正義はここに悪はどこかに
「できた」
別に誰に伝えるでもない。料理ができた時に一々できたと伝える必要がない。なので小さく呟くのみだが、調理していた料理ができた。あとはさらに盛り付けて運ぶのみ。日によって白米を盛るかパンを食べるかはまちまちかだが、今日はパン食なようでさらに持った食事と箸、あとはパンの袋を持って机の方へと運ぶ。
「だ、誰ですか!?」
「あ……起きてたのか」
そうして机に食事を運ぶと、すでに起き上がって雄大へと向けて格闘の構えをしている少女が目に入る。単に格闘の構えというのは単に彼がその手の知識がないからというだけだが、恐らくは空手に近いものだろうと言う推測くらいはできる。だから何だと言う話である。
「えっと、ひとまず……そのこちらに向けている腕は下げてもらえないか? ちょっと怖い」
彼はあくまで普通の人間、一般人である。パワードスーツを装着した人間から格闘戦を挑まれる可能性がある状況はかなり怖い所である。少女の目が覚めたためか、少女の意志を感じてパワードスーツが再起動しそのためかうっすらとパワードスーツが光っているのが余計に恐怖心をあおる。
「え、あ、ごめんなさい」
少女はすんなりと雄大の発現を聞き入れ彼へと向けていた構えを解く……が、すぐにはっとなって構えなおす。
「そ、その前にあなたが誰か、ここがどこか教えて下さい! 悪の組織の実験室か何かじゃないですよね!?」
「そう見えるか?」
「…………見えませんね。あれ? 本当にここどこですか? あなたは?」
「まあ、まずそこに座ってくれ。これ置いてから話すから」
「は、はい」
いつまでも料理を持った皿を持っていると言うのも格好がつかないし気になって話しづらいし腕もつらい。料理を置き、近くにある丸椅子を持ってきて少女の座るソファの近くに雄大も座る。
「まず……君は満ちに倒れていたと言うことはおぼてるか?」
「え……あ、そういえば……今日、確か…………ああああ! そっか、あのまま……」
「納得してくれるのはいいけど、つまりは道に倒れていたことは覚えている?」
「はい」
「俺はそのまま倒れていた君を拾ってそこに寝かせていただけだよ。放っておくのもどうかと思ったからね」
つまりは少女を拉致したと言うことになる。いや、やっていること自体は道で倒れていた人間の介抱ともいえるのかもしれないが、他人の家、他人の部屋、それも異性の部屋だ。あとで訴えられれば負ける可能性が高いかもしれないくらいである。
「そうなんですか。ありがとうございます!」
もっとも少女は素直に感謝を示した。
「負けちゃって倒れてたんですね。えっと、お…………お兄さん」
「おじさんでもいいけど」
「さ、流石にそういうわけには! あ、私新沙瑚奈々枝っていいます! そうです、名前なら問題ないですよね!」
少女、奈々枝は自分から名前を名乗る。おじさんと呼んでもいいと言われているのに名前を名乗り相手の名前を聞くことで名前で呼ぶことでそれを回避しようとする姿勢は一体どうしたら出てくるものなのだろう。どうせならばお兄さんで呼び続ければいいのではないかと思うくらいだが、そう呼ぶのに抵抗があったからなのだろう。実際二十六歳はお兄さんというには少々高く、おじさんと呼ぶには少々若い感じか?
「俺は雨切雄大。名前で呼ぶほど親しいわけでもないし名字でいいよ」
「わかりました、雄大さん」
「………………」
名字でいいと言ったのに名前で呼ぶ。先ほどの対応からもどちらかというと彼女に反骨精神でもあるのだろうか。
「雄大さん、ありがとうございました。今日ちょっと私が戦いに負けて倒れた所を助けてくれたみたいで……多分、そのまま放っておいてくれても良かったと思いますけど、気にかけて助けてくれてありがとうございます」
「……そこまで感謝されることでもない。普通のことだから」
昔ならば、と心の中で雄大は付け加える。
「……それにしても、その格好もそうだけど、やっぱり正義の味方?」
「はい! えっと、パワードスーツ検証研究開発協会所属です!」
「そうなのか……」
そんなところあったかな、と雄大は頭の中で考える。いくらか正義の味方の有名どころは彼でも知っているが、その中にその名前はない。マイナーなのか、親切なのか、それとも実績がなくて名前に上がらないのか。
正義の味方。悪を倒し善を成すそんな存在のことだ。いろいろと表現として表すものは多いが、一番わかりやすい例は過去のテレビ番組でやっていた特撮ものだろう。何とかレンジャー、何とかライダー、魔法使い何やら、何とか戦士、総じて正義の味方として存在する組織が様々な街で悪行を行う悪の組織に抵抗しそれを倒すと言うものである。かつてはそういった架空のものとして存在していたもの。
しかし、ある時期からそれは御伽噺から現実のものとなってしまった。まず最初に悪の組織が現れ、街の破壊や人々への手出しなどを行い始めた。そしてそれに対抗するかのように彼らを倒す正義の味方が現れそれを食い止め悪の組織の戦闘員を倒す。それは決してショーなどではなく、現実に存在する争いの一つとしてこの国で起きている。いや、別の国、この世界のあちこちでそれらが起き始めた。
この国では十分悪の組織に対抗できているが、国によっては完全に悪の組織に掌握されていたり、逆に正義の味方が完全に悪の組織を追い出した国もある。基本的にはお国柄その手ものに強い、正義の味方の組織が多い国は先進国に多い。そういった架空の創作における組織が多種多様に存在していたためか、それとも単にそういった組織は技術力が必要で先進国でないと組織を立ち上げるのが難しいなどの理由があったのかもしれない。まあ理由は定かではない。この国では正義の味方が強いが同時に悪の組織が強いので拮抗状態に近い状態となっている。理由は知らない。
組織は色々と存在する。正義も悪も、様々だ。かといってそれらすべてが常に正義の味方をしているわけでもなく、悪行三昧というわけでもない。正義の味方も学生は学校に通っていたりするし、悪の組織も構成員が普通に会社にでていたりする。そのあたりはその個人や組織によるところらしい。
悪の組織が原因で潰れたり傾いたりした会社は珍しくない。うちの会社でもそれらの組織のせいで潰れた取引先は多い。一応正義の味方はある程度保証はしてくれるらしいのだが、こちらとしては困りものだ。もっとも彼らがどうにかしなければそれはそれで別の問題が発生するわけで文句を言えない。まあ正義の味方の有る無しにこちらに迷惑を振りまく悪の組織はとっとと消え去ってほしい所だ。彼らが原因で治安もかなり悪い影響を受けているのだから。
まあ、そんなふうに……現在の世界では正義の味方と悪の組織という対立機構が存在してる。それによる影響は様々なところに存在し、その内容も計り知れない。今日俺が拾ってきた少女もその一つ、一人なのである。
「聞いた所がない所だが」
「まあ、そうですよね……魔法少女とか戦隊系の組織が有名ですから。私のところ、戦績悪いですし……実績低いし……」
「そ、そうか……」
「今日も私負けちゃったわけです。一応スーツは破損少ないからいいですけど、負け続きはやっぱり予算的にもあれですし、私だって負けたいわけじゃないんです。場合によっては殺されちゃうし……でも、まだ勝ててないんです」
「……そうか」
目の前の少女から殺される、という発言を聞くとやはり正義の味方と悪の組織という言うだけならば単純で簡単な内容も重く聞こえる。彼らの行っているのは戦いは戦いでも殺し合いに近い。怖い、とも思うが彼らのおかげで俺たちは平穏に生きていられる。そのことは感謝しないといけないだろう。