問題の事後処理
「雑魚どもは片付け終えたぜ」
「遅いですね」
「意外と硬くてなあ」
雑魚の戦闘員と戦っていた正義の味方が雄大を守る正義の味方と合流する。
「ふむ…………二対一か。卑怯ではないか?」
「お前らが言うんじゃねえよ。雑魚でも何体連れてきてんだ?」
「それを言われては仕方ないな」
強さの問題ではなく数の問題を言うのならば悪の組織側が文句を言わても仕方がないだろう。まあ彼らは悪なのだからそういった文句を聞きいれる必要性はないが。そもそもお互い戦い合う立場なのだからそういったことでの文句を言っても仕方がないだろう。
「雄大さんっ!」
「……奈々枝、大丈夫なのか?」
「はいっ!」
先ほどの悲鳴を聞いていた雄大からすれば心配ではあるが、全然元気な姿を見せる奈々枝に少々ほっとしている。
「お、こっちも合流か」
「三対一ですが……まあ、そういうこともあります。まあ彼女は彼を守ってもらうことになると思いますが」
「違いねえな。こいつの相手を任す程ではないしな」
二人の正義の味方が悪の組織のボスと向き合う。奈々枝も同じく向き合うが……本能的に奈々枝はそれを相手に勝つことが無理だと感じ、守ることを優先にして雄大の前に立っている。
「覚悟は良いか?」
「…………せめて一人でも始末できれば収支はトントン、と言った所なのだろう。しかし、流石にこれは厳しい状況だな?」
くつくつと悪の組織のボスが笑う。
「しかし……まあ、逃げさせて貰おうか」
「逃がす」
「ゆけ」
海の中から細長い腕が伸びてくる。それに反応しボスに襲い掛かろうとしていた正義の味方が防いだが代わりに悪の組織のボスに逃げられる。もう一人も伸びてきた腕が通せんぼしている形になり近づくのに一瞬の間ができてしまう。
その間にボスは海へと逃げる。海上を走り飛び上がった。それと同時に海が盛り上がる。いや……それは浮上だ。
「おお、流石悪の組織」
「色々と準備をしていたんですね。正義の味方の末端一人に用意周到な……」
「むしろもっと準備をしておくべきだったと思うほどだ。かなりあれな性格とはいえこちらの幹部を一人倒されているのだからな」
正当に奈々枝の実力を評価すれば、悪の組織の幹部を倒す程の実力を兼ね備えている……さらに言えばそれが今回の戦いで生まれてしまったと言える。手を出さないでいるか、ここで倒していれ問題はなく、逆に自分たちのところに引き入れることができればかなりの戦力となっただろう。しかしそれは叶わず新たな強者を生み出してしまった形になり悪の組織のボスは歯噛みする。
「これも恐らくは負けるだろうが……私が逃げる間の時間稼ぎにはなる。では正義の味方どもよ。遊んで行け!」
用意された戦闘ロボットが正義の味方と戦いを始める。その間に悪の組織のボスはその姿を消していた。
「ったくよお……せっかくの機会が残念な結果になるなんてなあ」
「これはこれで楽しんでいるでしょう?」
「まあなっ!」
殴り合い。巨大機械を相手に正義の味方が殴り合いである。戦闘員と戦う時もそうだったが随分肉弾戦が好きなようである。そのまま戦いは終わり、結果として正義の味方側は悪の組織のボスを倒すことは出来なかった。もっとも……一応幹部を倒しているし、犠牲無しの大きな戦果ではあったのだが。
「体の方は大丈夫ですか?」
「はい。そもそも怪我もしていないのに入院させられるとは思わなかったのですが」
雄大は今病院の病室にいる。別に病気でもけがをしたというわけでもないが……仮にも悪の組織に掴まっていたのである。何を仕込まれているかわからない、本当に無事かもわからない。そんなこともあって病院に入院し各種検査をされている。
「まあしかたがないですよ。向こうに捕まっていたのですから。退屈でしたか?」
「いや……まあ、知り合いが来ていましたから」
当然毎日のように奈々枝が来ていた。今回の件は彼女が原因なところもあったからだろう。もちろん彼女が雄大を心配していると言うのもあったが。まあ流石に何度も来て何時間もいられると困ると言うこともあって制限されてしまったが。
「はは、そうですね」
「……ところで何の用ですか?」
「その喋りかた慣れませんね……」
「一応そちらは組織の社長? みたいな感じなのではないですか?」
「まあそうなんですけど……」
改めて一組織とはいえ正義の味方のトップと会っているということでそれなりに丁寧な話し方になる。
「用は、まあ一つは退院が決まったと言うことです。検査の結果特に何かをされていると言うこともないようなので」
「それは良い話ですね」
実際にもし何かされていればかなり困ったところである。洗脳、機械化、薬物汚染、下手をすればまともな人間として生きられない。元友人はあれだったが、捕らわれた所がそれなりに良い悪の組織だったのだろう。良い悪の組織というのは何か違う感じだが。
「で、もう一つ。今回僕が来たのはこちらの本題があったからです」
「……本題とは?」
「ええ。まあ、その、今回あなたは悪の組織に掴まっていたわけです。その結果、会社は休むことになりますよね? 無断で」
「………………」
「つまるところ、クビということですね」
「理由を説明すれば……」
「むしろ逆効果なんです。悪の組織に掴まる人間を会社に置いておくと、会社の方に危険が及ぶことになる。これは住んでいるところもそうですね。まだそれらについては知られていませんが……人の噂というものは広まりやすい、特に悪いものは。そういうこともあって会社から追い出され住むところも追い出されることになる、というのがあなたの今後になるでしょう」
なんとも残酷で無情な話である。しかしこれもまた社会的にはしかたのないことである。悪の組織に狙われる人間がいるという事実はそれだけで周囲の危険を招くことになる。彼らに自分が危険になる可能性もあるが許容してくれと言っても受け入れられるはずもないだろう。仮に知らなくても、今後そういうことになった時、排斥の動きは大きなものになるし、場合によっては暴力などの個人的制裁が行われるかもしれない。
「…………なんとも厳しい話ですね」
「ええ、それに関してはこちらも理解できます」
正義の味方も近いものがある。だから彼らもそういった状況に陥った人間のことは理解できている。だからこそ、彼らは彼らでそういった人間を守る動きがあったりする。
「ですので、こちらで補償をさせていただくことになります」
「補償……?」
「はい。原因はあなたと接触を持ったこちらの人間にありますから」
「っ! それは」
「ええ、言いたいことはわかります。彼女からも聞き取りは行っていますが、最初はあなたの方から接触したようですね。でもだからと言ってそれ以後彼女があなたとかかわりを持つのが許されるわけでもありません。正義の味方には一般人とのかかわりを極力持たないようにしています。それを彼女は破っていた……とはいってもこれも絶対の拘束力があるわけではないのですが。しかし、今回のことでその危険性は理解できたでしょう。ああ、彼女に罰を与えると言うことはしません。その代わりがそちらに対する補償ということです。まあその補償は彼女に払われる給料から引かれることになるのでそれが罰になるのでしょうか?」
とりあえず奈々枝に罰があるわけでないというのは安心するところではある。
「それで、補償ですが。まずあなたが所属できる会社をこちらで用意します」
「……そう言った所に入れないのでは?」
「普通の会社ではそうですね。しかし、こちら正義の味方も会社を持っています。そういう関わって問題が起きた人や普段正義の味方として活動する機会の少ない働くところのない人たちが働くために。今までの仕事とはまた違うものになるかもしれませんが、まあそこまで悪いことにはなりませんよ。あなたの所属していた会社は他と比べると結構ホワイトですが、それ以上にホワイトですよ?」
「はあ…………」
別に雄大にとってはホワイトであると言うことは魅力ではない。なのでそこまで心を動かされることはない。
「住むところに関してもこちらにも寮があります。そちらに移ってもらえば問題ないでしょう。家賃も安いですし」
「はあ……」
「まあ、詳細に関しては後々詰めていきましょう。家族関係などに問題が出る危険性もありますし、知り合いや友人への通達も必要になるかもしれません。幾らか猶予の時間はありますから安心してください」
なんだかんだで色々とやるべきことは多い。そのためいずれは絶対に正義の味方側にその身を寄せることになるとはしても、それまではそれなりに自由にできるだろう。まあ、その自由は大体は彼が現在の状況に関しての報告や引っ越しの準備などで忙しくなることになるかもしれないが。
「はあ…………それなりに仕事も慣れてきたな」
正義の味方の持っている会社に所属し一ヶ月。それなりに色々とそれまでの間に苦労はあったが、なんだかんだで対処してきてすんなりと問題は解決した。まあ彼も半ば諦めみたいな感情があったのかもしれないが。会社に関しても、やる内容はかわってもすること自体は変わりがない。働き仕事をして終業したら帰る。ただその時間は一時間程早くなっているのだが。
帰る場所は寮、正義の味方関連の人間が入っている寮だ。寮と言っても雄大がもともと過ごしていたアパートよりも一部屋が広い。それで家賃がそのアパートよりも安いのだからとんでもない。いったい正義の味方はどうやってその体制を維持しているのかわからないくらいである。
「ただいま」
家に帰ってきた雄大はいつも通りに扉をあけながら言う。
「おかえりなさいっ!」
それを奈々枝が出迎えた。
「…………また勝手に入りこんでるな」
「別にいいですよね?」
「……鍵は?」
「ちゃんと借りました」
「何であの人は勝手にマスターキーを貸すんだ……」
頭を抱える雄大。まあ自室の鍵を勝手に貸し出しされればそう思う所だろう。まあ彼の家の鍵が奈々枝以外に貸し出しされることはない。これに関しては奈々枝と雄大の関係性が周囲にどう見られているかわかるところである。というか、そうするなら合鍵でも作ればいいものをと思う所である。
「今日は泊まっていきますね」
「自分の部屋に戻りなさい」
「いいじゃないですかー。こっちにベッドもありますし」
奈々枝は半ば雄大の部屋に住みこんでいる。同棲……というよりは同居だろうか。勝手にベッドを買って置いたり、自分の洗面具や風呂道具を持ち込んだり、衣服も箪笥ごと持ちこんだり。これに関してはむしろ雄大が追い出さないのが悪いと言える。はっきり駄目だと言って追い出せば奈々枝も諦めるだろう。変に受け入れているからあっさり住み着かれることになるのだ。
「はあ…………」
雄大としては奈々枝がどうしたいのかがわからない。いや、正確にはわかりたくないのだろう。雄大としてはまだ高校生の奈々枝に手を出すのは年齢的に不可能、とはいかなくとも犯罪的でよくない。幾ら隠しても、直接言わなくとも、奈々枝の感情は一緒に過ごしていればわからないはずもない。
「どうしたんですか?」
「いや、気にするな」
「気にしますよ!」
もっとも、自分から言ってこないうちは雄大は何をするでもない。奈々枝のする様々なことは受け入れるにしても、一定の距離は置く。もし奈々枝が自分から言ってきたのであれば……その時考えることだが、今後のことを考える。
「それで……今日は卵焼きでいいのか」
「はい! 本当は毎日でも食べたいですけど」
「飽きるぞ。毎日は好物でもつらい」
いつも通りのやり取り。大きく変わってしまった日常ではあるが……彼も、彼女もそれなりに幸福な生活を送っている。




