7.危険な男
要は少し、緊張していた。
普段、1人や男友達とは絶対に来ないようなお洒落なカフェの前でキョロキョロと周りを見渡す。周りからの視線が少しいたたまれないような気がして、早くこの場から立ち去りたいような気分だった。
相変わらず暑い太陽がある午後、要はそこで待ち合わせをしていた。他でもない美空とだ。能力を使いこなし初めてから少し経って、美空の方もそれなりに楽しそうに能力を使っているという話をチャットで聞いてはいた。しかし、いきなり「明日会えませんか?」と連絡が来た時には少し焦ったものだ。どうやら何か話があるらしいが、どこか深刻そうな感じだった。美空が焦るとは珍しいと思い心配もしていた。
ふと隣を見ると、そこには制服姿の美空の姿があった。いつから2人とも気づかずに並んでいたのだろうか。美空は少し難しい顔をしている。
「美空?よっ!久しぶりだな。」
「えっ、要くん?!いつからそこにいたんですか?気づきませんでした、、」
「あはは、俺も今気づいたんだ。考え事か?眉間にしわ寄ってるぞ」
「へっ?」
美空は眉間を、押さえて伸ばしてみせた。そんな美空を見て要はふっと微笑む。そして、とりあえずカフェの中に入った2人はどこかよそよそしく席に座った。
「突然お呼び出しして申し訳ありません。どうしても要くんに言っておきたいことがありまして。」
定員にアイスコーヒーを2つ注文してから、美空は深刻そうに話し始めた。
「言っておきたいこと?」
「はい、話すと少し長くなるのですが、」
時計を見ながら、要の顔色を伺う。
「ああ、俺は大丈夫だよ」
「ありがとうございます。それで要くん、能力の方はその後どうですか?」
「ん〜、まあある程度使うようにはなってきたよ。もちろん乗り気なわけじゃないけど、最近は便利だとも思ってる」
要は正直に答えた。
「時を止める能力なんて、いろいろ活用できそうですもんね」
「そういう美空はどうなんだ?チャットでは使ってるって言ってたよな。まさか話ってそのことか?」
「あ、いえ。私の能力のことではないのですが。実は言っていたように私も要くんと話をしてから、以前より能力を使っていまして。成り行きで恋のキューピッドになっちゃったりしているのです、、。」
「こ、恋のキューピッド、、?」
「はい、、」
美空はこんなことになってしまった経緯をある程度説明した。
「なるほどな。美空らしいっちゃらしいけど。それが能力と何の関係が?」
「えへへ。それで隣のクラスの神宮寺さんという方の想いびとに会いに、男子校まで行ってきたんですが、、」
そこまで言いかけて途端に美空の顔が曇ったのがわかった。
「美空?」
「あ、ごめんなさい。要くん、これはあくまで私の思い上がりかもしれないのでそう思って聞いてほしいのですが、私、会っちゃったかもしれません。私たち以外の能力者に。」
美空はそういうと要の目を見つめた。ほぼ無意識に要は目をそらしていた。
「あ、、要くん!それと、1つ約束してもいいでしょうか?」
要が目をそらしたのを見て美空は続けて口を開く。
「え、どうしたんだいきなり?」
話の流れを折っていきなり約束などと言い始めたので、要は拍子抜けした。
「あ、いやその、私こんな能力を持っていますから、もしかしたら要くんがそのうち、私と話すの嫌になってしまうのではないかと思いまして。だから、約束です。私、要くんには今後能力を使いません!だから、その、安心して、、」
そこまで聞いて、要はようやく気づいた。先ほど目があったとき自分が目をそらしたのが、彼女は要が自分に能力を使われるのではないかということを恐れて目をそらしたと思ったのだ。しかし要には全くその気は無かった。どちらかといえば、恥ずかしさ紛れに目をそらしただけだったのだ。美空が自分に能力を悪用するわけがないと、まだ数回しか会ったことがないのに要は既に美空のことを信用しきっていた。そんな彼女にいらぬ心配をさせてしまったのかと、申し訳なくなった。美空は少し気まずそうに俯いている。
「いや美空、違うんだ。さっき目をそらしたのは、その」
言いかけた言葉を止めた。今何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。それならば、彼女の精一杯の言葉に返そうと思った。
「わかった。俺も美空の前で断りなしに能力を使わない。約束するよ。これでおあいこだろ?」
そう言って微笑むと、美空は嬉しそうに満面の笑みをこぼした。
「はい!」
「これで気兼ねなく話せるだろ?それで、さっきの話の続きだけど、能力者に会ったっていうのは本当か?」
「まだ、確定はできません。だけど、何だか嫌な予感がするんです。私と神宮寺さんは彼と話すために待ち伏せをしていて、近づいてきて目が合ったと思ったら、なぜか帰り道にいて、、」
「どういうことだ、、?」
「私にもよくわかりません。だけど、目が合ったとき私思わず彼の思考を読み取ったんです!そしたら彼、私を見てこんなことを考えていたんです。」
(チッ、恋のキューピッド気取りかようぜえ。ちょっと顔が良いから相手してやろうと思ったがやめだ。こいつらも"能力"で消してやろう)
「能力、、!確かにそう言っていたのか?!」
「はい、これは確かです。だからあの女の子たちが急に素直になって帰ったのも、私たちが気づいたら別の場所にいたのも、彼が何らかの能力を使ったのではないかと思うんです。」
「なるほどな。でもそれは考えられるな。まず能力者が俺たちだけなはずがないと思うんだ。ラルフと話した時に、自分が蒔いた種で能力を使えるのは俺だけといっていたが、現にレオは美空に力を与えたわけだろ?スコタディがラルフとレオの2人だけとも考えにくいし、そう考えると俺たちの他に能力者がいてもおかしくない。」
「そうですね」
美空の顔が少し曇る。
「だけど、それはそうだとしても別に俺たちに直接関係がある話じゃないだろ?そいつはそいつで能力を使い果たすまで使う、ただそれだけだ。」
「はい、それだけならいいのですが、、」
「何か心配なことでもあるのか?」
「何だかあの人、とても冷たい目をしていました。要くんみたいに能力をそう割り切っていればいいですが、すごく危険な感じがしたんです。根拠はありませんけど...」
女の勘というやつだろうか?と、少し考えたが会ったことのない能力者のことを考えても仕方がない。とりあえずそういう奴もいるのだということを知れただけでも大きな収穫だ。
「まあ、大丈夫だろ。もしそいつが本当に危険そうだったり美空に何かしてきたりしたらすぐ言えよ。俺にできることはするから」
「はい。ありがとうございます。」
美空は少しだけホッとした顔を見せた。
◇
美空とカフェで別れてから、要はふらふらと街をうろついていた。美空が話していたことを考えながら、家の方面へとぼーっとしながら歩く。もし、美空が言っていたことが本当ならば、この街のどこかに能力者が実はいるということもありえるかもしれない。しかし、もしそんな奴がいたとして自分はどうすればいいのだろうか。ノコノコと出てきて、俺も能力が使えるんだと言ったところで、そいつと決闘でもするのか?少年漫画じゃあるまいし、、などと考えていると、街の路地裏に怪しい人影が見えた。よく見ると、1人の高校生と思しき少年が、何人かの不良に囲まれているのが見えた。
(カツアゲか?!これはまずい。何とかしないと)
自分の能力なら少年を助けることができるかもしれないと思った要は、少し出るタイミングを伺うことにした。
「おい、お前その制服、見たところボンボンのおぼっちゃま学校じゃねえか!さぞかし金もってんだろうなあ?」
「早く出せよガキ」
「どうしたあ?動かねえで。こいつ怖くてちびったんじゃねぇの?」
クソ野郎、、!今にも飛び出して殴りかかりたい気持ちだったが、あいにく要は喧嘩などしたことが無かった。まして、数人相手など敵うはずもない。我慢して今か今かと出るタイミングを待っていると、不良の方が少年の胸ぐらを掴んだ。
「おい!早く出せっつってんだろこのくそガキ!!」
声を荒げた不良を見てさすがにやばいと感じ、要が能力を使おうとしたその時だった。今まで沈黙を守ってきた少年が顔を上げ口を開いた。
『くそガキはお前らだろう。お前らの財布を置いてここから立ち去れ』
そう少年が言ったかと思うと、今までの威勢が全く感じられなくなった不良たちが次々と自分の財布を少年の前に置きその場から立ち去っていった。要は唖然とした。何が起きたのだ?ただ少年が命令したただけで、今まで金を取ろうとしていた相手の言うことを聞くだろうか。そんなはずがない。まさか、、。要はその予感を確かめることを躊躇わなかった。次の瞬間には能力で時を止めた。財布を持ちあげようとしている少年を前に、置かれてある全部の財布を持って彼との距離を取った。しばらくしてスゥっと少年が動き始める。
「は、、?」
少年は顔を歪めた。つい今まで目の前にあった財布が急に消えたのだから無理もない。だがすぐに正面にいる要の存在に気づき身構えた。
「誰だお前!!今何をした?!」
鋭い目つきが要に突き刺さる。
「いや、あんたがカツアゲするとこの一部始終を見てしまったんでね。この財布はちゃんと彼らに返さないと」
挑発するつもりはなかったが、言葉的にそういう意味に聞こえたかもしれない、という感じはしたが要の方も今更引き下がるわけにはいかなかった。男のプライドというやつだ。
「へえ、おもしれえ。俺とやり合おうってのか?泣いても知らねえぞ」
「泣くのはどっちかな。」
正直、普通に喧嘩をしたら負けそうなくらい彼の威勢はすごかった。しかし、要にも策があった。もしこいつが能力者ならこの場面で必ず使ってくるはずだ。それを確かめるためにわざと怒らせるようなことを言ったのだ。少年はニヤリと不敵な笑みを浮かべゆっくりこちらに近づいてくる。要の目の前まで来たところで、バッと顔を上げた。同時に少年と目が合う。まるでそのまま吸い込まれてしまうかのような感覚に陥りそうなったところで、とっさに目を閉じた。要が次に目を開けた時には既に時は止まっていた。先手必勝だ。
(なんだ今の、、?!とにかくやばい。ここはひとまず逃げで様子を見るか?)
しかし少年が能力を使おうとしたことは確かだ。要は少年の後ろに周り、能力を解除した。少年は驚いた顔で振り返る。
「なん、だ?てめえ!ふざけんな!!」
自分の能力が発動できなかったことで、さらに怒りを露わにした少年が再びこちらに向かって走ってくる。
(やばい、やばい怒らせちまったよ。どうするか)
考える間も無く要は少年が能力を発動する前に時を止め続けた。しばらくすると、少年はハァハァと息をあげてこちらを睨みつけている。近づくたびに消える要を走り回って追いかけていたために息が上がってきたのだ。しかし、要はただ時を止めて動き回っているだけなので、息など上がるはずもない。状況から見て要の方が優勢であることは明らかだった。
すると、少年はようやく話す気になったのか要を追いかけるのをやめた。
「ハッ降参だぜ。お前、瞬間移動の能力か何かか?能力を使う前に逃げられちゃあ俺の勝ち目はないな」
少年はふてくされた表情でこちらを見た。どうやら傍目から見ると、要の時間停止能力は瞬間移動をしているように見えるらしい。確かに時が止まっている間は要以外は止まっているので、急に移動したように見えるのだ。少年のその表情に要は内心ホッとしていた。戦わずに話し合うことが要の目的だった。少年を疲れさせれば戦う意思も削がれるだろうと思ったのが、どうやら正解だったらしい。
「ああ、すまない。戦う気はもともとなかったんだよ。ただあんたと話がしたくてな。ここはひとまず休戦として、俺の話を聞いてくれないか?」
「いいぜ。もっとこっちへこいよ。そこじゃ遠いだろ?」
少しは話のわかるやつでよかった、と思い要は少年の元へ行く。
「俺は小野寺要だ。お前の名前は、、」
そう言いながら近づくと、少年は再びニヤリと笑った。
「俺の名前は桐崎海斗だ。」
その瞬間、目が合い、再び吸い込まれるような感覚に陥る。やばい、と思った時には一歩遅かった。
『頭が高いぞ、小野寺要。俺の前に跪け』
意識が戻ると、要は桐崎海斗という男の前に跪いていた。何が起きたのかさっぱりだった。
「な、、に、、」
海斗は不敵な笑みを浮かべ要を見下ろす。
「話し合い?んなナメくさった真似俺がするとでも思ったか?嬉しいねえ、能力者が自ら俺の敵役をかって出てくれるとはなあ。だが、甘いな。期待を裏切るなよ。」
呆気にとられ要は言葉が見つからない。
「お前がどんな能力を使おうが、俺の命令は絶対だ。覚えておけよ。小野寺要。お前は俺の敵だ。」
冷たい目でそう言い放った海斗は、跪く要を置いてその場から立ち去っていった。
要は成すすべもなく、その場にしゃがみこんだ。