物と趣味
平日、奈々枝が雄大の家を訪れる際は学校の後、正義の味方としての活動の後、基本的には夕食を貰いに来ると言う形である。そのためあまり長居は出来ない。門限の都合もあるし、そもそも夜にずっと他人の家、それも男性の家にいるというのは外聞もよくないだろう。
「……部屋、殺風景ですね」
「そうか?」
奈々枝が雄大の家に周りを見回せるほどいるということになるのは基本的に土日の休日である。奈々枝も学校が休みであるし、雄大の方も仕事はない。そういう日は一日、夕方くらいまで奈々枝は雄大の家に入りびたりである。友達の家かのごとく。
しかし、それでやることというのは基本的にない。なんとなくテレビを見ているくらいであれこれ暇つぶしに何かをすると言うことがない。せいぜいいくらか漫画や文庫本などを読むくらい。そもそも奈々枝のいった通り、彼の部屋の風景は殺風景。色々と部屋に趣味の物がおかれていない。幾らかインテリアはあるものの、それこそ普通の人が持っているような日常に必要なものくらい。ぬいぐるみや衣装箪笥、クローゼット、本だな、机など色々なものが置かれている自分の部屋と比べ殺風景だと言う感想を抱くのは仕方のないことだと思われる。
「本棚とかありますけど、それくらいですよね」
「別にそれくらいでいいだろ」
「私が買わなかったらテレビもラジオもなかったわけですし」
「使わないものや必要ないものは買わないからな」
「むむむ…………」
雄大はそもそもあれこれと積極的に何かをする人間ではない。無趣味とはいかないが、必要なければテレビやラジオを買わないように普通の人が部屋の中に置いているようなものを置かない。漫画や文庫を買っているのが少し彼の人間味を示しているくらいだ。
「何か買いましょう! 漫画とか、ゲームとか!」
「漫画ならあるだろ」
「少なくないですか?」
「読むものしか置いてないからな」
もっとも、趣味は趣味でも本当に興味があった物にしか手を出さない。見かけて面白そうだと思ったり、ちょっと気になったくらいでは全く手を出さない性格。ずいぶん枯れていると言うか人間味が薄いと言うか、一般的な二十代の人間とは思えないくらい無趣味に近い。
「それに、基本的には俺の部屋に置いてるからな」
「え? あ、ここにあるものだけじゃないんですね」
「そりゃあな」
この場にあるものはそもそも調理中に暇をつぶせる程度の物などであり、本当の意味で彼が自分の趣味として買っているものは彼の自室にある。彼のアパートはそこまで広い部屋であると言うわけでもないが、自分の部屋を持てる程度に広い部屋もある。
「そっちに行ってみてもいいですか? こっちにおいてあるものだと暇ですし」
「テレビとかないぞ?」
「む…………な、なら面白そうなのさがして持ってきます」
「部屋に戻すのは俺になると思うんだがな」
「戻しますよ、失礼な」
そういう風に話は進み、奈々枝は雄大の自室へと入りこむ。仮にも年頃の男性の自室、そこに高校生くらいの少女が入りこむのはいかがなものか…………と思う所だが、そういう点でも彼はかなり枯れている。
「ここが……」
なお、雄大は一緒に入っていない。ここにいるのは奈々枝一人である。男の自室に若い娘が一人、そんな珍しい状態に奈々枝のような好奇心の強い人間が何もしないと言うことはない。
「…………ベッド」
本だなに視線が行った後、彼女の視線は普段雄大の使っているであろうベッドの方に行く。ごく普通のベッド、その下に物を置いておけるような足つきのベッドである。
「た、確か、こういう所にあるんですよね?」
そう言って奈々枝はベッドの下をのぞき込む。
「……あれ? 何もない?」
しかしそこには何もない。
「あれ? 本当に何もないの?」
普段はそういうことをしないものだが、流石に好奇心が大きく傾いたためか、奈々枝はベッドの下に頭を突っ込んで何かないか探す。
「うーん…………あれー? ないなあ…………」
よく話に聞くベッドの下にその手の本を隠すと言う話。そういった話は奈々枝も知っている。ならば雄大もあれでそういうものを持っているのでは、と思い探してみたのだが全くそういった物が見当たらない。本当に枯れているのではと奈々枝も思うくらいである。
そんなふうにしていると当然頭をベッドの下に突っ込んでいると周りの様子をみれない。そして探し物をしていると意識がそちらに向くため周囲の状況がわからない。そんなこともあり奈々枝は突然の声に驚く。
「何してる」
「ひゃいっ、いっ!? いたーっ!?」
「引っ張るぞ」
後ろから雄大から声をかけられ、ベッドの下に頭を突っ込んでいた奈々枝はベッドに頭をぶつけ叫ぶ。しかたがないと雄大に引っ張り出され彼女は頭が痛いとぶつけた所に手を当てる。
「痛かったですよ!」
「それ以前に人の部屋で何をしてる?」
「え? あ…………そ、その、本を探してたんです!」
「本棚はそこだろう」
「そ、そうですね…………」
流石に年齢制限のある本をベッドの下に置いているのではと思って探していた、と本当のことをはっきりとは言えない。もっとも流石に彼も奈々枝が何をしていたのかはおおよそ見当がつく。
「お前が読める年齢じゃないだろ」
「知ってます! 雄大さんも男性ですから、そういう本を持ってるんじゃないかって思っただけです!」
「そうか」
「…………ごめんなさい」
人の家で漁るような行動をとったことを奈々枝は謝る。
「そこまで怒っちゃいない。まあ…………とりあえず言っておくが、そういう本はあっちだ」
雄大は律儀に奈々枝の疑問、その手の男性が使う本がどこにあるかに答えた。それは机の隣にある鍵付きの棚、彼はそこに指を刺した。
「…………あるんですか?」
「一応な」
完全に枯れているわけではない。もっともそれを確認することはできない。何故ならば棚は鍵付きであり、現在鍵は閉まっている。鍵は鍵でも南京錠なのでわかりやすい。
「あそこ開けませんか?」
「読ませないぞ?」
「読みません! 雄大さんが普通の男性らしい趣味をしているかどうかの確認です!」
「なんだそりゃ……」
「か、鍵は!?」
「財布につけてる。家の鍵とかと同じだな」
「さ、流石に財布は探せませんね」
「当たり前だ」
残念ながら雄大のあれこれについて探ると言う奈々枝の目的は達成できなかった。そもそも、彼の部屋には単に漫画を取りに来ただけである。もともとの目的どおり、本だなにある漫画を数冊持ってテレビのあるいつもの部屋に戻り過ごした。