3:ヘイ、カモーン! じゃないって!
「これは英語にすればいいのよ。最初のはウサギ、2番目は学校、そして3番目は女の子」
あたしは巻物にアルファベットを書き込む。
「で、1から5の数字に何の文字が入るかがわかるでしょ? それを並べれば、答えは……”LIGHT”!」
答えを言った途端、光が射し込んだ。
うーん、気分は魔法少女。あまりの眩しさに世界が真っ白になっちゃったけれど、それでも時間がたつにつれ、徐々に色と輪郭が戻って来る。
そこには真っ暗になる前と同じ2年1組の教室があった。机も33人分。5歩以上歩いたはずなのに戸口に突っ立っているのは解せないが、真っ直ぐ歩いたつもりで曲がっていたのかもしれない。
「祐奈ちゃん?」
そして、窓枠に腰掛けていた祐奈がいない。春花も見当たらないが、ちょっとそっちは置いといて。
まずい! 落ちたかも! あたしは窓に駆け寄り、その下を見下ろす。
しかし窓の下には何もなかった。血だまりや死体そのものがあったりしたらトラウマになりそうだったから良かったと言うべきか。念のために窓の上も見上げたけれど、人影はない。
と、言うことは。
彼女はあの真っ暗な中で教室を出て行ったのだろうか。春花も一緒なのだろうか。
……あたしを置いて?
モヤッ、と黒い塊が胸の中に浮かぶ。
地震が起きて、逃げようって思って、それはいいけれど、あたしは?
暗くて見えないから置いて行ったの?
「ちょっとひどくない?」
口に出すとみじめさが増した。
あたしたち友達じゃなかったの? 祐奈ちゃんも春花ちゃんも、お互いがいればそれでいいの?
ちょっと鼻がツンとしたから上を向く。向いたところで時計が見えた。
8時55分。
「あれ?」
1時間目まであと5分。なのに誰も登校して来ない。
さっきの地震で学校の周囲に地割れが起きて陸の孤島にでもなったのだろうか。いや、それでもその前に登校している生徒はいるはず。
ええと、地震の時ってどうするんだっけ。机の下に潜るのはもう遅いけど、その後。
そう。クラスごとにわかれて校庭に避難。
そうか。誰も教室に来ないのは校庭に直行したからだ。
祐奈と春花も避難したのだろう。あたしを置いて、だけど。
「行かなきゃ」
それで先に避難していた祐奈と春花に会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
戸口にいたあたしに気づかなかった、なんてあり得ない。
誰もいない廊下を進む。
隣の教室にも人影はない。その次の教室もない。その次も、その次も。
ああ、これって全校生徒が集まっているところに1人だけ遅刻して登場するパターンだ。どうしよう、それってすごく恥ずかしい。
教室で待っていようとも思ったけれど、今回は避難訓練じゃない。集合、解散、一斉下校の流れにでもなったら、あたしは誰も帰って来ない教室でずっと待つ羽目になる。その間に校舎がぺちゃんこに潰れたりしたら大変じゃない。急がなきゃ。
だが。
またしても襲う違和感に、あたしは足を止めざるを得なかった。
変だ。2階の教室は5つだったはず。手前から総合学習室、2年1組、2年2組、理科室。階段と連絡通路を挟んで一番奥が図書室。
2年1組から階段までは2部屋。なのに4つくらい通り越した気がする。
そしてそれ以上に、突き当りが見えない廊下に沿ってずらっと教室が並んでいるこの状況がすでに普通じゃない。
「ここは無限回廊だよ」
いつの間についてきたのだろう、ウサギが足下に立っている。
そう言えばこのウサギ、謎を解いたのに変身アイテムを寄越さなかった。いや、伝説の戦士になりたいわけじゃないけれど。
それより。
「無限回廊って何!?」
サラッとミステリー混じりのファンタジーみたいな単語を出さないでほしい。
何その「延々と歩き続けなければいけない呪い」みたいなネーミング。
ちょっと前までここは普通の学校だったでしょ? この廊下だってさっき通ったばかりよ? その時は普通に階段もあったし、廊下も普通の長さだった。それに。
「無限回廊は廊下が異常に長くなっただけだから、歩いて行けばいつかは脱出できるって」
ウサギはそう言うと、踊るような足取りで先へ跳ねていく。
待って。
脱出できるって、ってそんな簡単に。
あたしはその前に、なぜこんな廊下になっているのかを追求したいんですけれど。
だが。ウサギは立ち止まって振り返ると「ヘイ! カモーン」とでも言いそうな身振りで手を振るだけ。
カモーン、じゃないわよ。これってどう考えても余計怪しいところに行きそうじゃない。行きついた先で人を襲うエイリアンが巣でも作っていたらどうするのよ!
知ってるんだから、そういうSF。それで10人くらいいた仲間が最後にはひとりになっちゃって……。
「あ、たし、行かない」
これは行ったら駄目。
ああ、もしかしたら祐奈と春花も出て行ったんじゃなくて消えたのかもしれない。教室はどれももぬけの殻で、残っているのはあたし1人。あたしが消えたら話が終わるんだろうけれど、消えたあたしはどうなるの?
教室に戻ろう。あの教室は元々の世界だった。救援が来たら窓から脱出できる。
下手に動いて異世界に行ってしまったら、帰れないどころじゃない。
「戻れないよ。教室はなくなってしまった。先に進むしかないんだ」
「はあ?」
嘘でしょ? だってさっきまで……。
思わず背後を振り返る。そこには廊下に沿って並ぶ教室があるはずだった。
だった、のに。
そこは煙のような灰色で覆われているばかり。
「……火事!?」
もし本当に火事なら逃げなくちゃ。とにかく煙を吸わないようにするのが大事だって聞いたわ。
そんな中、ウサギは「さあどうする?」とばかりにこちらを見つめている。
「ほ、本当に脱出できるんでしょうね!?」
ウサギ曰く、ここは異世界。
ついて行っても元の世界に戻れる保証はないけれど、ここで待っていたって戻れる確率は0%に近い。
だったら。
そんな考えがチラッと頭をよぎる。
その途端、グニャリと廊下が曲がった。
廊下が、壁が、窓が、グニャグニャと曲がってよじれてひっくり返って。
そして気がつけば、目と鼻の先に曲がり角がある。その角の先を覗けば分岐と、そして突き当りにまた曲がり角。
「無限回廊にようこそ! さあ頑張って突破しよー!」
「ちょ、これって」
迷路!?