9.金髪と紫髪
「かーなめ!おはよー!」
大学へ行く道すがら、偶然誠に会った。
「おー、誠。おはよう。まあもう午後だけどな。」
「まあ、細かいことはいいじゃん!それにしても、こんな場所で会うなんて珍しいな。いつもは授業ギリギリに滑り込んで来るくせに。」
「うるさいな。気分だよ気分!」
「おおー?何だその気の変わりようは!まさか女か?!」
「な、ちげえよ。」
要はできるだけ悟られないように平然を装ったが、誠には逆にそれが怪しく見えた。
「んー?怪しいなあ?」
「いや、本当に何もないって。」
女か?と誠に聞かれて、とっさに思い浮かんだのはもちろん美空のことだった。だが、一緒に星を見ただけで、別に何かあったわけではない。自分が焦っている方がおかしいと考えた要は、素直な気持ちでそう言った。しかし、心なしか要の顔がにやけているのを誠は見逃さなかった。
「ふーーん。まあ、いいや。付き合ったら今度紹介しろよ!」
しかし誠は深く追求することはせず、そう言っていつものようにニカッと笑った。
「つ、付き合うとかじゃねえって!」
その言葉を、聞いた誠は要の顔を見てにやにやと笑う。これでは誰か相手がいると言っているようなものだ。言ってから墓穴を掘っていることに気づいた要は、誠から目を逸らして黙り込みをきめた。
「どうしたのかな?かなめくーん?」
もう全てお見通しな感じの誠は茶化すように言った。昔から誠に嘘やごまかしは通用しなかった。はあ、とため息をついて諦めた様子の要は
「幸治にだけは言うなよ?」
と、念押ししておいた。すると誠は、あははと声を上げて笑った。
「お前ほんと幸治に厳しいなあ!まあ確かに俺も幸治には彼女紹介したくないわ。なんか、可愛かったら取られそうな勢いだもんな〜」
そんなことを言いながら大学の敷地内を歩いていると、カツ、カツ、というヒールの音とともに誰かと話す話し声が、後ろから聞こえてきた。まだ授業まで時間があった要たちが少しゆっくりと歩いていたからだろうか、その音と声は次第に近くなり、とうとう2人を追い越した。その人が通るたびに、周りの人から視線を集めているのがすぐにわかった。なぜなら要と誠もその人をつい見てしまったからだ。というのも、彼女はとても目立っていた。ぐるんぐるんに巻かれた金髪のロングヘアーに、大きなサングラス、服装はスーツだがスカートの丈は短めで、高いヒールをカツカツと音を立て、電話をしながら颯爽と歩いている。目立たないわけがない。まず、大学にサングラスをかけて来る人など滅多にいないし、金髪の女性も珍しい。就活をしている四年生はスーツの人もいるけれど、あれは絶対にリクルートスーツではないことが2年生の要にもわかった。
「おい、見たか?今の人。なんかすごかったな!パツキン美女?しかも巨乳!大学の人かな?」
誠が興奮気味に話しているが、周りの人の多くがその女のことを話しているようだ。
「どうだろうな。でもあんな目立つ人いたなら、もっと最初から有名だろ?誰かの保護者とか?」
要も少し気になってそう答えたが、答えがわかるはずもなく、そのうち誰かがどこかで聞きつけてきた噂が流れて来るだろうなどと思った。教室に着くと、大我と幸治がすでに席へ座っている。
「おっす!大我、幸治。聞けよ。さっきさあ!」
誠がそこまで言いかけて、とっさに幸治が目を輝かせながら言った。
「パツキン美女だろ?!」
「そうそう!何だ、お前らも見たのか?」
「いや、大我が見たって。俺はまだ見れてねえの。要と誠も見たのか?!ずりぃぞ〜俺もパツキン美女見たいー!」
そう言いながら幸治がジタバタとしている。皮肉なことに一番の女好きである幸治だけが、見れていないようだ。大教室で行われている授業の間中、生徒たちはヒソヒソとその女の話題を持ち出していた。すると教授が突然いつものつまらない話ではない話をいきなりし始めたので、生徒たちはさらにざわつく。
「ちょっと、静粛に。冒頭で話した通り、今日は突然だが、外部講師の先生をお招きしている。心理学の先生でな。まあ授業の中で関係しているところもかなりあるから、真面目に聞くように。それでは松原さん、お願いします。」
教授の説明が終わるとドアがガチャリと開いて、例の金髪美女が入ってきたのだから、生徒たちは大盛り上がりだ。先ほどよりも更にうるさくなって、教授がマイクで口うるさく言っているが、生徒たちにはあまり効果はなかった。ところが、その女性がマイクを持った瞬間、今までのザワつきが嘘のようにピタッと止まった。
「みなさん、こんにちは〜!今先生からご紹介預かりました、私は松原カエデと申します!専門分野は心理学ですが、普段は別の学校で心理カウンセラーをしています。本日はどうぞよろしくねっ」
カエデというその女性は簡単な自己紹介をすると綺麗にお辞儀をしてみせた。顔を上げると、要とバチッと目が合ったかと思うと、にこりと笑ってウインクをしてみせた。先ほどはサングラスをしていてあまり顔がわからなかったが、確かに綺麗な人で、また妖艶な雰囲気を纏っていた。要がそれに気づいてドキッとしたその瞬間、わぁ〜っと他の生徒たちも大盛り上がりで、かわいいだの、俺にウインクしただの、色々見解があるようだが主に盛り上がっているのは男のようだ。隣では幸治が興奮気味に話している。
「おい!今のウインク、、!絶対俺にしたよな?!こっち見てたよな?いやぁ〜あれが噂のパツキン美女かぁ!しかも巨乳!!ハッまさか俺狙いか?」
「バーカ幸治!お前にしたんじゃないだろ。それにしてもあの金髪、外国人か?でも顔は日本人っぽいなぁ」
冷静にツッコミを入れる大我も興味がないわけではないらしい。「静粛にー!!」そのうち教授がマイク越しに生徒を抑えて、彼女の特別講義が始まった。内容は心理学のことと織り交ぜて、普段の仕事である心理カウンセラーの事例なんかも余談で話している。普段は授業なんか全く聞いていない幸治や、他の生徒たちも今日ばかりは真面目に教卓に向いている。もちろん彼女を見ているだけで、授業を聞いているのかはわからないが。しかし確かに授業も面白く、なかなか興味深いものだ。心理学と言っても、専門的な用語説明など具体的なことではなく、どのようにしたら人を惹きつけられるかなど実践的な内容がほとんどで、そこは特別講義らしい講義であった。集中して聞いているとあっという間に講義は終わり、講義後も何人かの生徒は前に行ってカエデに話しかけたり、写真を撮ったりする人もいた。要と大我は次の授業が同じだったので足早にその教室を去ったが、後から聞くと幸治などはカエデと連絡先まで交換したというのだから全く抜かりのない奴だと思った。全ての授業を終え、大我はサークル活動があるというのでその場で別れた。要はというと、いつものように駅に向かって歩いている途中で、「しまった!」と声を出した。どうやら先ほどまで講義を受けていた教室に携帯電話を忘れてしまったようだ。急いで大学に戻る。幸いにも教室は講義をしておらず、部屋は電気が消されて真っ暗だった。すぐに携帯を取り出して帰ろうと思い、ドアに手をかけると、中から人の話し声が聞こえる。
「何よ?少し黙っていてくれる?私は私のやり方でやるのよ!!」
「え?何言ってるのイリス。そんなのまだ分かるわけないでしょ!」
電話で話しているのだろうか?声が聞こえるのは1人だけだが確かに誰かと会話をしているように聞こえる。少し入るのが躊躇われるが、携帯の為なら仕方ないと、要はゆっくりドアを開けて教室の中を除き込んだ。カーティスも閉まっていて中は暗かったが、奥に女性の影らしきものが見える。どうやら電話をしているわけではなさそうだ。こちらには気づいていないらしく、まだ会話を続ける。
「あなたその情報確かなんでしょうねえ?嘘ついてたら承知しないわよ」
「、、、」
「わかってるわよ。でも、、、」
一体誰と会話しているのだろう。一見すると1人で会話をしているみたいで、少し不気味だ。このまま入るのは気づかれた時に少し気まずいと思い、要は大きくドアをノックしていかにも今入ってきた風を装った。
「だれ?!」
「あ、すいません。中に人がいたなんて気づきませんでした。あの、携帯を忘れて取りに来たのですが、、いいですか?」
「あ、ああ。そうだったの。どうぞ!」
そう言うと女性は腕組みをしてそっぽを向いた。綺麗な金髪がサラッとなびいた。教室に入ってから気づいたが、どうやらこの女性は今日外部講師として来ていた、松原カエデのようだ。それに気づいて、要は咄嗟に「あ!」と声を出してしまった。その声を聞いて彼女がこちらを振り返る。
「何かしら?」
「あーえっと、さっきの講義受けてたんですけど、面白かったです。」
要はこんな初対面の女性に話しかけられる性格ではなかったが、できるだけ怪しまれないようにと、自然に口に出ていた。
「まあ!そーうー?それは嬉しいわ!あなた心理学に興味があるの?」
「いえ、興味があるわけでは、、」
言いかけて要は目を彼女の下らへんに向けた。カエデの後ろの人影に気づいたからだ。今までいたのか?と言うほどに影が薄く、もしかすると幽霊的な何かなのではないかと目を見開く。その人影がカエデの腰辺りからひょこっと顔を出したので、要は驚いて「わぁーー!」と声を上げた。
「え、ちょっとあなた?どうしたの突然!」
「先生、その子は、、!?」
要が指差す先には、紫色の髪をした少女がこちらを見て微笑んでいる。それはとても不気味だった。
「あなた、イリスが見えるの?!」
カエデもどうやら驚いたようで大きい声を出した。
「やっぱり見えちゃいけないものなんですね?!うわぁ、俺霊感とかないはずなんですけど。幽霊とか初めて見ました、、、。」
「イリス、、ゆうれい、、ちがう、、」
「しゃ、しゃべった、、!」
少女は小声で何か喋っているが、距離が離れていることもあり何と言ったかは聞こえなかった。要はすぐにその場から立ち去りたい気持ちだったが、驚いて体が硬直してしまい言うことを聞かなかった。
「違うわ。イリスは、、」
カエデは言いかけた言葉を止め、要を見た。教室の外では、どこかの授業が終わったのだろうか、少しだけ人の話し声が聞こえる。
《あなたに話があるわ。場所を変えましょう。後ろからこっそりついて来て》
「、、、え?」
頭の中に直接言葉が聞こえたかと思うと、カエデはドアの方に目配せをしてカツカツと歩き始めた。その後を紫色の髪の少女が続く。見ると少女がこちらを見て手招きしている。ついて来いと言うことだろう。要は体を頑張って動かし、2人の少し後をついていった。それにしても、先ほどの頭の中に直接語りかけられたような感覚と、ラルフやレオと同じくらいの大きさの少女。要は最初この少女を幽霊だと勘違いしていたが、よく見るとちゃんと足もあるし幽霊ではなさそうだ。となるとやはりこの女性も、、、。そんなことを考えていると、前方でカエデが数人の生徒に捕まっているようだ。少し会話をしてからまた歩き始めた。
(、、ん?何だ今の違和感は、、、)
要はその光景を後ろから見ていたが、どこか違和感を覚えたのだ。何だろうと考えて、ハッとした。そう、生徒たちは紫髪の少女に見向きもしなかったのだ。普通あんな少女を連れていたら誰だと聞くだろうし、聞かなかったとしても1度も見ないと言うのはおかしい。本当に気づかなかっただけなのか、あるいは、、、。
「ふぅ、ここまでくれば誰にも邪魔されずに話せるかしら」
カエデの言葉で我にかえると、そこは大学の校舎から少し離れた公園だった。芝生が生い茂った広い敷地に、ベンチなども少し置いてある。休日になると大学生だけでなく家族やカップルも訪れる場所だが、この時間帯は誰も人がいなかった。紫髪の少女はベンチに座り、無表情で足をぶらぶらさせている。
「あの、どういうことですか?さっきの言葉って先生が、、?」
「ちょっとちょっと!その先生っていうのやめてくれる?私別に先生でも何でもないのよ。カエデお姉さんって呼んでね?」
カエデはそう言うと要ににこりと笑いかけた。怒りながら笑う人特有の目が笑っていない少し怖い笑顔だ。
「は、はい。わかりました。じゃあカエデさんで。」
「どういうことか聞きたかったのは私の方よ。そういえばあなた名前は?」
「あ、小野寺です。」
「そう、じゃあ小野寺くん。単刀直入に言うわ。あなた、能力者なのね?」
「え、、、!」
要は言葉を失いかけた。いきなりそんなことを聞かれるなど思っても見なかったからだ。しかし、この言葉で要の予想は確信へと変わった。
「カエデさん、その子は、"スコタディ"ですか?」
何も知らない人がそんなことを言われても意味不明だろうが、カエデにとってそれは答えを言っているようなものだ。カエデは少し笑いを浮かべながら答えた。
「ええ、そうよ。この子はイリス。私は"テレパシー"の能力が使えるの。」
"テレパシー"と聞いて、なるほどと理解した。先ほど直接頭の中に言葉が降って来たのはやはり彼女の能力だったようだ。しかしいきなり自分の能力をバラすなんて、怖くないのだろうかとも思った。最初に能力者かと聞かれてすぐに答えられなかったのは、バレたら何かされるのではないかという恐怖心があって構えてしまったからだ。しかし、彼女は全くなんな素振りを見せず自分の方から能力のことを教えてきた。どうやら彼女は敵ではないと判断した。
「そうだったんですか。驚きました。いきなり頭の中に語りかけられたら普通戸惑いますよ。どうして俺が能力者だって思ったんですか?」
「だってあなた、イリスのこと見えていたでしょう?スコタディは選ばれしものにしか見えないのよ。つまり、この子が見えるってことは能力者だって言っているようなものなのよ。そんなことも知らなかったの?」
「は、初めて知った、、。俺、初めてスコタディに会ったのはほんの一、二カ月前くらいなので。」
「二ヶ月前?!随分早く能力が開花したのね。私でも半年はかかったっていうのに、、」
カエデが何か言っていたが、要はそれよりスコタディがカエデに着いて歩いていることの方が不思議だった。イリスと呼ばれたその少女は相変わらず無表情でベンチに座ったままで、口を開く気配はなかった。
「それで、あなたの能力は、教えてくれないのかしら?」
カエデが改めて聞く。要は観念して自分の能力のことを話すことにした。
「ああ、カエデさんは敵じゃないみたいだし教えますけど。俺の能力は簡単に言うと"時間停止"能力です。もちろん制限などはいくつかありますが、、。」
「時間停止能力、、、!なるほどなるほど。それはいいわね!!何かしら役に立ちそうな能力ね。、、、あなたちょっと私に協力する気はなーい?ま、断られても無理やり連れて行くけれど。」
「は、、?協力?一体何を、、」
思わぬカエデの問いかけに、要は頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。