黄色は黄金の輝きに
奈々枝が戻って翌日。その日は悪の組織との戦いはなかった。それはたまたまだったのかどうかはわからないが仮にあったとしても奈々枝が戦場に出ることができたのかはわからない。パワードスーツは結構な破損をしておりそれを治す必要があったからだ。そもそも奈々枝がボロボロになっていたのも連日の戦闘でパワードスーツが直せていないと言うのも理由だっただろう。それを一日かけてとはいえ直すことで元の状態に戻さなければならない。
もっとも完全に直しきったところで悪の組織との戦いで勝てるかといわれると疑問である。今までがそれほど勝利を得られるほどの成果があると言うわけでもなく、直したところでどの程度のものだろうか。そんなことにお金を使うくらいならばもっといい組織にお金を回せという意見も周囲からあげられるほどだ。それでもパワードスーツ検証研究開発協会が唯一のパワードスーツ関連の正義の味方の組織だからだろう。唯一というのはなかなかに特別なことである。
それでもやはり限度は見えている。他の機械系統でもいくらか限度は見えているところはあるものの、それでもまだ正義の味方として悪の組織に対抗できるだけの技術力は出せているが、パワードスーツ検証研究開発協会のパワードスーツはどうしても限界地点が低い。何度も検証し、何度も研究し、なども開発して、それでもだせる限界値が在る水準を超えることがないのである。それではいくら唯一と言ってもこれ以上の研究の必要なしと打ち切られる可能性は高いだろう。
しかし、今戦っている新沙瑚奈々枝がいる間は打ち切られることはあり得ない。これに関してはせっかく彼女を送り込んだのにそれを無駄にするのはどうなのだろうという理由がある。そんな簡単で単純なとくに深い糸があるわけでもない理由ではあるが、それによりパワードスーツ検証研究開発協会は解体を免れている。そして彼等パワードスーツの研究者にとって新沙瑚奈々枝は希望の星なのである。
そんな彼女が二度の敗北とそれによる一時的な行方不明状態にあったのはかなり彼等としても混乱を招く事態となった。特に二度目はパワードスーツも破損するほどのダメージがひどい状態だったからこそなおさらである。しかし二回目の行方不明状態から新沙瑚奈々枝の精神状態に大きな変化がみられる。より真っ直ぐ、強く、命の輝きを、心の輝きを見せるような、そんな魂の光を見ることができた……彼等、パワードスーツ検証研究開発協会ではそれを見ることは出来なかったかもしれないが、一部の魔法使い系の正義の味方などはそんな強さを彼女に見ることができただろう。それほどまでに、新沙瑚奈々枝の心象状態は変化していたのである。
だからこそパワードスーツ検証研究開発協会も彼女のためにパワードスーツの修理と強化を精一杯行った。たとえこれで最後になろうとも、彼女のために全力を籠めて。そうして修理し新生されたパワードスーツだが、別に今までよりちょっと強くなった程度でこれといって大差があるわけでもないものであった。結局彼等ではパワードスーツの限界水準とされるところを超えることは不可能だった。
そして、パワードスーツが直された翌日。新沙瑚奈々枝に悪の組織との戦闘への参加が命じられたのであった。
「ぐっ!」
「はははは! やっぱり話に聞いて居たが弱いじゃねえかっ!」
悪の組織の怪人と正義の味方、パワードスーツを装備した奈々枝が肉弾戦を行う。パワードスーツはその性質上どうしても遠近の武器を扱いにくい。せいぜいそのパワードスーツの一部にできるような武器くらいであり、基本的な戦闘手段はパワードスーツを使った殴り合いなのだ。もともと単なる少女である奈々枝にとって殴り合いは分が悪い。喧嘩もしたことはないし、空手や合気道なんかも習っていない普通の少女だ。ある程度は正義の味方業で慣れた物の、それでもやはり苦手意識はある。もともとの身体能力もそこまで高いともいえないこともあるだろう。
それ以上に、パワードスーツの力の限界もある。悪の組織の怪人に施される人体改造、特殊な魔法的な肉体変化による強化、さまざまな生物と融合させ新生物へと変化させるようなキメラ化、そして正義の味方にも負けないような機械改造も悪の組織は完備している。どれか一つにこだわると言うこともなく悪の組織は多種多様にそれらを組み込んで怪人を強化しているのだ。
それに比べ奈々枝の所属するパワードスーツ検証研究開発協会ではパワードスーツ一辺倒、機械技術による戦闘のみが主題だ。何故限界が見えてしまうのかがはっきりとわかる理由はそこにある。負け続きな理由も、その一つの技術にこだわり研究した結果だ。様々な技術を掛け合わせる他の正義の味方や、魔法系の一部の精神や魂と言った不可思議な事象に関わる物はともかく、機械技術は物理法則と物質の性質に依存する以上はっきりとした限界が存在してしまう。
ゆえに、奈々枝は戦闘に勝てない。相手を凌駕するだけの戦闘能力を得られないから。
「古いんだよ! 今の世の中そんなもんで勝てるほど楽じゃねえぜっ!」
「馬鹿にしないでっ!」
奈々枝も一方的に嬲られるままというわけではない。今までやられてきたとはいえ、戦闘の経験は十分にある。それゆえに彼女もある程度戦うことはできるのだ。それが相手を倒すとまで行かないと言うのが致命的ではあるのだが。
「バーカ! 前も、その前も負けてるのに今更勝てるかよっ! 知ってるぜ!? お前らのそれ、パワードスーツとやらの戦闘成績をなあっ! 悪の組織だって色々とお前らのことを調べてんだよっ! はははははは! 本当に馬鹿だわ。幾らのお金を犠牲にしてきた? 何人死なせてきた? 大して勝つこともできず、負け続きで何ができるってんだ!」
「っ!」
自分の扱っている力、所属している組織が馬鹿にされている。それに怒りを感じるものの、相手の言っていることも間違ってはいない。恐らくは新沙瑚奈々枝が最後になる、そんな状態まで落ち込んでいる。
「大人しくやられてろよっ! 引導を渡してやるぜ!」
「くっ…………」
諦めが見える。また、負ける。これ以上もうどうしよもない、そんな精神状態に奈々枝が陥りかける。
「っ!」
しかし彼女は忘れない。先日の事、たった一人。自分を助けてくれて、こうして戦っていることに感謝の言葉を言ってくれた相手のことを。
「はあっ!」
目に輝きが戻る。強い意志の光が宿る。その彼女が振るった拳が怪人の振るう拳とぶつかり合う。そしてそれは拮抗する。
「まだやんのかよっ!」
「やります! 頑張るって、そう言ってきたんだからっ!」
先ほど待てとは違う奈々枝の戦い方。それまでは相手に合わせるかのように受けに回っていたが、打って変わり苛烈に攻めるようになった。しかしだからといってそれまでの戦闘能力と大差があるわけではないはず。そうであるならば、怪人の方もある程度受けに回りやり過ごし巻き返せるはずだった。
しかしそれは叶わなかった。攻めが苛烈になり、その結果怪人側おされるほどの攻撃能力を奈々枝が有するようになったのだ。それまでのパワードスーツの常識を覆すような状況に怪人が困惑する。
「なっ! なんでそんなに強くなりやがった!?」
怪人はわからない。奈々枝が強くなった理由を。パワードスーツ検証研究開発協会はわからない。奈々枝が強くなった理由を。そして新沙瑚奈々枝もわからない。彼女自身理解して強くなったわけじゃない。ただ、彼女は自分の持つ意思のまま戦っているだけだ。
「私は……また、作ってもらうんです! あの、黄色い、おいしい、卵焼きをっ!!」
「はあっ!?」
その言葉をまじかで聞いていた怪人は理解できなかった。奈々枝が何を言っているのかを。恐らくその言葉を聞いていた人物のすべてがそれを理解できることはなかっただろう。彼女の理由について。
黄色い絶品の卵焼き。それは彼女の中でもう一度食べたいと思えるほどものに昇華し、それが黄金の魂の輝きを生み出した。この戦いに彼女が勝ちを拾えるほどの戦果を挙げられた理由である。
「はあああああああああっ!!!」
パワードスーツを着た奈々枝の一撃が怪人に突き刺さる。致命傷だ。
「ぐああああああっ!!」
悪の組織の怪人のお約束として、死亡が確定した怪人が奈々枝の側で大爆発を起こす。それに巻き込まれながらも、奈々枝は無事だった。
「……勝った」
奈々枝は勝利を拾った。それは彼女の強さではなく……彼女に光を与えた、たった一人の男と、その男の作った絶品の黄色の力によるものであった。