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卵焼きの日

「勝利報告はまあいいんだが……」

「どうしたんですか?」

「何で俺の部屋に入ってくるんだ?」


 奈々枝の勝利の報告。それ自体は彼女の相談……という名の愚痴を受け、励ました雄大としても嬉しい限りである。しかし、それでことは終わりではなくその後なぜか奈々枝は雄大の家へと押し入った。もちろん少女である以上そこまで力があるわけではないので本当の意味で無理やりというわけではない。ただ彼があまり強く拒むことができなかったせいで彼女の押しに負けた形である。


「…………その」


 確かに雄大の言うとおりであり本来は奈々枝と雄大の繋がりというものは存在しない。買ったことだって報告自体必要ないものである。二度連れてこられそのため雄大の家の場所を知っており、相談して心配かけているのではという思いもあってきたというのも彼女がここに来た理由ではあるのだが、しかし実際のところ彼女がここに来た最大の理由はそれではない。


「た、卵焼き作ってください!」

「………………はい?」


 卵焼き。それが彼女がここに来た理由である。雄大の作る卵焼きは本人が他に負けないくらいうまいと思うくらいに洗練されており、実際それは群を抜いて美味な料理である。もちろんあくまで美味と言っても家庭料理の中では他に見ないくらい絶品であると言うだけで本当の意味での料理人の料理と比べるまでもないくらいの美味さではあるが、素朴で家庭的な料理という点が奈々枝の舌にあったのだろうか。それともその後の相談とのセット、もしくはその前のネガ状態を払拭する心機一転の影響か、理由はともかくとして彼女はそれを忘れられないほどになってしまった。

 悪の組織との戦いに勝てたのも、もう一度あの卵焼きを食べたいと言う気持ちがあったから。そういう点では彼女がもう一度ここに来るのは仕方がないともいえるのだが……それを突然押し入られて要求される雄大の方はたまったものではないだろう。


「何で」

「食べさせたのそっちですよね? あの味、あのおいしさ、ふわっとした触感、忘れられないんです……また、食べたいって思って、だから戦いのときだって元気を出して、戦うことができたんです…………だめ、ですか?」

「……むう」


 がりがりと頭を掻く。雄大としては自分の作った料理をそこまで評価してくれていると言うのは嬉しいし、ボロボロになっている姿を見ている奈々枝が元気を出してくれるのであればそれくらいはいいかもしれないと思う所もある。ただ、まあ、もともと彼が卵焼きをおいしく作るようになったのは別に他人のためというわけでもないし、だからといって頼まれれば作るものかと言われれば違う。あくまであれを作るのは個人の趣味で自分の夕食のためだ。

 だが、ここまで慕われて作らないともいえないだろう。もしここで作らなければ奈々枝の今後に影響しかねない。わざわざここまで押し入ってきたくらいなのだから。


「まあ、作ってやる分には構わない」

「本当ですか!」

「………………今回だけな」

「えっ!?」

「えっ」


 奈々枝の驚きに逆に雄大の方が驚きを見せる。あくまで彼が卵焼きを作ってやるのは今回だけだと考えていたのだから。


「また作ってもらえないんですか!?」

「むしろなんで作ってもらえると思ったんだ。そもそもあれは単に俺が夕食として作ってるだけだ。ここはレストランでもなんでもないんだぞ」

「……た、確かにそうですけど」


 しょぼんと落ち込んだ様子の奈々枝にどうしたものかと雄大が悩む。今回の勝利報告の理由、先日励ました時のことなどを考えると彼女はどうしてもメンタル部分の影響力が大きいことが推測できる。実際に彼が彼女の戦闘時の光景を見ていればさらにそれに確信を持つことができただろう。それを考えると以後彼の作る卵焼きを食べられたないと言うことは彼女のメンタルに大きなマイナスとなる。そうなれば今回のような勝利を今後得られず、敗北どころか彼女の死に直結するかもしれない。


「…………………………………………」


 悩むところである。色々な葛藤が雄大の中で浮かび、消え、再び浮かび、そんなわずかな時間の逡巡を終え、結論が出る。


「条件つきならば……認めよう」

「はい! 作ってもらえるなら条件をのみます!」


 奈々枝も必至である。






 条件は以下の通り。


 一 毎日は不可能。雄大側の事情もある。

 二 連日は不可能。連日卵焼きは味が良くてもきつい。

 三 土日はどちらかのみ。休日の片方はゆっくりさせてほしい。

 四 卵焼きを作るのは奈々枝が戦闘に勝利した日。その日の夕食。

 五 卵焼き以外も作る。奈々枝が食べにくる場合奈々枝が寮で夕食を食べれないため。

 六 それ以外にも奈々枝が時々遊びに来る。


「…………なあ、ここには卵焼きを食べに来るだけじゃないのか?」

「そうですけど?」

「この六つ目は何だ?」


 卵焼きや五つ目の夕食までは許容できる。それはあくまで雄大が作る食事事情での問題になるからである。しかし六つ目はいったいどういうことかということだ。夕食を食べにくるわけでもないのに奈々枝がくる理由はないはずだ。


「えっと、卵焼きを作る時じゃなくても……戦闘の勝利報告するのはいいですよね!?」

「まあ、別に構わないが」

「でも、その時そのまま帰るのってやじゃないですか!? 勝ちました、で会って報告してじゃあさよならって。なんかやじゃないですか!?」

「…………まあ、わからなくもないが」

「その時、夕食作ってほしいっていうのはちょっと図々しいですけど、だけどそのまま帰るのもーって感じだから、その時は部屋でゆっくりするくらいは……いいですよね?」

「それを決めるのは家主の俺だと思うんだが……」


 奈々枝に決定権はない。そもそも卵焼きを作ってやると言う時点で雄大側が相当に譲歩している。彼にそういった義務もないし、奈々枝にそれを要求する権利もない。彼女がここに来て彼にそれを頼むのは本当に彼女の個人的なわがままが理由なのだから。


「だ、だめですか……?」

「…………」


 駄目と言っても構わないはず。そう雄大は思う所ではあるが。ことが奈々枝の生死にかかわることを考えると安易に断りづらい。本人に自覚がないのでまだいいが、彼女は自分の命を盾にしているのである。厄介に過ぎる。


「…………俺も帰りが遅いときがないわけじゃないし、毎日押しかけられると迷惑なところはある。だが、まあ、駄目とは言わないが……駄目な日は家に入れないし、早めに帰るようにこちらから言う。それくらいだな」

「そうですか」


 奈々枝は安心したようにほっと小さく息を吐く。実質毎日来てもいいと言っているに等しい。まあ雄大の判断で家から追い出される可能性はあるが……その判断が雄大にあるので実質無制限に近いだろう。

 もっとも奈々枝側にだって門限の類がある。夕食に送れても構わないが、彼女の住んでいる寮の門限を考えればあまり長居できると言うこともない。そういう点では雄大側もずっと奈々枝が居座ると言うわけでもないので大きな負担にはならないだろう……恐らく。


「……それじゃあ、その、卵焼き、作ってください!」

「さっき夕食を作って食べたばっかりなんだけどな?」

「え……じゃあ駄目ですか?」


 夕食を食べたばかりの雄大に自分が食べるでもない卵焼きを作ってほしいと頼むのは実に鬼の所業である。しかし、奈々枝の様子から駄目だとは言いにくい。はあと小さく息を吐き、しかたないと彼は答える。


「いや、そうだな……負け続きだったところに勝利の女神がほほ笑んだ祝いということで作ってやる。ちょっと待ってろ」

「はい!」


 花のような、太陽のように眩しい笑顔で奈々枝は答える。その表情を見ながら雄大は心の中でしかたないなと苦笑しつつ、卵焼きを作ってあげるのであった。

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