているのだ。


 私は、その明るい空気の発信元、大坂城の二の丸にある(よど)の方様のお屋敷を訪問中。淀の方様とは、現代では淀君(よどぎみ)として知られていた豊臣秀吉の側室のこと。でも、この時代の人は、彼女のことを淀君ではなくて、淀の方様とお呼びしている。


「くーっ。あーっ」


 あっ、余計なことを考えてちゃいけない。何か話しかけられてるよ。


「ばばばばばっ、お(ひろ)い様、小姫(おひめ)ですよー! 呼びましたかぁ?」

「きゃっ、きゃっ、きゃっ!」


 丸々と太ったかわいい赤ちゃんが、私にあやされてニコニコと笑っている。この赤ちゃんが、お拾い様。先々月の葉月(はづき)に、ここ大坂城の二の丸で淀の方様から生まれたのだ。多分、この子が未来の豊臣秀頼だよね。


「お拾い様は、本当にかわいいですねぇ」

「あーっ。きゃっ、きゃっ!」


 お拾い様は、お母さんに似て顔立ちがとても整っている。それに丸々と太っていて、とても愛くるしい。ふふふっ、父親の秀吉に似なくて良かったよね。


「ほんに、お拾いは小姫になついておるのう。どうじゃ。小姫、お拾いの嫁にならぬか」

「淀の方様、ご冗談はおよしください。お拾い様には、私よりももっと年の近いかわいい姫君のほうがお似合いになりますよ」

「いや、女子が年が上の方がなにかと上手くいくと昔から言われておるぞえ」

「いえいえ、ほらっ、お拾い様も、『母上、ご冗談はやめてくだちゃいましぇ』って言っておられますよ」

「ほほほほほ、小姫は面白きことを申すものよのう」


 私は、淀の方様とたわいもないおしゃべりをした。彼女は、少し人見知りをする性格で誤解されがちだけれど、身内には明るくて優しい人なのだ。


 淀の方様は、北近江の浅井家のご出身。彼女のお母様が信長の妹なので、私の父上、織田信雄さんとは従妹にあたるのだ。一時期、信雄さんが淀の方様とその妹さんたちの面倒を見ていたこともあって、今でも良い関係が続いている。


 淀の方様は、スラリと背が高い美人さんだ。時々、愁いを帯びた表情でどこか遠くを見ているときがあるのだけれど、そのお姿はまるで天女のようにお美しい。それに、お拾い様を抱っこしている様子は、まるでヨーロッパの教会の聖母子像のようにも見える。


「姉上、失礼いたします」


 淀の方様の部屋に、赤ちゃんを抱いた女性が入って来た。淀の方様の妹の(ごう)姫様だ。


 江姫様は未亡人。秀吉の甥っ子の豊臣秀勝さんと結婚していたのだけれど、秀勝さんは朝鮮出兵の最中に病死してしまったのだ。今は忘れ形見の(さだ)姫ちゃんと一緒に、淀の方様の屋敷に身を寄せている。


「おお、お(ごう)。今な、小姫とお拾いの縁組をしようとしておったところなのじゃ」

「あらあら、小姫は、徳川大納言様のご嫡男、江戸少将様とご祝言を上げられたのではないですか。二人の殿方を手玉に取るとは、小姫はほんに悪い女子じゃのう。おほほほほ」

「もう、淀の方様、江姫様。からかうのはお止めください」


 私は、この二人からまるで妹のようにかわいがられている。同じ織田の血を引くからなのか、私の顔立ちは、この二人と似ていると時々言われる。淀の方様も江姫様も、天下屈指の美女と名高い方々だ。その二人に似ているということは、私も将来美人になるってことかな? えへへへ。


 私は、淀の方様、江姫様と仲良くおしゃべりをした。途中で、お拾い様と完姫様の二人が眠りについたので、乳母さんたちにお預けして、三人でおやつを食べることにした。うん、この最中(もなか)、甘くて美味しい! 


 ドタ、ドタ、ドタ、ドタ、ドタ


 三人でおやつを楽しんでいると、廊下を誰かが走って来る音が聞こえてきた。ずいぶんうるさい足音だなあ。


 ガラリッ!


 そして、勢いよく部屋の襖が引きあけられた。


「お拾い、待たせたな。とと様が帰ってまいったぞ! ん? なんじゃ、江と小姫が来ておるのか? おい、茶々、お拾いはどこじゃ?」


 耳をふさぎたくなるような大きな声を上げて部屋の中に入って来たのは、秀吉だった。秀吉はドサッと大きな音をたてて上座に座った。そんな秀吉に淀の方様がたしなめるように話しかける。


「しーっ、殿下。今、お拾いは隣の部屋で、お(さだ)と一緒にお昼寝をしておりますよ。せっかく寝入ったところでございますのに、そんなに大きな声や物音を出されては、お拾いが目を覚ましてしまいます」

「お拾いが起きたならば、それはそれでよいではないか!」

「いけませぬ。寝ているところを無理に起こされたら、たいそう不機嫌になります。そうなれば、お拾いは殿下のことをお嫌いになるかもしれませぬぞ」

「なに、そ、それは困るぞ。お拾いに嫌われたら、ワシは生きていけぬぞ」


 秀吉は、すっかりと淀の方様にコントロールされているようだった。へえ、淀の方様、すごいじゃないですか。


「でしたら、もそっと小さな声でお話をしましょう。今は、三人でお拾いの縁談について話しておったのです。な、小姫。そうであったな」


 淀の方様は突然こちらに話を振ってきた。ええーっ。


「そ、そうではございませぬよ。淀の方様と江姫様が、私のことをからかわれておられただけでございませぬか」


 私は慌てて否定をした。そんな私のことを秀吉はジロリと見てくる。


「ほう、茶々と江の二人は、小姫のことをどのようにしてからかっておったのじゃ。小姫、言うてみい」

「は、はい。あの、淀の方様が私に、お拾い様の嫁になれ、と無理なことをおっしゃられたのです」

「ほう、お主をお拾いの嫁とな……」


 なぜだか知らないが、秀吉は真剣な顔つきで何かを考え出した。


「うん、それは悪い考えではないかもしれぬな」

「えーーーーーっ!」


 思わず大きな声を出してしまった。い、いや、それは絶対にダメだから。


「た、太閤様。私は、徳川秀忠様と祝言を上げておりまして、徳川家にお輿入れすることが決まっております」


 私は両手をついて頭を下げながら、はっきりとそう言った。そう、私は徳川さんになるんだから!


「はははは、いや、小姫が嫁に来るというわけではないから、安堵(あんど)いたせい!」

「えっ? それはどういった意味でございますか?」

「うむ。いずれ、小姫が秀忠と子供をなしたとき、女子であればお拾いの嫁として迎えてみるのも一案だということじゃ。うむ、秀次の娘がよいかとも考えておったが、よくよく考えれば……」


 えええっ! 私と秀忠くんとの子供! い、いやあ、まだそんなことを考えたことは無かったけど。私の体はまだ十歳だし。ええ、でも、秀忠くんとの赤ちゃんかあ。凛々しい子になるのかな? それとも可愛らしい子なのかなあ? えへっ、えへへへっ。楽しみだなあ。名前はなんてつけようかな……。


「おい、小姫。ワシの話を聞いておるのか?」

「えっ? あっ、は、はい。もちろん聞いております!」

「ワシの血を引く秀頼と、家康殿の血をひく秀忠、そして上様の血をひく小姫。この血が混じり合うのじゃ。秀頼の子供は、まさにこの日ノ本、いや、唐、朝鮮を含めた三国、いやいや、天竺、南蛮をも含めたこの世全てを統べる器の持ち主になるであろう!」


 えっ? 秀吉はなにか壮大なことを話し始めた。いや、朝鮮出兵が失敗に終わったばかりなのに、それはさすがに大言壮語すぎませんか?


 私は不意を突かれて、言葉が出てこなかった。言葉につまる私の様子を見て、淀の方様が秀吉に話しかける。


「殿下、さきほどの話、この茶々の名前が出てまいりませんでしたわ。殿下は、わらわの血は要り申さぬと思われておられるのでしょうか?」

「い、いや、そんなことは無い。天下一の美女と誉れ高い茶々の血を引けば、その子々孫々は麗しい容貌となるであろうぞ。特に、女子に生まれたならば容貌は大切であるからな。はははは」

「そうでございますか。安堵いたしましたわ」


 淀の方様はそう言うと、秀吉にしなだれかかった。秀吉も淀の方様に甘えられ、満面の笑みを浮かべている。


 それじゃあ、邪魔者は退散いたしますか。私は、江姫様と目くばせをした。


「それでは、太閤様、小姫はこれにて失礼いたします。淀の方様、大変楽しいひと時でございました」

「太閤様、姉上、江もこれにて失礼いたします」


 そう言うと、私と江姫様は同時に立ち上がった。さあ、これで帰ろう。今度は秀吉が来ないであろう時を狙って、お拾い様に会いにくることにしよう!


 私が襖に手を掛けたそのときだ。


「お、そうじゃ。おい、小姫」


 秀吉が私に声をかけてきた。私は慌てて振り返る。


「太閤様、なんでございましょうか」

「うむ、今宵(とり)の刻より、この屋敷の奥座敷にて(うたげ)が催される。その宴に、お前の父、三介殿も出られるのじゃ。小姫も一緒に出るとよいわ」

「えっ? 今宵の宴、ですか?」


 ええっ、何でそんなに急にそんな話を持ってくるのよ! もう、簡単に言わないでよ! と、思ったのだけれども、今のこの国の最高権力者である秀吉に盾突くことなどできるはずもなかった。私が今宵の宴に参加することは、この場であっさりと決まったのでした。


お読みいただき有難うございます。皆様のブクマ、ご評価、大変に励みになっています。

また、誤字報告をいただき感謝しています。自分でも何度か読み返しているのですが、どうしても漏れがあるので助かります。


本作の下書き済の原稿はまだ10話以上残っていますので、もうしばらく(できたら3週間ほど)毎日更新を続けるつもりです。

次話第11話は、明日1月15日(金)21:00頃を予定しております。引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「淀君」は、当時の史料には無く、江戸時代以降の呼び名です。20年くらい前からの時代劇では、「淀殿」としています。歴史家の小和田哲男さんが、徳川家が「茶々」さんを遊女名で貶めたと1997…
[良い点] 主人公が歴史をほぼ傍観しているだけってところが好きです! 続きを楽しみにしてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ