5.思惑
美空とレオに出会った日から、数日が経とうとしていた。カーテンを開けるとまぶしい太陽の光が要を照り付けた。ついこないだまでずっと雨続きだったというのに、最近はすっかり梅雨も明け、蒸し暑い日が続いていた。
要はあれから、レオが言っていたことをひたすら考えていたが、結局答えが見つかるはずもなくふてくされていた。
「要、今日は学校くる?」
「そろそろ来ないと単位やばいぞ~」
「てかこーじ起きてる?」
「やべ、今起きたwww」
「おいww」
携帯がピコピコと音を立てている。グループチャットで誠たちが会話をしているようだ。
ここ数日いろいろありすぎて、最初に能力が発動したあの日からずっと学校へは行っていなかった。しかし、単位が危ういことは自分でも自覚していてさすがに今日は学校へ行かなければ、と身支度を整えているところだ。
「今日は行くよ」とチャットに返事をして部屋を出た。
「おーっす、要!久しぶりじゃん。元気かー?」
大学につくと勢いよく誠が走ってくるのが見えた。
「おう、心配かけたな。もう大丈夫だよ。」
要が雨の日に体調を崩しやすいことを知っている誠は、梅雨の影響で休んでいると思っているようだ。まあ、雨の影響もあったのだが、、と、昨日までの出来事を思い出す。
「梅雨明けしたみたいでよかったな。」誠はそういって笑顔を見せた。
教室へ行くと大我がすでに席をとってくれていた。
「おはよう、大我」
「要、ようやく来たのか。大丈夫か」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
要は内心ほっとしていた。大我に会うのは能力を使った時以来だったからだ。しかもあの後何も言わずに帰ってしまったから、次に会ったとき何か問いただされたり気まずくなったりしたらどうしようかと心配していたのだ。しかしそんな心配とは裏腹に、大我はそんなそぶりは全く見せなかった。むしろ体調を心配してくれていた様子だ。もしかするとなかったことにしてくれているのかもしれない。ここは大我の大人な対応に感謝するしかないなと思った。だが問題はもうひとつあった。
「あれ、幸治はまだきてないのか?」
「ああ、あいつ寝坊したから今日休むって。ほんと二人ともだらしないなあ」
大我はそういって要を見る。
「いや、俺はあいつとは違うっての」
要はそこは譲らないといった調子で答えた。しかし、助かった。そう、もう一つの問題というのは幸治のことである。大我は大人な対応をしてくれたが、幸治のやつがそこまで大人とは思えない。きっと次に会ったらあの日のことを問いただされるに違いない。どうしたものか。
そんなことを考えているうちに授業はあっという間に終わっていた。
「要、今日バイトか?ないならファミレス寄ってこーぜ」
「ああ~いや、バイトはないんだけど、ちょっと用事あるんだ。ごめん」
「なんだよ~最近ノリわりぃぞかなめ~」
「まあまあ、誠、嘘ではないみたいだし許してやれよ」
「ほんとごめんって。今度埋め合わせするから」
「お、言ったな?じゃあ今度パフェおごれよパフェ。絶対だぞ」
「わかったわかった」
やりぃ!と誠は嬉しそうにジャンプしている。
「ったく、調子いいやつ」
「誠のやつ、久しぶりに要が来たからうれしいんだよきっと。休んでいる間もずっと心配してたからな。」
「なにそれ、ちょっとキモいぞ」
とはいえ誠には本当に感謝していた。休んでいた分の授業資料もちゃんともらっておいてくれていたし、なんだかんだで連絡を取ってきてくれるのも要にとっては助かっていた。誠がいなかったらとっくに大学に行かずに引きこもっていたかもしれない。そう思うと、今度パフェをおごってやらないこともないかもしれない。
もちろん用事があるというのは嘘ではなかった。誠と大我と別れて、要は家へと向かった。正確に言うと家の近くのあの路地にである。確かめたいことがあったのだ。
路地につくと、要は迷わずそこに入っていった。いつも通っていた道なのに、ここ最近通ることを避けていたためか、すごく久しぶりに通るような気がした。確かめたいことというのは他でもなく”ラルフ”のことだった。レオにあってからずっと考えていたのだ。美空がレオとあんなふうに親しくしていることが要は不思議でならなかった。奴ら、レオ曰くスコタディというやつらのことを要は自分の敵のように感じていたからだ。しかしレオにあってもう一度ラルフの話を聞いてやらないこともないと思ったのだ。
路地の真ん中らへんまできて、要は周りに誰もいないことを確認してラルフを呼んでみた。
「ラルフ、いるんだろ?でてこいよ」
美空がレオを呼んだ時のように空に向かって話しかけた。すると、フッと後ろに気配を感じた。
「君の方からやってくるなんて、どういう風の吹き回しだい?」
振り返るとそこには相変わらず暑そうな格好をしたラルフが立っていた。
「やあ、久しぶりだねカナメ。その後、能力は使ってくれたかい」
ラルフはフッと不敵な笑みを浮かべる。要はラルフを睨みつけながら言う。
「使うも何も、何の説明もなしにこんな力もらったって喜んで使うやつがどこにいるかよ。」
「あれれ、そうかなあ。僕が今まで力を与えてきた人はみんな喜んで使っていたよ。結果、僕らの世界を救ってくれたんだ。そもそも、その力はもう君自身のもの。僕がどうこう説明できるものではないよ。使って、使って慣れるしかない。」
「はあ?ふざけんなよ。レオってやつに会った。お前らスコタディが何を企んでいるか知らんが俺は協力するつもりなんてないからな。そもそも俺以外にも能力を使えるやつらがいるならそいつらに頼めばいいだろう。」
「驚いた。レオにあったのか。事情を聴いているなら話は早い。能力を使ってくれるだけでいいんだから安い話だろう。確かに僕が能力を与えたのは君だけじゃないが、残念ながらそれはできないんだよ。今までの人たちはもう効果切れ、つまりは用済みなんだ。僕が蒔いた種で今能力を発動できるのは君だけなんだから、カナメ」
「用済みって、、どういうことだ?どうなったんだよ、その人たち」
「言葉通りの意味だよ。能力はずっと使えるわけじゃないんだ。だから、力が使える今、要には存分に使って欲しいんだよその能力を」
「なに、、?いったい、何のために、、」
「そこを考える必要はない。君の力は素晴らしい。使ってみたら、感想を聞かせてくれよ。楽しみにしているよ。」
その言葉を最後に、ラルフはスッと姿を消した。
「おい、ちょっと待て!まだ話は、、!」
引き止めようとしたが、一歩遅かったようだ。ラルフは忽然と消えてしまった。
しかし、収穫はあった。まず、ラルフともう一度話せたことで要は少し安心していた。自分の中に突如として現れた能力のことを誰かと分かち合ったことで、自分だけの問題ではないのだ、という安堵があった。
要は路地を抜けると、家には帰らずにふらふらと街を歩いていた。どうもじっとしている気分ではなくなったからだ。先ほどのラルフの言葉を頭のなかでぐるぐると考えながら歩く。
ふと前に見をやると、クレープ屋か何かだろうか、店先に女子高生が数人たむろしていた。意図せずぼーっと彼女らを見ていると、急な突風とともにきゃあっという声をあげながら彼女らの短いスカートがひらりとめくれ返る。それがスローモーションに見えたかと思うと、ピタッとその瞬間で止まってしまったのだ。要はあっけに取られた。まさか自分がこんな、女子高生のパンツの中を見たいが為に時間を止めてしまうだなんて、、と自分がとても恥ずかしくなった。もちろん即座にスカートからは目をそらしたが、無意識に時を止めてしまったという事実だけが自分の中に残った。もちろん誰がわかるはずもないが、、、。"戻れ"と心の中で唱えると、次第に時が動き始めた。と同時に突風が自分の髪を揺らす。そのまま要は何事もなかったかのように、女子高生の横を通り過ぎようとした。
「要くん?!やっぱり、要くんじゃないですか!」
突然声をかけられたので、ビクッと体が飛び跳ねた。自分に女子高生の知り合いなどいただろうか、と振り向くと、そこには美空の姿があった。前に会ったときは私服だったから忘れていたが、そういえば高校生だと言っていたなと思い出す。この辺りでは有名なお嬢様学校の制服だったのですぐにわかった。しかし、改めて見るとその制服は彼女にとてもよく似合っていた。他の制服ではわからないがやはりお嬢様が通う学校の制服というだけあって、とても品のある感じが美空の大人っぽい可憐な容姿を際立たせていた。そして、自分は美空の友だちのパンツを見そうになったのか、と余計に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「美空?!どうしてこんなとこに、、」
どうしてってことはないだろう、と自分でも思ったが咄嗟のことで他にいい言葉が出てこなかった。
「あはは。驚きすぎですよ、要くん。どうしてってことないじゃないですか!友だちとクレープを食べに来ていただけですよ。」
後ろを見ると、同じ制服を着た数人が珍しそうにこちらをみている。
「美空さん、その方は?」
「あ、紹介しますね。こちら小野寺要くんといって、私の命の恩人なんです」
「まあ、この人が以前言っていた?こんにちは。」
「どうも」
美空が自分のことを周りに話していたと聞いて要は少し、いやかなり嬉しかった。
「要くん、今から少し時間ありますか?よかったらお話ししましょうよ」
「ああ、俺はいいけど、、友だちはいいのか?」
「私たちのことならお気になさらず。美空さん、また明日ね。」
「あ、ありがとうございます。また明日。」
友人と別れを告げ、要と美空は並んで歩き始める。
「要くん、その後どうですか?能力は」
「どう、、と言われてもな。まだいまいちわかっていないことが多い。けど、どうやら自分の意思で発動することは間違いないらしいな。」
先ほど力を使った時のことを思い出して、美空から見をそらす。
「ん?どうしたんですか要くん?」
「いや、何でもない」
「そうですか。でも、そこは私も同じです。自分が読み取りたいと思ったときに能力は発動するんですね。そう考えるとすごく便利ですよね。」
「たしかにな、、」
その通りだと要は思った。小説などで読んだことのある異能力というのは、どこか欠点があったり自分の意思とは関係なく発動したりというのを見たことがある。しかし、もし何もなくただ自分が能力を使いたいときに使えるとしたらそれは最強ではないか?、、、最強?本当に?ふと、ラルフの言っていたことを思い出す。
「いや、能力にはたぶん限界があるんだ。つまり無限じゃない。ずっと使っていればそのうちに消えるものなのかもしれない。」
「どういうことですか?」
「実は、ラルフに会ってきたんだ。」
「要くんに力を与えたスコタディのことですか。それで、彼がそう言っていたんですか?」
「ああ。確か能力を与えたことがあるのは俺だけじゃないらしい。今までの人たちは効果が切れてもう能力を使うことはできないとも言っていた。」
「なるほど!わかりましたよ要くん!きっとスコタディたちは私たち人間が能力を使うことで何らかの利益があるんでしょう。ただ能力を使ってくれと言って言ってるのはそういうことなんですよ、きっと。」
「じゃあ俺たちがこの妙な能力から解放されるには、能力を使うしかないってことか。」
美空はどや顔をして、頷いた。美空の言うことも一理ある。何はともあれ、やってみないことには事は進まない。
要は決心して、引きつった笑顔をみせた。
「じゃあ、やってやろうじゃん」
スコタディたちの思惑通りになるのは少々気が引けるが、今はとにかく、この能力から解放されることを最優先にしようと考えた。それで、この願わぬ能力や悪魔のような妖精たちとの取引から抜け出せるのなら、少しの辛抱だ。そういう軽い気持ちだった。
この時の2人は、まだ気づくはずもなかった。
スコタディたちの本当の目的と、その代償をーー。