一期一会 とはいかず
「大変そうだな」
「そんなことないですけど……ほら、元気ですから」
立ち上がりパワードスーツの格好のままぶんぶん腕を振る奈々枝。よくよく考えなくともその振り回している腕が周りの物にあたれば粉砕される。仮にも悪の組織と戦う正義の味方、その戦闘スタイルの一つ。その姿を見て雄大も冷汗が出てくる。
「……とりあえず落ち着け」
「あ……はい」
しゅん、と少し落ち込んだように椅子に座り直す。
「……まあ、大丈夫そうならいいんだ。ところで、門限とか……家族とか、大丈夫なのか? もうそこそこ暗い時間だが」
「え? あ、ああー!! い、今何時ですか!?」
時計を見る。針は八時を過ぎたことを示している。
「もう八時過ぎだな」
「ああ……それじゃあ食堂閉まってるかな……ううー」
しゅーんと擬音がしてきそうなほどにめそめそとして落ち込む。
「……コンビニで何か買っていったらどうだ?」
「財布ないです。この格好なので……」
パワードスーツに着替える際、どうしても持ち物は置いていかなければならない。服はまだ上から着込む形なので問題ないのだが、持ち物だけは一緒にもっていくことはできない。パワードスーツに収容機能でも付けば彼女も問題なく持ち物を入れておけるだろう。もっとも戦闘で破壊される可能性もある事を考えれば持ち物を持っていくことはやはり考えられないと思うべきだろう。
そもそも仮に財布を持っていたからと言っても彼女のパワードスーツの姿で道を歩きコンビニに入るのはどうだろう。目立ち恥ずかしいのは間違いない。まだ帰る時はあまり気にしないでいられるかもしれないが、明らかに人目のあるコンビニ店内は少し少女には恥ずかしすぎるかもしれない。
どうしたものか。このまま返しても別にいいが、そうすると一食抜きになるのだろうか。さすがに部屋にちょっとしたお菓子くらいはあるかもしれない。女の子なのだから。そんなふうに思いつつも、このまましゅんと落ち込んだ状態の少女を返すのは気が引けるところである。どうするか、と思った所に彼が持ってきたパンの袋があるのが視界に入る。
「じゃあこのパンでも持っていけ」
「え……? え、でもこれ雄大さんの食べるのじゃないですか?」
「パンだけしかないわけじゃない。冷蔵庫には総菜もあるし問題ない。そっちこそ食堂閉まってるかもしれないんだろ? 何も食べないのはつらいだろうから持っていけ」
「う……」
確かに何も食べないのは少女の年代ではつらいだろう。もっとも全部もらっても少々量が多い所ではあるが……一度に全部食べる必要もないのでそのあたりは自分で調整すればいい話である。しかしだからと言ってもらっていいものか。ただでさえ倒れているところを運んでもらい世話をしてもらったのに、そのうえ食事も半ば奪う形でもらってしまうのはどうか。
そんなふうに考えているところに、すこし可愛らしいお腹の音が鳴る。当然雄大ではなく奈々枝のほうから。彼女の顔が真っ赤になる。
「う……す、すみません! 貰っていきます!」
「あ」
奪うような形になりながらパンをとる。そしてそのまま玄関へ。
「今日はありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
そう言って奈々枝は玄関から外へと出ていく。
「…………まあ、いいか」
もともと少女はすぐに出て行ってもらう予定だったのだから問題はない。部屋に自分以外の人間がいて、話をして過ごせると言うのは悪いものでもなかったが、そもそもが今回の出来事はイレギュラー、一抹の夢、一期一会。日常ではなく非日常の事。そんなことは一度わずかな時間だけあればいいことであり、残りはいつも通りの時間を過ごすだけだ。
「一生忘れないって、ちょっと重いよな」
最後に残していった奈々枝の言葉への感想を呟き、遅めの夕食をとる。
「……あ、そっかパン渡してたんだった」
奈々枝にパンを渡していたことに気づき、冷蔵庫からその変わりになる分の食事を出して改めて夕食となった。
そんなふうに一度だけの非日常を体験した雨切雄大は翌日も普段通り会社に行き仕事をする。特にこれといった変わったことはなく、いつも通りである。そんな中、先日もあったような臨時ニュースが流れているのを聞く。
雄大は昨日の事を思い出す。帰り際に拾った女の子、新沙瑚奈々枝のことを。そうして今も彼女は戦っているのだろうか、と柄でもないことを考える。しかしそれもほんの僅かの思考であり、彼はすぐに仕事に戻った。いつも通り、時間みっちりに仕事をして普段通り彼は帰る。
「はあ…………今日も疲れたな」
今日も変わらずいつもの帰り道を通り帰宅する。何も変わったことはない。電車に乗り、バスに乗り、歩いての道のりだ。そんないつもの道のりだったのだが、先日の出来事があったためかどうにも気になる。
「……いやいや。流石にな」
先日少女が落ちていたからと言って、また少女が落ちているはずもない。あんなことが何度もあってたまるものかと彼は思う。しかし、そんなことを考えたからだろうか。それとも単に偶然か、何らかの運命的な必然か。
「………………おい」
先日と同じところにパワードスーツ姿の少女、新沙瑚奈々枝が倒れていたのであった。
「大丈夫か?」
声をかける。しかし反応はない。昨日もそうだったが、単に気絶しているのかそれとも死んでいるのかは近づかなければわからない。近づいて様子を確認してみる。今回は少々彼女の様子が彼は気になっている。というのも、彼女のパワードスーツの破損がひどい状態だったからだ。昨日はそこまで破損していると言う状態ではなく、ボロボロではあってもまだ大丈夫な雰囲気が強く漂うものであったのだが、今回は違い罅割れて中の部品が見える程度には破損している。流石に着ているパワードスーツがここまでひどい状態だと少女の状態も気になるところである。
息はしており生きている様子ではあるが、しかしやはり気絶している状態である。このまま放置していいものか。
「……救急を呼ぶのがいいよな?」
そう、彼は考える。それがいい、その方がいい、今度は本当に怪我をしているかもしれないし、下手をすればこのまま放置すれば死ぬ可能性だってあるかもしれない。このまま放置するなんてことは考えられない。だから救急車を呼ぶべきである、呼ぶ方がいい。
「なんで連れてきてるんだろうな」
結局、彼はなぜか昨日と同じく少女を自分の部屋へと連れてきていた。破損状態にあるパワードスーツではあったものの、別に少女を持ち上げればバラバラになると言うわけでもなく、揺れてパーツが零れ落ちると言うこともない。ただ破損部分が体に当たると痛いので彼女を背負うとかなりちくちくとしたダメージが来ていた。
「まあ……昨日と同じで寝かせておくか」
連れてきても結局介抱もしようがない。道端に寝かせておくよりもいいだろうとは思うのだが、しかしそれならやはり救急車を呼んだ方がよかったのではないか。そんな思考が彼の頭によぎる。もっとも今更呼び出すのも無理だろう。連れ込む前ならなんとでもいいわけで着たかもしれない所だが。
「はあ……」
自分の考えが分からない。今の彼はそんな状態だ。そこまで女に飢えているわけでもないのになぜ少女を連れてきたのか。
「…………夕食を作るか」
思考しても仕方がない。少女が寝ている間に自分の夕飯を作る。それで少しは気がまぎれることだろうと考え、彼は卵を用意し調理を始めるのであった。