悪
「……お前がここに俺を連れてきたのか?」
「いやいや。拙者では御座らぬよ? 雨切氏があったのは拙者ではなかったで御座ろう?」
確かに雄大をここに連れてきたのは新上ではない。しかし彼の言いたいことはそういう意味合いの事ではない。
「そういう意味じゃない。お前が俺をここに連れてくるように言ったのか?」
「……まあそんな感じで御座るなあ」
「何でだ? 特に理由なんてなかったはずだが」
少なくとも新上が雄大を拉致する理由はない。新上自体は雄大の家を訪れている奈々枝の存在には気づいた所はあるが、しかし彼女が正義の味方の人間であると言うことはわかっていなかったはず。であれば拉致する理由はないはずである。
「理由で御座るか」
「ああ」
視線が交差する。にやにやとした笑顔を新上が浮かべているのだが……目はまったく笑っていない。どちらかと言えばその目には怒り……もっと言えば嫉妬のようなものが見えている。隠す様子もない。
「雨切氏。拙者はあの時聞いたで御座るよなあ? 女人を連れ込んでいないかと」
「ああ」
「雨切氏は連れ込んでいないと答えたで御座るよなあ?」
「…………ああ」
「この嘘つき野郎がっ!!!!!」
不意打ち気味で突然叫ぶ新上。先ほどまでのにやにやとした表情は一変し、憤怒の表情を浮かべている。言葉使いもいつもの典型的なアニメや漫画にいるようなオタクの言葉使いではなく、素の物となっている。
「何が連れ込んでいないだあっ!? めっちゃくちゃ連れ込んでいやがんじゃねえか! しかも高校生だと!? ふざけんな! 一番いい年齢じゃねえか! 腐った年齢でもねえしガキ臭くもないちょうどいい年齢位のじゃねえか! 畜生が! 羨ましすぎんだろうが!」
「…………羨ましい?」
「ああそうだよ。羨ましいったらねえよ。俺の顔はなあ、遺伝かなんか知らねえけどめっちゃくちゃ不細工でモテねえだろ? お前のように、女ときゃっきゃうふふなんて展開にはまーったくなりようがねえわけだ。金払っても詰まんねえし、向こうだってこっちの顔見てうわーって感じでおざなりな感じだしよ。ふざけんな。金払ってんだぞこっちは? そんなにイケメンがいいのかよ糞が」
愚痴みたいな感じになってきている。
「ああ、まあそれはどうでもいいか。俺はそういうことには敏感でな。女の匂いとか気配とかそういのがあったらわかるんだよ。だからお前の家に行ったときにそれを感じて、最後聞いてみたわけだ。まあ……あっさりと躱されたみたいだけどよ。でもどう考えても怪しいからずーっとお前の家を見張ってたわけだ。そうしたら女が入ってくわけじゃねえか? あー、くそ、腹が立つ。死ね。ぶっ殺す」
ストーカーである。いや、彼の最悪なところはむしろこの後の内容だろう。
「で、その女が何者かと思ってな。まあいい女っぽかったし、都合がつけば後ろから襲うなり攫うなりして色々と楽しもうかと思ったわけだが…………途中で見失った。いや、そいつが正義の味方だったからそれでそれ以上追えなくなったわけなんだけどな。なんだよあれ。凄すぎだろ」
ストーカーである。ちなみに正義の味方も悪の組織も自分たちの本拠地を相手にばれないようにするための隠蔽技術が存在する。そのためどちらも相手を追ってその本拠地を叩き潰すと言うことはできないのである。もちろんそれを回避してなんとか追おうとすることもあるのだが、それができるのは稀なケースとなる。例えば完全にこの世界から自身の存在を消せるみたいな隠蔽能力があるとか。
「まあ、そんなこともあってまともに手出しは出来ないわけだ。お前のところに行った所を攫ってくという考えもあったんだが、それができるなら最初から正義の味方が変身する前にさらってるわな。あいつら普通に攫うと追跡されるからまず無理なんだよ。知ってるか?」
「知るわけないだろ」
「で、だ。そこで挙げられた提案がお前を攫って人質にする。そして正義の味方を呼び出す。実にわかりやすくて簡単な内容だろ?」
「…………っ」
雄大としては自分を餌にされて奈々枝を誘い出されると言うのはかなり悔しい所である。しかし……流石にここから逃げると言うこともできない。
「ははははははははははは! 俺としては万々歳なわけだ? 女を一人手に入れられるわけだし? それが昔の友人の恋人だろう? 寝取り万歳、悪堕ち万歳、いやー悪の組織様々ってわけだ!!!」
「…………新上」
「もちろんそのまま泣き叫ぶのを楽しんでもいいし、洗脳悪堕ちさせて従順になったところを楽しむのもいいし? ある程度楽しんだらその辺の奴らに使わせてボロボロにするのも楽しいだろうな。そしてお前はそれを見て苦しんで絶望、最後には両方ともぶっ殺してあの世に送ってやるよ。ほら、よくあるだろ? 天国で一緒になるってやつだな? はーはははははははは!」
悪の組織。悪の怪人。悪とよく言われるものではあるが、それでも多くの場合悪の組織はそれなりに誇りがあるものである。だからこそ、まともに正義の味方と戦って決着をつけるのである。もちろん新上のようなことをする悪の組織もあるし、悪の怪人にもそれぞれの主義主張がある。同じ悪の組織でも全く別の手立てを使ってくることだって多い。むしろ真っ向勝負なんてものをすること自体が古いと思うべきである。
だが、それにしても新上のそれはやりすぎなところはあるだろう。それもまた悪の一姿ではあるとしても。
「新上、お前はそこまで屑に成り下がったのか」
「はっ。屑? 俺は悪の組織の人間だ。悪を成し、悪に生きる。それが俺にとって正しい生き方だろう? お前は大人しく待ってるんだな。お前の恋人が糞みたいな目に合うのをなっ!」
「…………一応、勘違いしているようだが、あいつは恋人じゃないぞ」
雰囲気に合わない雄大の言葉が響く。しかし新上にとっては奈々枝を守る言葉のように聞こえたようだ。
「今更自分の女じゃねえっていた所で意味はねえぜ? 大体お前の部屋に入りこんでる女がお前の女じゃねえってのが通るわけねえだろ? ま、そんなことを言ってでも守りたいなんて健気だねえ。だが無意味だ! はははははははははははははははは!!!」
そう言って新上は牢屋から去っていった。
「……いや、本当なんだが」
そんな雄大の言葉がむなしく響く。
「って、そんなこと言ってる場合じゃない……とは言っても、どうしたものか」
まず逃げ出す手段がない。頼れる相手としては……一応新上が可能性があるくらいだが、むしろ今回の仕立て人のようであるのでまず無理だ。つまり極々普通の一般人である雄大には全く取れる手がないと言うことだ。
「はあ……」
自分に関わったせいで奈々枝が巻き込まれる。そんな思いだ。もっとも事実は逆で、奈々枝がいたから雄大が巻き込まれているのだが。そんなことを想っているところに、再びこつこつと足音がする。新しい影が鉄格子にかかる。
「起きているか?」
「…………お前は!」
新たな影、それは雄大の拉致を直接行った、彼の家にいた悪の組織の何者かであった。