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蝉の王  作者: 患者211D
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3.莉子

3.莉子



 いつもの待ち合わせ場所で、いつもの服装で。いつものコンビニでいつもと同じお酒とジュースとお菓子を買って、いつもの道を歩き、いつものホテルに入る。


 彼は部屋に入るなり背広を脱ぎ、ハンガーにかけ、お酒のプルタブを開ける。お菓子の封を明け、片手でつまみながらお酒で流し込む。口から出る言葉は仕事の愚痴ばかり。


 私はグラスにジュースを注いで、特に好きでも嫌いでもないお菓子をつまみながら、面白くもない話を聞く。


 酔いがまわってくると、彼は雰囲気などお構い無しに私に手を伸ばし、物わかりのよい私は彼をベッドに誘う。


 彼には妻子がある。



 私たちの関係は一年ほど前から始まった。彼とはアルバイト先で知り合った。連絡先を渡されて、悪くないと思って連絡した。


 最初は年長者が若者の話を聞いてあげましょうみたいな感じだった。何度かご飯をご馳走してもらった。妻子があることもその時知った。


 少ししてから大人っぽい雰囲気のバーに連れて行ってもらって、帰りに肩を抱き寄せられた。人通りの少ない路地裏だった。そのままキスをした。私は抵抗しなかった。


 その日から私たちはそういうことになって、今では会えば必ずセックスする。


 奥さんとはうまくいっていないといっていた。家に居場所がないと。でも多分それは嘘だ。常套句ってやつだ。


 私の知り合いもやはり不倫をしていて、彼女は相手から、子供が大きくなるまでは一緒になれないと言われているらしい。そして健気にもそれを信じて待っている。


 私はあいにくと相手を信じる気持ちにはなれない。


 別に彼のことが好きなのではないと思う。もちろん、最初はちょっとかっこいいなと思ったし、学生にとっては社会人というただそれだけで魅力的に見えるものだ。


 でも今改めて彼を見ると、多分好きとかそういった感情ではない。執着とか依存とか、どちらかといえばネガティブな感情だと思う。


 この関係を続けているのは、多分惰性。離婚すればいいのに、と思うのは、彼を独占したいからじゃなくて、卑怯な彼が破滅すればいいと思うから。……女として奥さんに勝ちたいから、とかもあるのかもしれないが。


 私が望んでいるのは、彼との幸せな生活とかじゃなくて、彼が手痛いしっぺ返しをくらうことだ。



 終わったあと、彼がシャワーを浴びている。私は彼の背広から名刺入れを取り出し、中身を一枚抜いた。


 彼とのセックスを気持ちよいと思ったことはない。初めてだったし、彼は独りよがりだし、多分相性もよくない。


 それでもセックスをすると、自分が一人前の女になったようで、嬉しくも誇らしくもあった。たとえ彼が行為の際、制服を着用することを強要しようとも。


 そう、彼が社会人だったからがために私に魅力的に見えたように、私も女子高生だから彼は私を抱くのだろう。お互い、別に、他の誰だっていいのだ。条件にあてはまりさえすれば。


 ホテルを出る。彼はいつも上の空。用が済めばあとはどうでもいいのだろう。別れ際の呆気なさ。同僚と別れるのと同じ感覚なのだろうか。


 恋人とか、愛人とか、そんな言葉より何より似合うのは、セフレだ。


 会うのは夜だけ。昼間は平日は仕事があるし、土日は家族といなければならないから。いくらでもどうとでもなるそんな理由になんの意味もない。


 というか、そもそも、そういった逆境を乗り越えてほしいんじゃないのかな。私は結構だけど。


 電車の中で、抜き取った名刺を見つめる。スマホで会社名を検索する。地図を確認する。最寄り駅までの乗り替えを調べる。ビルの外見を眺めることもできる。便利な世の中だ。悪事を企むにはもってこい。


 ふと、例の事件のことを思い出した。私が在籍している高校で起きている、連続自殺事件。最初の女子生徒を皮切りに、あとを追うように二人、死んでいった。


 あるマスコミはイジメと不道徳が蔓延する悪の学園だと報道している。ある噂は彼女たちが呪われていて体に共通のあざがあったと囁いている。私のクラスメイトは最初の女子の左手首に無数の切り傷があるのを見たという。


 おかげで連日騒がしい。次は誰かと期待する、好奇心を方々から感じる。当事者はたまったものではない。自殺が伝染するなんて、珍しくもない。物事に流行り廃りがあるのと同じだ。


 帰宅後、自分の部屋でスマホを眺める。彼からの連絡はない。いつもない。連絡があるのは、日中、今夜会える?という用件だけの短いもの。時間と場所を指定しておしまい。お手軽なものだ。


 私はもう疲れてしまった。やめたくなった。どうせやめるなら、何かしてやりたい。ささやかな復讐を。



 初めて降りる駅。スマホに表示されたルートを進む。たどり着いたビル。名前を確認する。ここで間違いないようだ。


 できればここで実行したかったが、オフィスビルはセキュリティ上不法に侵入するのが難しい。仕方がないので妥協して、向かいのテナントビルに入る。こちらはいくつかの怪しげな店舗がいくつも入っていて、不特定多数の人間が出入りしている。もっともそれでも制服姿の私は浮くだろうけど。


 年代物のエレベーターで最上階まで上がる。そこにはエステ系のサロンが入っているようだ。フロア内に屋上へと続く道はない。代わりに非常階段への扉を見つけた。


 内側から鍵を開け、外に出る。錆びた鉄の階段が下へ下へと伸びている。私は段差に腰を下ろした。


 鞄の中から、あらかじめ買っておいたチューハイを取り出す。彼がいつも飲んでいるものだ。すっかりぬるくなっている。ハンカチを巻いていたため結露もない。


 プルタブを開け一口飲んだ。以前一口もらった時も感じたが、特に美味しいものではない。大人になると味覚が鈍るという話を聞いたことがある。そのためゴーヤやビールなどの苦味が平気になるんだとか。


 大人になるということは、衰えることであり失うことだ。人は年をとるにつれ、いろんなものを損なっていく。萎れて枯れて散っていく。生まれた瞬間から死への道のりを進んでいく。近づいていく。


 頑張って半分飲んだが、それが限界だった。まだ重さの残るアルミ缶を、階段の手すり付近に置く。


 次に鞄からロープを取り出す。長さは1メートルくらい。太さはまあまあ。一方の端を階段の柵に巻く。片結びをして何度か強く引っ張る。大丈夫そうだ。もう片方の端を自分の首に。ちょっとちくちくする。手元が見えないので結びにくい。数分格闘して、なんとかできた。


 私と柵は繋がれた。あとは乗り越えるだけ。私は柵に腰かけた。


 スカートのポケットから名刺を取り出した。どうしよう。少し考えて、ポケットの中に戻した。これで十分だろう。


 彼に連絡はしなかった。別に言うこともなかった。今までありがとうだとかさよならだとか、思わせ振りなことを言うのは嫌いだ。構ってほしいみたいじゃないか。


 大きく息を吸う。吐く。心臓が高鳴る。アルコールのせいだろうか。それとも……。


 私の名誉のために言っておくが、これは自殺ではない。他殺の代理だ。彼や彼の家族を殺す代わりに自分を殺すのだ。自殺は結果でしかない。


 自殺は伝染する。それは間違いない。自殺は人に選択肢を与える。今まで視野の外にあった新しくもない新たな選択肢を。自殺は私に教えてくれるのだ。可能性を。


 私は軽やかに柵から飛び降りた。

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