正義と悪の関わり
雄大が悪の組織の勧誘を断った理由の一つに奈々枝の存在がある。別に彼女がいなかったところで悪の組織に入ることはなかっただろう。しかし、彼女の存在は完全に悪の組織とのかかわりを断つうえでの明確な理由となる。そう意味では先日の新上の勧誘に関して奈々枝という存在は大きなものだった……考えることができるのだが。
「……? どうかしました?」
「え?」
「何かいつもと違う感じですよ?」
「そうか?」
なんだかんだで先日の悪の組織の勧誘は雄大の精神に影響を与えていたのだろう。奈々枝がいつも来ている時と彼の雰囲気が少し違うことを見抜いたようだ。単なる友人関係に近いのによく気づくものである。
「いつも通りだと思うが」
「そうですか? なんか……ちょっと硬いです」
何をもってそう判断しているのか。しかしそんな雄大の事は気にしない……いや、逆に気にしたからか、奈々枝は突然変なことを言い出した。
「それじゃあちょっと出かけてきましょうよ!」
「……いきなりなんだ?」
「雰囲気硬いです、気晴らしに外に遊びに行くのがいいと思います!」
本当に唐突な発言である。しかしこれは奈々枝が雄大のことを思っていったことなのである。普段家出にこもりっぱなしで外に出ない彼はどう考えても不健康である。その不健康なところが硬い原因ではないか、心機一転のためにも何か行動したほうがいいのでは、ということだ。
「ほら、テレビはありますけど映画とか見れないじゃないですか。プレイヤーもないし」
「部屋の方で見れるぞ」
「……え!? どういうことですか?」
「パソコンがあるからな」
「えええええ!? 雄大さんそんなハイテクな機械使えるんですか!?」
「おい」
一応彼の自室にはパソコンがある。もっとも……あまり使われていない。本当に見たい映画でもない限りは借りてまで見ようとはしない。普段からインターネットもあまり使わない。家に仕事を持ち込まないので会社の仕事で使うこともない。そのあたりやはり彼らしいと言うべきなのだろうか。それにしても奈々枝の雄大に対する認識もひどいものである。仮にも社会人なのだから会社のパソコンを使用することだってある。まあそれに関しては普段の彼の様子が問題なのだろう。奈々枝が見る限りではテレビすら持っていない状態だったわけなのだから。
「で、でもテレビの方で見られませんし」
「俺は積極的にテレビを見るわけじゃないから別にいいが」
「私が暇じゃないですか」
「…………一応ここは俺の家なんだけどな」
人の家に遊びに来て結構な要求である。
「大丈夫です、お金は私が払いますから。私が買ってここに置く、それなら損はないですよね?」
「確かに損はないが……」
「じゃあ行きましょう!」
ぐいぐいと引っ張られる。結局雄大はその押しに負けて外に買い物に出向くことになったのである。
周囲から見れば奇妙な光景だろう。高校生くらいの少女が家電量販店で電化製品を買っていく。それに一人の男……社会人らしい成年男性がついていく。逆ならば一種の援助交際化何かのように見られたかもしれないが、女性が買って男性がついていく形。もしかしたら振るい言い方でアッシーとかそういう感じの物なのかもしれないが、買ったものは配送してもらうように頼んでいるしそういうわけでもない感じである。親子や兄弟でもなさそうでまた奇妙な感じの二人である。
そういった視線はあるが、二人は特に気にしていない。奈々枝は視線に気づいていないだけ、雄大は気付いているが他人の視線に興味がないだけである。まあそもそも通報するような状況にも見えないし、どちらかというと男性側のほうが振り回されている感じなので周囲もそこまで気にする様子ではない。ところでこの光景は場合によっては一種のデートにも見えるのかもしれない。本人たちにその気はまったくないが。
「はあ……たくさん買ってきましたね」
「そうだな」
そうしてある程度買い物を終え、戻ってくる。流石に買い物に結構な時間を使ったのでもう夕方である。
「…………」
「どうした?」
「結局、硬いままです」
むうと不満がありそうにむくれる奈々枝。結局奈々枝の言う雄大の硬い雰囲気は変わらなかった。確かに気晴らしにはなったのかもしれないが……根本的に雄大の問題は解決していない。
雄大が奈々枝のいう硬い雰囲気であるのには理由がある。先日の悪の組織に入った昔の友人が来訪したこと、その事実に関してである。その時のことに関して彼は奈々枝に全く何も話していない。それ自体は単に友人が訪れただけであるのだが、しかしその友人が悪の組織の人間、それも幹部クラスの人間であると言うことなのだからそれに関して正義の味方側である奈々枝に告げないのは果たしてどうなのか。
「………………」
じーっと奈々枝が雄大の方を見てくる。
「どうした?」
「何か言うことはないですか?」
「…………ないな」
「……嘘です! 絶対嘘ですよね、それ!」
流石に奈々枝でもわかるだろう。しかし、言うのも難しい内容であるし、言った所で仕方のないものでもある。
悪の組織が実際に存在するようになった昨今では悪の組織の人間を正義の味方側の人間に教えても、即刻対処すると言うわけにはいかない。一つの問題としてまずそれが本当かどうか、という問題がある。教えられた対象が本当に悪の組織の人間であるか、あったとしても証明する手段がなければ意味はない。仮に本当に悪の組織の人間だとしてもそれをいきなり路上で襲い倒すと言うわけにはいかない。何故なら彼らが悪の組織の人間、怪人などとして振る舞っていない場合はただの人間のようにしか見えない……場合によっては本当にただの人間であるからだ。
もしそれが悪の組織の怪人であっても普通の状態で襲えば確実に悪い風聞となってしまうし、もし間違いであったのならば下手をすれば組織自体の解体につながりかねない。ゆえに悪の組織の人間であるということが正義の味方側に伝わってもそうですか、としか言えず特に何かをすることはない。一応注意はされるのだが、プライバシーの問題もあるし余程のことがない限りは監視もされない。特に正義の味方と悪の組織が出てきて最初の時は混乱が大きく、色々と問題が多発したこともある。
逆に言えば、悪の組織の怪人として活動している場合であれば、たとえ家の中であってもそれを確認できれば正義の味方が出てきて叩き潰すと言うことでもある。そしてその逆もまた然り、悪の組織の雑魚戦闘員が戦っている場所でも通常の人間同様の場合は手出しされることはない。こういった事実を利用した方法を用いてくる場合もあってまた悪の組織も実に厄介な所である。
と、まあそういった様々な事情もあって彼が奈々枝に対し彼の知った事実を告げられないわけである。いや……正確には言ってもいい。しかし言った所でそれがちゃんと取り上げられらないこと、また彼にとっては昔の同級生である友人を正義の味方に売り飛ばす行為である。仮にそれが悪の組織に所属していると言う反社会的事実であっても。そういうこともあってなかなか言い出せることではない。
「悪いな」
「……むう。仕方ないですね」
はあ、と奈々枝は小さくため息をつく。まだ自分はそこまで信頼されていないのではないかという思いのようだ。
「もし、何かあったら言ってください。力になります」
「……そうだな、何かあったらな」
もう夕方だ。休日の午後ももう終わり、そろそろ夜になる頃合。昼を貰って夕方も貰うことはない。
「それじゃあ、さようなら!」
「じゃあな」
戻ってきた家の前で別れ、奈々枝は自分の住んでいる寮へと帰っていった。
「…………滅茶苦茶買ってたな」
雄大の方は今日購入した荷物がいつ届くかという心配が強い。結構な量を買っていったのである。その整理に運搬、恐らくはそれが行われるのは奈々枝がいないときになるのではないか。つまり買っていったのは奈々枝なわけだがそれに伴う荷物関連の苦労は彼が背負うことになるのである。彼も小さくため息をつきながら、しかたないとあきらめ家の中に入っていった。
もし、この時奈々枝に彼の知った事実を伝えていたならば……この先に起きる出来事が変わっていたかもしれない。