気持ち
第二。
沙耶以外、お酒が進んでいた。優也が優一にビールを注ぐ。
「そんなに俺、飲めないし。優也が飲めよ」
優也は、お酒が進んでいる様子だった。
「何だよー、こんな機会は、あまり無いだろ?飲もうよー」
「優一の分は、私が飲むー!」
よこから、朋子が口を挟んでくる。
「朋子と飲んでるんじゃ、いつもと変わらないだろ」
朋子と優也の、やり取りが始まる。沙耶は食べ終えた食器を手にキッチンに立った。優一も残った食器を手にして沙耶の横に並んだ。
その様子を見た朋子が口を開いた。
「気づくと、2人って一緒に並んでるよね?」
優也が口を開いた。
「そんな事ないよ、今は手伝ってるだけだし」
「そうかなー?あ、もしかして、沙耶が優也の元カノだったりして?!」
と、その瞬間、沙耶の手からお皿が落ちてしまった。優一は慌ててキッチンへと足を運ぶ。
「沙耶!大丈夫か?!ケガしてないか?!」
「うん、大丈夫。驚かせてゴメンナサイ。優也も怪我してない?」
優也も咄嗟に応えた。
「俺は大丈夫だよ、沙耶も気をつけろよ」
3人で、割れたお皿を片していると、
「優也?沙耶?」
朋子が不思議そうに、ポツリと呟いた。
その言葉に沙耶と、優也の手が止まった。その2人の様子に優一が口を開く。
「2人して、なに?!早く片付けよう!」
沙耶が破片を拾おうとすると、指先を切ってしまった。
「いたっ!」
瞬間的の事だった。近くにいた優也が、切れた沙耶の指を手に取った。
「大丈夫か?」
その様子を朋子は立って見ていた。沙耶は咄嗟に手を引いた。
「大丈夫!」
リビングで絆創膏を探す沙耶。けど、どこか動揺していた。
「沙耶?」
その様子に優一は心配な様子を見せた。優也が口を開く。
「朋子が妙な事を言い出すからだぞ!」
片付けをよそに、優一が沙耶の側に駆け寄った。
「もしかして、図星?」
沙耶も優也も何も言わない。朋子が言い続ける。
「優也の元カノって、沙耶なの?」
その言葉に、優一は沙耶を見る。沙耶は何も言わない。
「べ、別に、昔の事だったら、もう終わったんだし、良いだろ?」
優一は自分にも言い聞かすように、そう朋子に伝えた。朋子が言い続ける。
「まさかだよね?違うよね?」
朋子は、恐るおそる再確認する。
「もう、やめよ。その話し」
優一が話を逸らそうとすると、
「そうだよ」
優也が、そう返答した。沙耶は驚いて何もいえなかった。優一も優也を見た。
「確かに昔、付き合ってたよ。けど、もう終わった事だよ」
そういうと、優也は率先して割れたお皿を片した。沙耶も台所に行こうとすると、沙耶の腕を優一が止めた。
「本当か?」
優一は真剣に沙耶を見た。沙耶は首を頷かせた。
「悪いけど、2人にしてほしいから帰ってくれ」
「何、それ」
朋子が驚き声をあげる。
「また仕切り直すから。悪いけど、今は沙耶と話がしたいから」
朋子は深いため息をつきカバンを手にする。
「優也、帰るよ。優一は怒ると何を言っても駄目だから」
優也は動かない。
「優也!」
思わず声をあげる朋子。
「分かった、ごちそうさまでした」
そういうと、優也と朋子は会話もなく帰って行った。
台所には割れたお皿が、そのままだ。ダイニングテーブルに、向かいあって座る優一と沙耶。
「あいつが元カレだって?それって、俺の前だよな?」
沙耶は首を頷かせる。優一が言い続けた。
「沙耶の身体の事は知ってるのか?」
その言葉に顔を俯かせていたが、顔をあげる沙耶。
「知ってて、あいつは」
「違う!」
沙耶は慌てて何かを否定した。優一は何も言わない。沙耶が言い続ける。
「それは違う。身体の事は知ってる。だけど離れたのは私だから」
「え?」
「別れを切り出したのも、離れたのも私の方。だから彼は何も悪くない」
「けど」
優一は何かを言いかけたが、途中でやめた。その雰囲気に沙耶が口を開いた。
「優一には感謝してる。あの頃の私を救ってくれて、受け止めてくれた。本当、感謝してる」
そう言うと沙耶は軽く頭を下げた。と優一が口を開いた。
「俺の気持ちは変わらないけど、時に沙耶の気持ちが分からなくなるよ。俺に感謝してるのも知ってる。だから時に離れたいけど、離れられねぇんじゃないかって」
その言葉に驚く沙耶。
「気持ちじゃなくて、情ってやつ!だって、そうだろ!俺らに、つなぎ止めるもの無いからな!」
思わず声をあげてしまった優一。
「つなぎとめるもの」
その言葉に我に返る優一。
「それで良いって事じゃ無かったの?」
言葉に詰まる優一。沙耶が静かに話し出した。
「私は病気で子宮を無くした。だから子供は無理だって諦めた。そんな時、優一と出会って、どん底だったけど、こんな私を受け止めるって。子供はいらない。って2人でいよう!って。そう言ってくれて本当に嬉しくて今も感謝してる。情なんかじゃなくて、ちゃんと気持ちとしてある」
沙耶が段々と涙声になっていた。その異変に優一は焦り出した。
「だけど、優一は違ったって事?私、疑われていたんだね」
「沙耶?俺さ」
「もう、いい!」
そういうと沙耶は家を飛び出した。
「沙耶っ!!」
と同時に机の上の携帯が鳴った。優一は携帯を手に取りつつ、沙耶の後を追おうとしたが、その足が止まった。
「え?」
相手は涙声の朋子だった。
「優也が出て行った、私のワガママだって分かってるんだけど、でも、私のワガママを叶えて欲しいのは優也だからなのに、優也には伝わらなくて」
「沙耶も出て行った」
「え?」
電話越しに朋子が動揺していたのが、優一にも伝わっていた。
沙耶は夜道を歩いていた。気づけば携帯も何も持っていなかった。沙耶は深呼吸をして家に戻ろうとした時だった。
「沙耶!」
後ろ背から優也の声がした。沙耶は驚いて何も言えなかった。
「沙耶」
息を切らす優也。沙耶は慌てて涙を手で拭うと、その腕を優也が掴んだ。
「泣け」
沙耶は優也を見た。優也が言い続ける。
「我慢するな。泣いていいから」
その言葉に沙耶の涙は止まらなくなっていた。
「ごめん」
沙耶がポツリと謝ると優也が首を振る。
「謝る事じゃないだろ。座るか?」
そういうと、二人で近くにあったベンチに座り込んだ。
優一は外へと飛び出した。沙耶の姿は見当たらない。優一は、とりあえず走り出した。
優也が沙耶に問いかける。
「あの後、気になって。ほら、優一は怒ると何を言ってもきかないって言ってたから」
沙耶が口を開く。
「大丈夫」
優也は少し安堵した。だが沙耶が言葉を続けた。
「って言いたいけど、結局、私は優也の優しさに甘え過ぎてたのかもしれない」
「え?」
「優也の本心に気づかず、過ごしていた時間は凄く感謝してた。だけど優也は、時に、それで苦しめられていたって事に気付いた」
「沙耶?」
「結局、私は一人の方が良かったのかもしれない。優也と出会わなければ良かった。なんてまで思う自分も嫌になってくる」
沙耶は悔しそうな様子だった。優一は、そっと沙耶の頭に触れた。
「私の身体の事を理解してくれてる。って甘えていた事に、その事で優也を苦しめてる自分が嫌なの」
優一が口を開いた。
「俺と逃げるか?」
その言葉に沙耶は優一を見た。優一が口を開いた。
「沙耶の身体の事も受け止めてる。今は、俺の身体の事も受け止めてほしいけど」
「身体の事?」
沙耶は不思議に思い、優一に問いかけた。
「俺自身、子供を望める体じゃないんだ」
優一が話し出した。
「俺、無精子症なんだ。それも朋子と知り合ってから分かった事なんだ」
沙耶は黙って優一を見ていた。優一が話し出す。
「朋子は子供ほしい。って分かってた。だから薬を飲んだり、改善できる所は改善してきた。だけど、最終的には無理だって。医者にも言われて。けど朋子には、この事実は言えてない。行為から避けてる日々だ」
沙耶は何て声をかけてよいか迷っていると、優一は沙耶の手を握り締めた。
「俺と、どこか行くか?」
沙耶は、その手を振り解けなかった。
「俺と沙耶と2人だけで」
沙耶は返事が出来ず、ただ黙り込んでいた。
優也は、とある場所に訪れていた。インターホンを鳴らす。中から朋子が出てきた。散々、泣いたのであろう。目が赤くなっていた。
「どうぞ」
朋子は優也を家へと入れた。
優也が朋子に話し出した。
「優一は、まだ?」
朋子はソファに腰掛けて頷いた。
「あの2人の関係って、今夜に気づいた事なのか?」
その言葉に朋子が口を開いた。
「なんとなく、初対面ではない感じはしてた。それで、違和感なく名前を呼び合って、もしかして。と思ってたけど、嘘であってほしいことが本当の時って、怖いほど自分が嫌になる」
朋子の目からは、また涙が溢れてきていた。
「私、優一が好きなの。優一の為に。と思って、これまでしてきた事もある!けど、優一に拒否られる度に、傷ついて、また立ち直って!女性じゃなく、ただの同居人は嫌なの!女性でありたいの!」
知らずと声を荒げていた朋子。優也は、朋子の隣に、そっと腰をおろした。
「落ち着けよ。きっと何かあるんだろ、それを、ちゃんと話をしてみたりして」
「ないよ。何も言わないし、何も触れてもこようとしない。時に優一が分からなくなる。けど私には優一しかいないの。あとは優一との子供が居れば、何も望まないのに」
「子供」
その言葉に優也も何も言えなかった。
「優也は欲しいと思わないの?沙耶との子供を抱きたいとかあるでしょ?」
優也は深呼吸をして重い口を開いた。
「俺らに、子供は無理だ」
「どうして?」
「沙耶には子供を育てる事ができない」
朋子は不思議そうに優也を見ている。優也は、ゆっくり朋子に話し出した。
沙耶と優一の手は重なっていた。優一が口をひらく。
「すぐにとは言わない。けど朋子の願いを叶える事が出来ないから、いずれ別れもあるものだと俺の頭にはあるんだ」
沙耶は、ただ黙って聞いていた。
「朋子が、それを受け入れてくれるか分からないけど、願いが叶わないと分かれば話は変わってくるだろうとも思う」
沙耶は静かに重ねた手を解いた。
「沙耶?」
「私は優也が分からない。優也の願いとか分からない。ただ甘えて側にいるだけなのかもしれない。だから今は、1人になるべきなのかもしれない」
優一は何も言わなかった。
「一度、家に帰るね。ごめんね」
沙耶は立ち上がろうとしたが、優一が、その腕を掴んだ。
「もう少し一緒に居てくれないか?」
沙耶は何も言えなかった。
「今は沙耶と居たい、ダメかな?」
沙耶は、また腰をおろした。
「ありがとう」
2人は、ただベンチに腰をおろしていた。
朋子は驚きを隠せなかった。
「病気の事を分かってて一緒にいるの?怖くないの?子供がいなくても良いの?」
優也が口を開いた。
「子供は望んでない。1番は沙耶といる事だし。病気と言っても今すぐ死ぬわけじゃないから」
「それで優也は良いの?この先、2人っきりっていう覚悟はあるの?」
「覚悟って何だよ?好きだから一緒にいたい。好きだから結婚したんだろ?それ以上に何を望むんだよ?」
朋子は何も言えなかった。
「そんな事もあって、俺らはキス以上の事はしてない。向こうからも求めてもこない。俺からは求めない。それで一度、沙耶は苦しめられてるから」
「優也の気持ちは?」
優也は朋子を見た。朋子は真剣に優也を見ていた。
「優也が、沙耶を思う気持ちはわかったよ。けど、優也の本心は?優也自身の気持ちは?抱きたくないの?求められたくないの?子供欲しかったりしないの?」
その言葉に優也は返す言葉がなかった。
「私は優一の事が好きだから結婚した。そして今は子供だって欲しい。優一と更に素敵な時間を過ごせると思うから」
優也は、ただ黙って聞いていた。
「私は冷たい人と思われるかもしれないけど、そんな人が相手だったら無理だと思う。それに優也、子供と接するとき、楽しそうだよ?」
「え?」
朋子の発言に優也は驚かされる。
「銀行で子供が来る時、優也は、ちゃんと腰を下ろして、子供目線で接してる。楽しそうにお菓子とか選んじゃって。本当は子供を望んだりしてるんじゃないの?それを沙耶の為だ。とか気持ちで誤魔化したりしてない?自分を我慢させてるじゃない」
「我慢って、、好きな人の為に犠牲にしたり、耐えないといけない事もあるだろ」
「それが叶う夢だとしたら?」
優也は黙っていた。
「沙耶じゃなければ叶う事よ?」
「沙耶以外は無理だ!」
優也は、つい声をあげてしまった。朋子は言葉を失った。優也は何かを考え込んでいた。
優一は静かに深呼吸をした。沙耶は、ただ黙って隣に座っていた。
「昔もあったな」
優一が、ゆっくりと話し出す。
「言い合って、喧嘩した時も、こうして外のベンチに座り込んで。ただ時間が流れるのを黙って待ってた」
沙耶は静かに頷く。
「告白も外、喧嘩も外、沙耶の病気を知った時も外、別れたのも外だったな」
沙耶も、ゆっくり口をひらいた。
「外の方が話せた。素直になれる気がしてる」
「今だから言うけど、俺は、沙耶が病気だとしても別れる気はなかったよ。けど、あの頃は仕事もあって、周りから結婚しろ。とか圧から逃れたかったのかもしれない。逃げが沙耶を失う事にすら気づかなかった自分が悔しかったよ」
「私は、優也と別れたかった。病気のことで諦めて欲しくなかった。仕事の事とか制限されたり、子供の事とか、自分の気持ちとかを大事にしてほしかったから」
優也は黙って聞いていた。
「入院中も連絡しなくてゴメン。けど今、こうして再会できて、話ができてて凄く心が救われてるよ」
「沙耶」
そう呟くように優也が声をかけると、
「優一は子供が苦手なんだって。だから結婚したとしても子供を望まない。って優一からの条件だったの。この人だったら。と、ようやく歩めたはずなんだけど、結局は優一の優しさに甘えていたのかも。ちゃんと優一と話しあうことにする」
「そっか」
沙耶も優也も腰を上げた。
「また連絡しても良いかな?」
優也が沙耶に問いかける。コクリと首を頷かせる沙耶。
優也もソファから立ち上がった。
「声を上げて悪かった。そろそろ帰るわ。沙耶が帰ってきてるかもしれないし」
優也は玄関へと足を運ぶ。朋子も玄関まで見送る。
「こっちこそ、私の話も聞いてくれて、また沙耶の事、話してくれて、ありがとう」
優也が帰ろうとした時だった。優一が帰ってきた。3人とも瞬時に止まってしまった。
「お、おかえり」
朋子が出迎える。
「ただいま、」
そう言うと優一は黙ってリビングへと行ってしまった。朋子は優也を見た。優也の表情は曇っていた。
各自が抱える悩み、気持ちが今までの関係が少しずつズレていってしまう重要さに、まだ気づかずにいた。