12.美空と海斗
要と星空を見た日から数日が経ったある日。
美空はあれから、少しの不安を残しつつも平穏な日々を過ごしていたはずが、、、。
美空は今、自分でも考えられない場所にいた。
「おい、早くこっちへこい!!」
「は、はい、、、」
海斗に言われ、渋々とついていく美空。
(ど、どうしてこんなことにーー?!)
時は数分前に遡るーーー。
*
学校からの帰り道。
美空は要との話を思い出していた。要は海斗と関わらない方がいいと言っていたし、自分でも海斗のことは怖いと思った。しかし、美空は海斗と直接話したわけではない。やはり要が今後も危険に晒されてしまうのではないかと思うと、気が気ではなくなった。そんなことを考えていると、美空は居ても経ってもいられなくて気づくと花宮男子校の前に来てしまっていた。
「ハッ!色々考えていたらこんなところまで来てしまっていました、、。はぁ、帰りましょう、、。」
自分が海斗に会ったところで、何もできないだろうとわかっていた美空は大人しく家に帰ろうと振り返る。校舎を背に歩き始めると、後ろから「おい」という声が聞こえた。見ると何とそこには桐崎海斗の姿があった。
「か、カイトくん?!」
京子がいつもカイト様、カイト様言っているので、とっさに名前で呼んでしまった。
「あ?何だお前、いきなり名前呼びかよ。そういやこないだも来てたよな?お前、俺のファンだろ?」
「えっ?あ、、苗字は桐崎くんでしたよね、、?失礼しました。それと私は桐崎くんのファンではないのでご安心を!!」
目を見ないように鞄で顔を隠し、怯えながらそう言う。この前の態度からして海斗は自分に群がってくる人が嫌いなのだろうと予測し、ファンではないということを強調して言った。しかし、それはどうやら逆効果だったようだ。チラッと顔を見ると、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
「ああん?何だとてめえ。せっかくこの俺が話しかけてやったのに何だその態度は」
「ひええ、すいません、すいません!ファンです!大ファンです!!」
美空はついファンなどという嘘をついてその場を切り抜けようとしたのだが。
「そうか、そうか。やっぱり俺のファンだったか!それならそうと早く言えよ。お前、名前は?」
「へ、、西ノ宮美空と申します。」
「ほう、お前これからちょっと付き合え」
美空の挙動をみて海斗は満足そうに言った。
「は、はい!、、え、はい??今なんて?」
「ガタガタぬかすな。早く行くぞ。」
海斗はそう言うと足早に歩き始めた。美空は、大変なことになってしまったという気持ちと、言うことを聞かないと何をされるかわからないという気持ちで葛藤したが、後者の気持ちが圧倒的勝利だった。仕方がなく、テクテクと海斗の後ろをついて行くことにした。それにしても、この前の態度と随分違うような気がする。能力が使えれば考えていることがわかるのに、と、美空は能力を使えそうなタイミングを伺うことにした。とはいえ、前回海斗に能力を使われたのは目を合わせた時だった。恐らく、自分と同じく目を合わせないと使えない能力なのかもしれないと思い、美空の警戒心はマックスレベルだ。
「おい、着いたぞ」
見ると、和づくりの立派な門がそびえ立っている。中は塀で囲まれていてよく見えないが、おそらく相当の敷地であることがわかる。
「え、ここって、、、」
「ああ、俺の親父の家だ。いいか?お前は黙って俺の言うことに頷いていればいい。俺のファンだっていうならそれぐらいできるだろ。」
「え、ちょっとどういう」
「うるせえ。行くぞ。」
海斗はそういうと、門のロックを解除する。ゴゴゴ、、と音を立てながらゆっくり門が開いていく。すると中からすかさず高そうなスーツを着た男性が出て来た。まさかいきなりお父様?!と身構えた美空だったが、どうやら違うようだ。
「お帰りなさいませ。海斗様。そちらがお連れの方ですか?」
「ああそうだ。早く親父のところへ連れて行け。」
「おっしゃっていた通りお美しい。しかもその制服、花宮女子学園の方とお見受けしました。育ちもいいとは。これなら旦那様も文句は言わないでしょう。よくこんなすばらしい女性を見つけて来たものですね、さすが海斗様。」
「少し黙れ、葛西。」
葛西と呼ばれたその男性は、彼の執事だろうか?黙れと言われ海斗に睨まれたというのにニコニコとした笑顔を崩さない。しかし美空にはその笑顔が少し不気味に感じた。
「失礼致しました。では、御案内します。こちらへどうぞ。」
敷地の中は思ったよりも広く、家に入るまでも少し時間がかかるくらいだった。葛西の後を海斗が、その後を追って美空がというようにぞろぞろと縦になって歩く。すると海斗がこちらを見て小声で何か言っている。
「おい、何でそんな後ろを歩いている?!もっとこっちへこい。隣を歩け隣を!」
「は、はい。」
美空もなぜか葛西にバレないように小声でいい、小走りで海斗の隣へ行く。
「さて、歩かせてしまい申し訳ありませんね。もう着きますので。」
葛西がそう言うと立派な庭に見合った大きな和風の平屋が見えてきた。美空はごくり、と唾を飲む。一体どうして自分はこんなところにいるのか、という一番の疑問が頭をよぎったが、今更後戻りはできなそうだった。
「さあ、こちらに旦那様がお待ちです。」
話の流れからして、なぜか自分は海斗の父に会うことになっているらしい。全く話が読めず、海斗に何度も助けを求めたが、それも届かなかった。
「失礼致します。旦那様、海斗様とお相手の女性をお連れしました。」
葛西が部屋の中にそう呼びかけると
「入れ」
と一言聞こえてきた。
「では、私はこれで。」
用が済んだようで、葛西はその場から立ち去った。
ガラッと扉が開くと、そこには和服姿の男性が正座をして待っていた。若々しく背筋をピンと伸ばし、いかにも賢そうなオーラを放っている。目元がどことなく海斗に似ている気がした。この人が、、
「桐崎くんのお父様?」
小声で海斗に聞く。
「ああ、とにかく話を合わせろ」
女子たちを蹴散らしていたあの威勢はどこへ行ったのかというほど、今日の海斗は大人しい。海斗の父を正面に、海斗と美空が並んで座る。シンと静まり返った重い空気が3人を包む。
「連れてきたのか海斗。その女性が、、」
重い空気の中口を開いたのは海斗の父だった。
「ああ、こいつだ!どうだ、こいつならいいだろう。顔もいいし花宮女子のやつだ。育ちも間違いなくお嬢様だろ」
そう言いながら海斗は美空を見せびらかした。
「なっ、、?!」
美空は言葉が出ないほど驚いてしまった。どういうつもりだろうか。全く話の流れが見えない。
「ふむ、確かに美しい。これで女子高生とは。その気品あるオーラは育ちがいいことの証拠だろう。」
海斗の父は美空のことを見定めるかのようにジッと見ている。美空はすかさず能力で考えを読んだ。
(え、、なに、この人、!)
「だったら、、!」
「海斗。わかっていない様だから教えてやろう。お前にお見合いを申し込んできたのは、あの神田財閥の御令嬢。名前くらいは聞いたことがあるだろう。大手医療品メーカーのグループ会社殆どを占める財閥だ。この見合いが成立すれば、我々の病院との大きな取引を承諾してもいいという話だ。賢いお前なら、この意味がわかるだろう。」
「、、、」
海斗は言葉が出ないという様子で俯いている。2人の話と海斗の父の思考からして、だいたいの事情はわかった。恐らく海斗は、父から見合いか内容的にはほぼ政略結婚のような話を持ちかけられ、付き合っている人がいるからと言って断っていたのだろう。
(そして私がその付き合っている女性役、ということですか)
何かを悟ったように美空は突然立ち上がった。
「いい加減にしてください!!桐崎くん!私あなたと付き合った覚えはありませんよ?勝手に連れてこられて黙って話を合わせろだなんて、横暴にもほどがありますよ!」
「な、、てめえ」
海斗は唖然という感じで口を開けて美空を見る。それは海斗の父も同じだ。
「どうしたんだね、君。突然、、」
「突然連れてこられて驚いているのはこちらですよ!大体話を聞いていれば桐崎くんのお父様だって酷い話です。自分の息子を仕事の道具か何かと勘違いしているのでは?まあ、私には何の関係もありませんけどね!」
美空は少し早口で2人をまくしたてた。ハアハアと息をあげ、途端に我に返った美空はやってしまった、と顔を真っ青にする。
「あ、、ご、ごめんなさい!私、これで失礼します!」
美空はすぐさまに部屋を飛び出した。
(なんてことでしょう!つい出過ぎた真似を。初対面の方にあんなことを言ってしまうなんて私どうかしちゃったのかも!)
走りながらそんなことを考えいると、後ろから手を引かれて勢いよくコケた。
「うわああ!痛いです、、。」
「うお、悪い。大丈夫か?」
見ると、上から海斗が手を差し伸べていた。
「桐崎くん、、!ごめんなさい。私ってばなんて失礼なことを、、」
「いやいいんだよ。俺の方こそ、その、悪かったな。変なことに巻き込んじまって。」
桐崎くんって謝れるんだ、、!と美空が驚いた顔を見せると海斗は、
「なんだよ?こっち見てんじゃねえ!!」
と怒った口調で言った。おそらく彼なりの照れ隠しなのだろう。そんな姿を見て、美空は海斗のことをそんなに悪い人ではないのかも、、?と直感的に感じたのだった。それに嘘をついている様子もない。美空は思い切って聞いてみることにした。
「桐崎くん、あの!、、、小野寺要くんって知っていますか?」
その名前を聞くと少し丸くなっていたオーラがみるみるうちに高圧的になり、顔を強張らせた。
「お前、、なんで、その名前を!そいつと知り合いなのか?!」
「は、はい、!実は桐崎くんに会ったという話を彼から聞いておりまして。」
「何だと?なんでそこが繋がっているのかは知らねえが、俺が何かしたとでも言うのか?」
能力のことには触れないということは、どうやら海斗は自分が能力者だということを美空が知らないと思っているらしい。だが、美空は聞くことをやめなかった。どうにかして海斗と要の敵対関係をなんとかしたいと思ってしまったのだ。
「桐崎くん、驚かないで聞いて欲しいのですが、、、。」
「あ?何だよ。」
「実は私も、能力者なのです!」
「、、、は?」
海斗はいかに何言ってるんだこいつ、、と言いたそうな顔をした。いきなり言われてそうなるのもむりは無いと思った美空は、ジッと海斗の目を見つめたかと思うと能力を使ってみせた。
「今、動揺していますね。要くんと能力でやり合った話は聞いています。それでも私に能力のことを言わないのは私が無関係な人間だからでしょう?だけど、私が能力者だと言ったら途端にどうすればいいかわからなくなった。ハッタリなのか、それとも本気で言っているのか、これからそれを吐かせようとしていることも全部お見通しです。よって、あなたの能力も。"思考操作"ですよね?」
美空は能力で読み取った海斗の思考と、要の話を織り交ぜながら、ツラツラと言ってみせた。そして美空が能力者だということが、疑いから確信へと変わった。
「お前は、、人の心が読めるのか?」
海斗の驚いた顔を見て、美空はニヤリと笑った。
「信じてくれましたか?」
「フッ、まさかお前もとはな。いいじゃねえか。それで、あいつに何を言われたか知らねえが俺とやろうってのか?」
美空の思惑とは裏腹に、海斗はすぐに好戦的な態度になった。
「まさか!そんなわけありません。聞いてください、桐崎くん。どうしてそんなに、すぐ戦おうとするんですか?」
「それは、、、」
美空は再び海斗の目を見る。
「そっか、怖いんですね。桐崎くん、あなたも恐れている。いきなり自分に宿った能力のこと。そして、自分以外にも能力者がいることを初めて知って、負けて虐げられることを恐れた。もともと負けず嫌いなあなたはその恐怖に打ち勝つためにそんな態度を」
「うるせえ!!お前に何がわかる?」
「わかりますよ。私だって同じですから。ある日突然レオくんに会って気づいたら能力が発動していて。そりゃ怖いですよ。誰にも相談できない、自分だけが世界で1人取り残されたようなそんな気持ちになりました。きっと要くんだって、そうだったと思います。でも、だからこそ私たち、戦うのではなく協力すべきではないでしょうか?」
「は?協力?何言ってんだ。そんな生ぬるいこと」
美空が再び海斗を見ると、今度は海斗は目を逸らした。
「生ぬるくなんかありません!私は、要くんに会って救われました。だから、今度は私だって同じ境遇のあなたを救いたいってそう思ったんです。たまには人を頼ってもいいではありませんか。」
その言葉を聞いて、海斗は力が抜けたようにハッと笑った。
「何だかな、お前と話してると調子狂うわ。もういいから今日は悪かったな。車用意したから送ってもらえ。じゃあな。」
「あ、ちょっと桐崎くん!まだ話は、、!
ああ、行ってしまいました、、」
(桐崎くんに少しでも、伝わったでしょうか?)
美空はまだ言い足りない感じがしたが、海斗の方はどこか満足げな表情を浮かべていた。