相談の成果
「………………気は晴れたか?」
「あ……そ、その……変な所見せちゃってごめんなさい」
卵焼きを食べ終えたところに雄大が話しかけてきた。今までの奈々枝の様子からかなり混乱気味だったのだが、それをショック療法で解決した。そのうえで大丈夫かどうかを訊ねてきたのである。流石に奈々枝も今まで見せてきた自分の様子のことは覚えており、恥ずかしい所を見せたと真っ赤になって俯く。単に恥ずかしいと言うだけではなく、本来なら普通の人々に見せるべきではない、正義の味方としての苦悩や苦労を見せたこと、ネガティブでどうしようもない自分を見せてしまったこと。そのことに対する恥じらいだ。
「……あの、その……少し、いいですか?」
「何だ?」
「相談です。これからのこと、これまでのこと、正義の味方をやっていての事…………その、本当は雄大さんのような普通の人に話す事じゃないと思います。でも……他に相談できないと言うか、話しづらいと言うか……」
「…………別に構わないが、なんで俺なんだ?」
それは確かに彼にとっては疑問だろう。彼は少女にとって倒れていたところを助けてもらった程度の他人。そんな相手に相談事を話すのはおかしい。もっと身近な相手や、それこそそういった専門の場所、正義の味方の組織にだってそういった部署があったとしてもおかしくないはずだ。それなのに、ここで雄大に話を持ち掛ける。その心境はいったいどうしてそうなったのだろうか。
「その、二回も助けてもらったし……さっきの卵焼きもおいしかったし……全く知らない人だからこそ、こう全部話してもいいかなって」
「………………まあ、いいんだけどな」
人生の先輩として、少女の相談くらいは聞いてやるべきだと雄大は思う。先輩と言ってもせいぜい十年ほどではあるが、それでも彼女よりは人生経験はあるだろう。酸いも甘いもとはいかないものの、それなりに苦労はしている。それでも正義の味方としての活動程での苦労ではないかもしれない。所詮苦労と言っても一般的な社会人としてのものだ。
果たしてどの程度参考になることだろう。そう彼も思う所はあるものの、彼は奈々枝の相談を……いや、もう相談というよりは、今までの苦労と愚痴を聞き届けるつもりだ。
「じゃあ、自由に話していいよ」
「はい……」
そして奈々枝の相談という名を借りた愚痴が始まる。主に正義の味方としての活動について。
彼女の戦いは基本的に負け続きだ。彼女の所属しているパワードスーツ検証研究開発協会はもともと成績が芳しくない正義の味方の組織である。そんな場所がまだ残っている理由や彼女がそこに所属した理由は単純にそこ以外にパワードスーツを取り扱う所、彼女は正義の味方に慣れる場所がなかったというだけの理由からである。そうして彼女は正義の味方になった。しかしもともとの成績の悪い所であり、その理由は当然ながらパワードスーツという所属している人物の装備が対して強くないと言うのが大きい。もともと弱いから成績が悪く、成績が悪いから開発費も貰えない。その悪循環の結果、当然勝利を得られることも少ない。
それでも全く勝てないと言うわけでもない。装備に関しても装甲自体がそこそこあるためか、比較的他所の生身で戦う場所よりも生き残りやすい。そういうこともあって今まで奈々枝は多くの負けを経験しつつも生き残ることは出来ていた。しかし、生き残るだけでどうすると言うのか。正義の味方として悪を倒し、人々のためにならなければならない。数度の勝ちを拾うことはあっても、その何倍も負けがある。負けてばかりで奈々枝もかなりネガティブな方向に思考が行きがちである。それでも明るく元気にやってきていた。
それが大きく変わったのが今回。二度の敗北とそれによる路上で倒れていたこと。それによって助けられたこと。それは下手に負けることよりも、大きな精神的なショックだった。なぜなら彼女が本来助けるべき普通の人々に助けられると言う事態だったのだから。そこに様々な思いがある。今の状態でいいのか、このままでいいのか、もっと何かできないか。しかしそれはできず、また助けられる。もうここまでいくと正義の味方としての誇り、意識が完全にぶち壊しである。
だからこそ、もうこの人に何もかも話してもいい……という半分程は自暴自棄な気持ちでの相談というなの愚痴になったのである。半分は助けてもらった恩……というか、頼れる相手としての認識のせいだろう。二度も助けてもらったせいで。
「聞いてくれてありがとうございました」
「なんといえばいいのか……うん、まあよくがんばったな」
一瞬子供の頭をなでるように手を伸ばしそうになるものの、それは流石に犯罪だなと思い踏みとどまる。
「そんな、頑張ったなんて言えるほどでもないです」
「そんなことないだろ。結果として負けているとしても、だ。君が頑張って戦ってくれているのは事実なんだ。そんなボロボロになりながらもな」
今の奈々枝の姿を見ればどれほど正義の味方としての戦いが過酷かがわかるだろう。彼女の装備しているパワードスーツは罅割れボロボロである。これがもし生身であったなら、骨が折れるどころではすまない。四肢がもげているかもしれないし、死んでいる可能性だって低くない。だからこそ、奈々枝が命を懸けて戦った事実は尊いものである。たとえそれが結果に結びつかなくとも。
「そこまでがんばってくれてありがとう」
「っ!」
それは普段正義の味方として味わうことのない、一般の人々からの感謝の言葉。それは少女にとって本当にうれしいものである。
「っ! っ! っ!!!!」
言葉にならない。なんといえばいいか、何を伝えればいいか、どう応えればいいのか。
「が、頑張ります! 本当に本当に頑張ります! そ、その、ありがとうございました! 頑張ってきます!」
もう何を言っているかわからない。しかし頑張ると、それだけを雄大に告げて奈々枝は脱兎のように彼の家から出ていく。
「あ……」
ばたん……という軽い音ではなく、わずかにきしむ音も聞こえるほどの扉を開ける音。他所に迷惑をかけたんじゃ、扉大丈夫かなという妙な心配を雄大はいだきつつ……少女が元気になったことに少しだけ喜ぶ。相談に乗ってあげた成果はあったのだと。
「…………扉を確認してから夕飯を食べるか」
静かになった部屋でぽつりとつぶやいて、彼は日常の行動に立ち戻る。静かながらも、わずかな充足を得て。
翌日。その日は何も変わらない一日であり、先日と一昨日のように奈々枝が路上で倒れていると言うことはなかった。果たしてそれは奈々枝が勝ったからか、それとも完全に敗北して雄大の帰り道にでてこれない状態になっているか、はたまた特にそういった戦いに出ることがなかっただけか。答えはわからないものの、臨時ニュースはその日なかったため恐らくは後者名のではないかと思われるところである。
そしてさらに翌日。その日は臨時ニュースがあった。臨時ニュースは正義の味方と悪の組織の戦いのことについてであり、つまりは前に奈々枝と出会った時のようなパターンである。だからこそ、今度はどうなのだろうという不安が雄大の中ではあった。しかしそれと仕事をすることは別、いつも通りに仕事をして帰宅する。帰り道もそれまでと変わらない日常のものだった。前のように奈々枝が倒れていると言うことはない。それが逆に不安であった。しかしだからといって彼にできることはない。いつも通り帰宅して、料理を作る。
そうして夕食をとっている時にチャイムが鳴る。来客だ。誰だろう……ということは彼にとって考える必要はなかった。一つだけ、これだろうと思える相手がいたから。扉を開けるとそこには奈々枝の姿があった。前の二回とは違い、パワードスーツではない姿で。
「こんばんは!」
「こんばんは……どうした?」
「勝ちました! その報告です!」
正義の味方としての勝利の報告。それを彼女は雄大に伝えに来たのだった。