ふわふわと笑顔
「さて、作りますか」
雄大はいつも通り、週に一度は自分の鉱物である料理を作る。卵焼き。シンプルながらもおいしく作るのはなかなか難しい。彼は一人暮らしをし始めたころからその好物だけは他人に出しても美味いと言われるだけの味が出せるように根気よく鍛え、今では日常的に絶品の卵焼きを作れるようになった。誰に食べさせるわけでもなく、自分が満足するためだけのものなのである種無駄な努力ともいえる。ちなみに彼の作れる中で他人に出してもいいだろうと思えるほどの料理は卵焼き以外には炒飯がある。どちらも自身の好物であり、好物だからこそ絶品のものを作れるように努力したのだ。だから何だと言う話であるのだが。
「ふう……」
いつも通りの出来栄え……つまりはこだわりの一品、絶品の卵焼きである。それを切り分け皿にのせる。
「っと、御飯は炊けてるよな。あとは……茶碗か」
そうして御飯も盛り付け、卵焼きと総菜と白米の茶碗をお盆に載せて運ぶ。
「……あ」
「あ」
当然そうなると昨日と同じ、奈々枝と相対することになる。昨日もそうだが実にタイミングがいい……が、それには理由がある。気絶していたとはいえ、料理の良い臭いが漂えばそれに反応する。少女はまだ若く、おいしい食べ物を欲するところなのである。ゆえに匂いに反応するのは悲しい性だった。
「………………」
「………………」
気まずい雰囲気の沈黙。奈々枝としてはもう雄大と会うつもりではなかった。そもそも一期一会、偶然出会っただけなのだから会いに来ると言うこともない。パンを貰ったことに感謝はしているが、だからといってお礼をしに来ると言うのも妙な感じだ。助けてもらったのだから構わない所でもあるが、少女の立場……つまりは正義の味方としての諸々の事情だってあるだろう。それゆえにこうして会うのは気まずいのである。
そしてそれは雄大もまた同じ。奈々枝ほど気まずくはないのだが、先日と同じような出会い方で連れ込み、夕食を作ってからそれを運んでいる途中にお互い見合う形になったのである。本人としても何と再開の言葉を言えばいいのか。
「あー……」
ひとまず料理を机の上に置く。持ったままでは会話がしにくい。こんなところまで先日と同じである。
「とりあえず、だ。大丈夫か?」
「……はい」
「いや……本当に大丈夫か? 機能よりもボロボロ見たいだが」
「あ」
奈々枝は改めて自分の様子を確認する。パワードスーツは破損も多く、少女が起きたことである程度機能も復帰しているがそれでもボロボロなままで明らかに本来の機能よりも落ちている。一部の機械部分は起動もしていないようで、他の部分に見られるような光もない。
「あ、えっと、スーツはこうボロボロですけど……私の方は大丈夫です。無傷、とまではいかなくても本当に大きなけがはありません」
「そうか……ならいい、とはちょっと言えないかもしれないが……まあ無事ならよかったよ」
もしかしたら救急車を呼んでいたほうがよかったのでは、という思いがないわけでもない。だが怪我がないというのならばまだいいのだろう。無傷ではないとは言っているが、目に見えてわかるような怪我はない。それはそれで不安のあるところではあるかもしれない。自分で言えるほど怪我をしている自覚があるのならば目に見えない部分が怪我をしていると言うことなのだから。
「……………………」
「……………………」
また沈黙に戻る。なんというか、二人で話せるようなことがないからである。赤の他人、本当に偶然出会っただけの二人、縁はたまたま雄大が倒れている彼女を機にかけ連れてきただけの話。なので話題もない。しかし沈黙はつらいので、雄大は何か話すことはないかと考え少女に話しかける。
「ええっと、何で倒れていたんだ?」
「………………」
しょぼんと落ち込んだように少女は項垂れる。これは彼の失言だろう。先日もそうだが彼女は敗北してあの場所に倒れていたのである。その昨夜よりも破損が大きく同じように倒れていたと言うことは、つまりはそういうこと。今日もまた彼女は負けた……それも昨日よりも悪い形で。
「ああ……悪い」
「いえ。はい、わかってると思いますけど……負けちゃったんです。今日も」
じわりと少女の目に涙が浮かぶ。敗北は悔しくつらい。彼女は正義の味方であり、悪の組織を撃退し人々を守る役目を担っているもの。しかしその結果は芳しくない。彼女の所属しているパワードスーツ検証研究開発協会はもともと戦績が良くない。彼女の勝敗に関わらず、今までずっと戦績は低迷していた。だからこそ、彼女は自分の所属しているその組織に勝ちをもたらしたいと言う想いがある。それに正義の味方としてもちゃんと勝ってみんなを助けたいという想いもある。
「私、弱くて……でも、何とか勝ちたいと思って……でも、負けちゃって……うっ」
「…………」
雄大としてはなんといえばいいかわからない。こんな時どう少女を慰めればいいものか。彼女の話を聞くよりも、どう彼女を慰めたほうがいいか、そんな考えでいっぱいである。男は女の涙に弱い。とりあえず、慰める手段はないか。
「ダメなんです。全然、ダメなんです。今までも何かうまくいかないこと多くて、失敗ばかりで、私もこんなことしていていいのかなって、もうやめた方がいいのかなって。時々考えたこともあるんですけど、どうしようか迷って、何もできないまま、結局続けちゃって、このまま」
どんどん少女の思考は悪い方向へ、ネガティブな物へと移行していく。もはや今までの失敗やら何やらだけではなくなり、少女のこれまでの人生における出来事、正義の味方業や学業や子供のころの失敗までどんどん悪い物ばかりに発言が行ってしまっている。どうやって止めたらいいものか。
悪い思考をしているところにその思考を止める手段はインパクト、思考にいきなり衝撃を与えることが重要である。例えば大きな音などがわかりやすいところ。しかし少女にそうしてびっくりさせるのもどうかとも思う所であり、雄大は何かないかと視線を周囲に向ける。もはや少女の言葉は聞こえていてもその話を聞いてはいない。仮に聞いていても相談にもならず、愚痴に近い話だ。
視線を動かし一つの黄色に目が行く。さっと箸を取り、その黄色を掴む。そしてそれを少女の口に突っ込んだ。
「むあっ!?」
「食べるといい」
黄色の物体……つまりは卵焼きである。しかし少女の口に無理やり物を押し込むさまは見ようによっては卑猥に見えなくもない。もし誰かこの光景を見ている人間がいれば、雄大が訴えられている可能性がある程度には。
そんな話は置いておこう。少女は口の中に入って来たそれをいきなり食べろと言われても困るところだが、体は素直である。戦いでエネルギーを消費し、倒れて夜まで放置。夕飯を食べていない彼女は当然のことだがお腹が空いている。空腹を音で訴えるほどではないが、しかしお腹が空いているのは事実である。なので口に入った黄色を咀嚼する。
「っ!!」
かっと目を見開く少女。箸はすでに引いており、少女の口の中に黄色が消える。それを一心不乱に咀嚼し味わう。
「な、なんですかこれ!? すごくおいしいです!」
「……ただの卵焼きなんだが」
「た、卵焼き!? 今まで食べた卵焼きの中で一番おいしいです……すごく、とっても、とろけるくらいに……」
完全にネガティブ思考が吹き飛んだ。それほどまでに少女の口に入れられた卵焼きはおいしかったのである。
「ま、まだありますか?」
「……おいしいと褒めてくれるのは嬉しいんだけどな」
その少女の反応に雄大は苦笑いを浮かべる。もともと卵焼きは彼の夕食である。
「あるにはあるが……もう一つだけな。あとは俺のだから」
「ええ……あ、いえ、そうですね……そっか、夕食なんだ…………うう、貰ってばかりは悪いですよね」
流石に介抱してもらったこともあるし、先日もパンを貰っている。全部食べたわけではなくまだ残っているが、恐らくは今日も機能と同じような結果になるだろうと言うことで消費しきることになるだろう。
「ほら、もう一つ食べなさい」
「ありがとうございます!」
全力で感謝の言葉を述べ、少女は恥も外聞もなく黄金の輝きに齧り付く。口の中に入れ、咀嚼し味わい、その絶品の味に笑顔を浮かべた。