資質と誘い
「やあ」
「………………」
「返事くらいしてほしいものだけど……まあしかたがないか」
雄大に対し軽く話しかけてくる怪人。男か女かは見た目ではわからない者の、声を聴く限りでは男性であるという予測は立つだろう。そんな彼は雄大を拉致した張本人である。雄大が彼に対して無言で睨んだりするのはごく普通の対応だ。
「…………」
「そんなに睨まないでほしいんだけどな」
「何の用だ?」
わざわざ拉致をした本人が雄大の前に現れる。そもそもここにいる雄大にわざわざ会いに来る必要性は本来ない。彼を利用して奈々枝を誘き出し、新上のいったように色々と手を出したりするにしても、別に雄大にかかわる必要性はないのである。新上に関しては雄大にそのことを話して煽るという目的があったのだが、ここに来た雄大を拉致した怪人には特に何かあるはずはない。
「いや、本来はあれが話す予定だったんだけどね。はあ……まったく、単に攫ってきた相手に色々と脅かしただけで戻って行っちゃってさ。本当に困りものだと思わないかな?」
「……新上のことか?」
「彼の名前は一々覚えていない。でも、まああれでうちの幹部、上位の怪人だからね。色々と強いし役には立つんだけど」
「……お前はあいつよりも上の立場なのか?」
目の前の相手が言っていることを聞く限りでは、新上よりも上位の立場に在るように聞こえる。
「ああ……まあ、一応私はここのトップだからね」
「……………………は?」
思わず耳を疑う雄大。まあ彼がそう思うのも当然だろう。何故ならつまりここの悪の組織のトップ、ボスがわざわざ雄大を拉致しに来たと言うことである。それはつまり雄大の拉致は組織としてもかなり重要なことだと言うことに他ならない。
「……あんたここのトップなのか?」
「そうだ。いやあ、たまに外に出るのもいいものだね?」
「いいのかよ……」
「いいんだよ。私がやることは私が決めて良いんだから」
随分勝手なトップだが、これでも悪のカリスマだ。そんなふうに適当な感じに話しているが、彼も長々と話していても仕方がないと空気を切り替える。
「さて、無駄話もここまでにしよう。本来の目的を果たすことにする」
「…………何をする気だ?」
「勧誘だよ」
「…………勧誘?」
「そうさ。君をこの組織の一員にする。受けてくれるかい?」
「嫌だ」
即決である。普通ならば少しは迷うか、受けないにしても考える不利かをするところであるかもしれないが……雄大にとってはそれ以前の問題だ。まず最初に自宅への不法侵入、電撃による失神、牢屋に閉じ込め組織の幹部から不快な発言、そして最後に自分を拉致した張本人からの勧誘。そもそも自分を攫った相手の組織に従おうと言う人間がいるものだろうか。
まあ、悪の組織という危険な物を相手にする以上、自分が殺されないように所属することを選ぶ人間は少なくない所ではあるが。雄大にとっては前述したこの組織に対する敵意以外に二つ、自身の善性を捨てたくないと言う部分と奈々枝の存在がある。
「おや、あっさりと断ってくるね」
「当然だろう。誰が自分を攫った組織に入ると?」
「意外と入ってくるものだよ……はあ、やっぱり駄目かい?」
「嫌だ」
答えは変わらない。しかし……雄大の中には疑問がある。
「そもそも、なんで勧誘するんだ? 別に俺が入る必要性って言うのはないだろ?」
「理由は簡単。君を攫った理由は正義の味方として君の家に来ている彼女……確か、新沙瑚奈々枝だったかな? 彼女を捕えるのが楽になることが一つ。君が悪の組織の一員になれば後ろから騙し討ちができるからね」
容赦のない話である。実際雄大が悪の組織に入れば奈々枝の騙し討ちは容易となるのは事実だ。
「……あいつを攫ってどうする?」
「洗脳、悪堕ち、まあ色々と手立てはあるさ。あれが喋ったあれは私としては気に入らないものだが……まあ、それも一つの利用価値だろう。一番の目的はこちら側の組織に引き入れることだが」
「悪の組織にどうやって入れるんだ? あっちは正義の味方だろう」
「悪も正義も大差はない。問題となるのは資質だよ」
「…………資質?」
「そう、資質だ」
悪の組織に入るのにも、正義の味方に入るのにも、実際のところ一番重要なのは資質。特にその上位者として力を振るうことのできる資質が重要となるのである。これに関してはどう頑張っても後付けではどうにもできないことであり一種の才能である。
「悪の組織に入り上位の怪人になるのも、正義の味方の組織に入って強者になるのも、同じ資質なんだよ」
そしてその資質に関しては本来善も悪も関係はない。善人であれば悪の組織の怪人としての資質は持たない、悪人であれば正義の味方としての資質は持たない、そんなことはないのである。これに関してはわかりやすい例が悪堕ち、もしくは浄化などの類である。昔の特撮や魔法少女系のものでもそうだが、悪の組織側から正義の味方側へのいったりその逆に正義の味方から悪の組織側に着いたりということは珍しいものではない。それはつまり資質が両方とも同じものを用いているからなのである。
「だから悪の組織側で洗脳し、彼女を正義の味方から悪の組織の一員とする。本来は幹部とかの戦う存在にしたいところではあるが……あれをうまく制御できるならあれが言った扱い方でもいいかもしれないとは思う所だけどね」
「っ!」
「怖い顔をしないでほしい。だからこそ、君の勧誘でもあるのだけど」
「……どういうことだ?」
かなり厳しい眼で組織のトップを睨む雄大。仮にもここの組織のボス、なかなかの度胸ではないだろうか。
「君が悪の組織の一員となれば、彼女に対する扱いは恐らく君付きか、少なくとも君がこの組織の害にならないような扱いにするだろう。あれが行ったことを実現すれば君は確実に裏切ることになるだろうからね。それをさせないようにしたいということさ」
「…………」
「まあそもそも君が入らなければそんなことをする必要性はないのだけど」
「俺に資質があると?」
「そうじゃないのかい? だから正義の味方側がかかわってきているんじゃないのか?」
彼等にとっては奈々枝が雄大に関わるのは雄大にそれだけの価値があるから、と思っているようである。まあそもそも雄大と奈々枝のかかわり方はかなり特殊な形での始まりだ。そして本来正義の味方側は一般人と関わろうとすることはありえない。だからこその考えであるのだが……
「残念だが、あいつがうちに来ているのは俺があいつを拾って懐かれたからだ」
「……ふっ。まるで犬や猫だね。しかし今時そういった人間がいるのも珍しい」
雄大の反応に関してはともかくとして、ここの組織のボスにとっては面白いと思えるようなことではあったようだ。現代の人間は割と色々と大変な状況下にある。正義の味方と悪の組織、そんな面倒くさいものに自分からかかわろうとするものはいない。それを、自分から積極的にかかわった雄大のような人間はかなり稀少なものと言える。まあそこまで考えてかかわったわけではないとしても、だ。
「ずいぶん君は善人らしい。しかし、それなら勧誘に応じないのも仕方がないかな」
「…………洗脳とかしないのか?」
悪の組織の雑魚戦闘員のような形であれば洗脳でどうとでもなるはずである。それに関してのことだ。
「それでは意味がない。洗脳してしまえばせっかく誘き出したのに無駄になってしまうだろう。人質が悪の組織に洗脳されていると分かれば、彼女は確実に抵抗するだろう? なにもされていないふりか、本当に何もされていない状態でいてもらうかでないと正義の味方側もこっちに容赦しなくなるからね」
悪の組織の一員として雄大が騙すか、それとも雄大に手を出さずに無事でいる姿を見せるか、その二択でなければ奈々枝は途中で容赦なく彼等を叩き潰そうとする……それに関しては雄大も奈々枝のことを知っているがゆえになんとなく察することはできる。
「まあ、そういうことだ。君はそこで大人しくして予定されている呼び出しの日を待つといい。ああ、食事も持ってこさせるよ」
「………………」
「毒も薬も入れないよ。そこは安心してほしいが……まあ、無理だろう。食べても食べなくてもいいが、衰弱すると君の方が困るんじゃないかい?」
最後にそう雄大に言ってボスは去っていく。後に残るのは静寂。
「…………はあ」
どうするべきか。まだ考える時間はある。もっとも……現状逃げ出すのはまず不可能と思われるが。