手紙(3)
思春期って、不思議だった。
子どもの頃って、周りみんなが、よくもわるくも純粋だった。
悪さを働く時でさえ、そこには無邪気さがあった。
でも、あの時期を越えると、心が、まるで別の生きものみたいになった。
これについては最近分かったんだけど、ここでは語らない。
ロウは、どんな思春期を過ごしたのかな。
ちょっと聞きかじった様子だと、うまくできないこと、多かったのかな。
わたしもそうだったよ。
中学校一年生くらいまでは、まだ小学校の延長線上みたいな感じだったけど。
段々と、個性が強くなってくるじゃない? 二次性徴もあって、男女差も大きくなってくる。
周りがどんどん変わっていったし、もちろん自分もそうだった。
それまで、人の感情が分かることは、当たり前のことのように思っていたけれど、そうも言っていられなくなった。同級生の心が様変わりして、ものすごい負荷がかかるようになって、これはおかしいのだと、ようやく自覚し始めた。
感情って、情報量が多すぎるんだ。
言葉で言い表すのが難しい。
それまで淡くて綺麗な色だったものが、どんどん極彩色に変わっていくかのような。
色なら目を瞑れば見ずに済むし、音なら耳を塞げばいい。
でも、その感覚の閉じ方は分からなかった。
中二になる頃には、そこそこ太った。
ストレスもあったし、前述した食欲の件もあって、お菓子やご飯をもりもり食べてたし。
馬鹿にされることも多かったし、家族にもうるさく言われたりもした。それで自分でもそれなりに気にしたりもしていたけど……過去の経験からの安全策だったんだなと、今では思う。
それでも、そこそこ普通にやれていた。
普通にできないこともあったけど、ゆっくりやってもそれ程おかしくない程度にはできた。
体育は苦手だったけど、それ以外の勉強や習い事で困ることもなくやれていたし。
人付き合いも、一日中一緒にいると流石に疲れすぎるけれど、一日のどこかで一人の時間が取れればなんとかなった。
親は共働きで、放課後に家に帰れば、一人の時間はそこそこあったし。
当時困ったことといえば……何が好きか、よく分からなくなってしまったことか。
子どもの頃から変わらず好きと思えることはよかった。歌うこととか、本とかね。
でも、服の好み、芸能人の好み、食べ物の好み。
そういう些細なもので、「何が好き?」とか「どれが好き?」と聞かれると、困った。
今だったら、ああいう形の可愛い、この色好き、とか自然と感じられるけど、そういう感覚が壊死してた。特にどれもいいとも悪いとも思えない。
仕方なく、とりあえずおいしいと感じたもの、好きといってもおかしくなさそうなものを、頭で考えて選ぶことが多かった。
毎日、そういう小さな嘘をついた。おかしいと思われないように。
ちなみに、面白い、とか興味が沸く、とかいう感覚はそれなりにあったから、進路とか何か選択することで困ったことはなかった。
歌が好きだったから、中学生のかなり早い段階で、歌を勉強しに大学に行きたいと決めていた。
志望の高校に受かったら歌を習っていいって言われたもので、あまり興味のなくなっていたピアノも、しぶしぶ続けた。
『普通でいなきゃいけない』っていう強迫観念が、この頃から強くなっていったような気がする。




